第141話「天下の大悪人、不審者と戦う」
「──排除する」
会話をする気はないようだった。
防壁の上に立った不審者は、即座に斬りかかってくる。
回転しながらの斬撃──『朱雀大炎舞』に似た技で。
しかも、速い。
小凰の『朱雀大炎舞』が優雅な朱雀の舞なら、不審者の技は縄で引きずり回される朱雀だ。身体の負担なんかまったく考えていない。
問答無用で相手を斬り捨てる。ただ、そのためだけの技だ。
……そんなのとまともに斬り合ってられるか。
だったらこっちは──『玄武幻双打』!
──しゅるん。
俺の剣が不審者の斬撃を受け流す。
続けて繰り出す回し蹴りが、奴の胸をかすめる。
「──!?」
不審者が目を見開く。
俺が対応してくるとは思ってなかったんだろう。
朱雀は五行で『火』を表す。
『火』は『水』に弱い。
だから俺は『水』を表す『玄武』の技を使った。
小凰と一緒に、ゼング=タイガと戦ったときとは逆だ。
あのとき、俺は小凰が出す技を活かす技を使った。
『木』には『火』を。『火』には『土』を。
いわゆる『相生』の技を使うことで、おたがいの技を強化した。
今回はその逆だ。
俺は不審者の技と『相克』になる技を使った。
『火』をかき消す『水』の技を。
そうすれば相手の技の威力を弱めることができると思ったんだけど……正解だったみたいだ。
不審者は腕を押さえている。
『玄武幻双打』で受け流した剣が震えている。
多少は衝撃があったんだろう。
『相克』の効果は、たいして強くない。
俺が雷光師匠の『朱雀大炎舞』に『玄武幻双打』を出しても吹っ飛ばされるだけだ。
ゲーム『剣主大乱史伝』でも『相生』は武器の威力が1割上がるだけだからな。
そんなにすごい効果はないんだ。
……でも、目の前の不審者は『相克』の技を受けておどろいてる。
ということは俺と同レベルか、それ以下の強さなんだろうか。
それとも……『五神剣術』の『相克』のことを知らないのか?
「────貴様は、殺す」
不審者が踏み込んでくる。
再び『朱雀』の技……じゃない。フェイントが入ってる。
『朱雀』の技の途中で、強引に『青竜』に切り替える。
『五神剣術』の技の流れを無視して、無理矢理に変化させてる。
そういうことをすると身体に負担がかかるってのに……なんなんだ、こいつは。
この不審者に武術の指導をしたのは誰なんだ?
本当に仰雲師匠の同門の人なのか?
だったら、なんでこんな歪んだ技を使ってる?
なんでこの不審者は、身体に負担がかかるのに……こんな技を使ってるんだ?
「────堕竜」
頭巾で口元を隠した不審者が、声を発した。
技の名前は『堕竜』──『青竜』じゃないらしい。
『五神剣術』の『青竜変転