第142話「番外編:星怜、追加の鳩を雇う」
今週は本編をお休みして、番外編をお届けします。
星怜のお話です。
天芳が東郭の町に行っている間、首都の北臨に残った星怜は……。
「追加の鳩を飼いたいのです。許可をいただけませんか?」
星怜が申し出たのは、天芳が東郭に行った翌日だった。
時刻は夕刻。
場所は黄家の一室。
玉四と海亮が同席しているときだった。
海亮が星怜と食事を取るのは久しぶりだ。
北の砦では防衛任務に忙しくて、家族と会う暇もなかった。
天芳と一緒に北臨に帰ってきて、やっと落ち着いた時間が取れたのだ。
久しぶりに一緒の食卓についた星怜は、以前とは別人のようだった。
まるで、使命に目覚めたかのように、堂々としている。
赤みがかった目で、まっすぐに玉四を見つめて、自分の望みを伝えているのだ。
「天芳兄さんとこまめに連絡を取るには、複数の鳩がいた方がいいと思うんです」
「天芳に連絡用の鳩を預けたことは知っています」
玉四は答えた。
「ですが、天芳も忙しい身です。いつも連絡をくれるとは限りませんよ?」
「私用のためではありません。兄さんが武術の師匠の方や、偉い人と連絡を取りたいこともあるかもしれないからです」
星怜は真面目な表情で、答えた。
「そういうときに鳩がいなかったり、鳩が疲れていたりしたら、連絡が遅れることになります。ですから、予備の鳩を用意しておきたいんです」
「天芳がきちんと役目を果たすために、ということですか」
「はい。兄さんは今回のお仕事でも、きっと大きなことをされると思いますから」
星怜の口調は真剣そのものだった。
「わかりました」
玉四は納得したように、うなずいた。
「追加の鳩を飼うことにしましょう。それでは、海亮」
「はい。母上」
「星怜が鳩を探すのを手伝ってあげてください。町や森に行けば、何羽か見つかるでしょう。その間、海亮は星怜を守ってあげなさい。白葉と一緒に」
「承知しました。母上」
そうして星怜と海亮と白葉は、鳩を探しに行くことになったのだった。
翌日。
黄家の庭には、十数羽の鳥が集まっていた。
「みなさん、よく集まってくれましたね」
「…………」
「…………」
鳥に話しかける星怜を前に、海亮と白葉は言葉を失っていた。
星怜は2時間ほどで、十数羽の鳩を集めてしまった。
たいしたことはしていない。
町や森を歩いて、見かけた鳩に呼びかけただけだ。
近くにいる鳥には、普通に話しかけて。
遠くにいる鳥には、指笛を吹いて。
それだけで十羽を越える鳩が、自発的に黄家の庭へとやってきたのだった。
「……星怜にこんな力があったとは」
「……話に聞く『鳥寄せ』というものでしょうか」
海亮と白葉は知らない。
星怜が『獣身導引』によって、動物と話す力を身につけたことを。
天芳との日々の修行により、それが段々と強化されてきていることを。
そして、ゲーム『剣主大乱史伝』に登場する柳星怜は悪女だ。
『傾国の美女』である彼女の魅力は、国ひとつを動かすほどのものだった。
その星怜は今、健全に育っている。
彼女の魅力も、今は健全なかたちで使われている。
そんな星怜に、鳥たちは引きつけられているのだった。
「確かに……母上は『一羽だけ』とはおっしゃらなかったな。これだけの数がいれば、こまめに書状のやりとりもできるだろう」
海亮は感心したようにうなずいた。
けれど、星怜は首を横に振って、
「いいえ、選ぶのはこれからです」
「なんと?」
「鳩さんたちには、東郭まで飛んでもらわないといけません。その力があるか、確認させてもらいます」
星怜は鳩たちの方を見た。
彼女が小さくつぶやくと、鳩たちは一斉に右の羽を上げる。
次に左の羽を。次に、その場でくるりと一回転。
最後に地面をトコトコと歩き始める。
それから星怜は少しの間、鳩と言葉を交わしていた。
じっと鳩の様子を観察して、それから──
「この子たちは不合格です」
『『……くるる』』
星怜が宣言すると、2羽の鳩が、残念そうに飛び去った。
「それでわかるのか!?」
「あ、はい。大事なことですから。ちゃんと見て、本人の意見も聞いています」
星怜は真面目な表情でうなずいた。
「それでは次に、平衡感覚の試験を行います」
「平衡感覚? なぜだ?」
「兄さんの書状をきちんと運んでもらうためです。移動中に身体が傾いて、樹にぶつかったりしたら書状を取り落とすかもしれません」
「……な、なるほど?」
「それでは白葉さん、お願いします」
「は、はい」
白葉は棒を手に取った。
星怜の護衛役の白葉が、武器に使っているものだ。
彼女は棒の端を持ち、それが水平状態になるように構える。
すると──
『くるくる、くるる』
ぴょん。
一羽の鳩が、棒の上に飛び乗った。
そのまま端から端まで、ゆっくりと歩き出す。
最初の鳩が渡り終えると、次の鳩が。そのまた次の鳩が。
「はい。今の子は身体がぐらついていました。不合格です。次の子は合格です。あ、次の子は落ちましたね。残念ですが、またの機会に挑戦してください」
『くるくる、くるる!』
「え? もう一度挑戦したい、ですか? ごめんなさい……後がつかえていますから」
『……くるる』
鳩はうなだれたまま、歩み去っていった。
星怜の仲間になるのは、鳩にとっても重要なことらしい。
結局、棒を渡り終えたのは3羽だけだった。
「3羽いれば十分だな」
「優秀な鳩です。お仕事を任せるには十分だと思います」
海亮と白葉は納得したような顔だった。
星怜はふたりの言葉にうなずこうとして──
「あ、大切なことを忘れていました。最後にこれを確認しなければいけません」
星怜はなにかに気づいたように、手を叩いた。
「とても大切なことです。少し……待っていてください」
星怜はしゃがみこみ、3羽の鳩に顔を近づける。
そして、小声でなにか話していたと思ったら──
『『…………くるる』』
ばさばさと羽音を響かせて、2羽の鳩が飛び去っていった。
残ったのは、白い鳩が1羽だけ。
「決まりました。この子を飼うことにします」
星怜は白い鳩を肩に乗せて、宣言した。
「この子なら間違いなく、天芳兄さんのお仕事を助けてくれるでしょう」
「わからないな。この鳩は他の鳩と、どこが違うのだ?」
首をかしげる海亮に、星怜は、
「この子は、人の顔を見分けるのが得意なんです」
人の顔が見分けられない鳩に書状を託したら、別の人に渡す可能性がある。
それは絶対に避けなければいけない。
天芳の書状は重要なものだから、正しい相手に渡さなければいけない。
いつも星怜が連れていた鳩は、今、天芳のところにいる。
その鳩が戻ってきたら、第二の鳩と一緒に天芳のもとへと送り出す。
そうすれば第二の鳩も、天芳の顔と居場所を覚えることができるはず。
──そんなことを、星怜は説明した。
「この子は町で暮らしていたせいか、人の顔を見分けるのが得意なんです。一度見た人の顔は忘れないと言っていました。だから、私や兄さんの役に立てます、と言ってくれています」
星怜は頬を染めて、宣言する。
「この子なら、間違いなく、天芳兄さんを助けてくれるはずです」
そう言って、星怜は地面にしゃがみこむ。
地面に降りた鳩に顔を近づけて、熱心に指導をしているようだ。
なにを話しているのか、海亮にはわからない。けれど、星怜は一生懸命だ。
その姿を見た海亮は──
「……私の弟と義妹はたいしたものだ」
──感動したようなため息をついた。
天芳は皆の信頼を集める武術使い。
星怜は動物を操り、使者とすることができる。それもかなり厳しい基準で、使える者を選別している。
ふたりはその力を、黄家のために使ってくれている。
「父上は『海亮と天芳がいれば黄家は安泰だ』とおっしゃった。それに星怜が加わればさらに安泰だろう。私はそう思っているんだよ。白葉」
「はい。白葉も同感です」
海亮と白葉はそんな言葉を口にしたのだった。
──その一方、星怜は──
「……いいですか? 兄さんの顔を、ちゃんと覚えてくださいね」
『くるるる』
「はい。あなたは人の顔を見分けるのには自信があるんですよね。見ただけで性別もわかると……」
『くるん』
「え? ずっと町で暮らしていたから自信がある、ですか?」
『くるるん!』
「そ、その言葉、信じました。では……これは念のため。できればですけど……」
「くるる?」
「兄さんのまわりにどんな人がいるのかと……その人たちの性別を、きちんと報告してください。い、いえ、深い意味はありません。兄さんのまわりにいる人のことを知っておきたいだけです。女の人のことだけを知りたいわけではありません。いえ、もちろん、兄さんの側にいる女性には、妹として挨拶をしなければいけないのですが……。きちんと、お話をしなければいけないのですが……」
『くるるー!!』
「任せろ? ですか? 信じますよ? 信じましたからね! よろしくお願いしますよ? 鳩さん!」
星怜と新入りの鳩は熱心に、そんな打ち合わせをしていたのだった。
次回、第143話は、次の週末くらいに更新する予定です。
書籍版「天下の大悪人」は8月25日発売です。
(編集さんと相談の結果、略称は「てんけい」に決まりました。「天下の大悪人」とサブタイトルの「傾国の美女」の頭文字「てん」と「けい」から取っています)
ただいま「活動報告」で口絵を公開しています。
天芳と、兄弟子の化央のイラストは、こちらが初公開になります。
ぜひ、見てみてください。
これからも「天下の大悪人」を、よろしくお願いします!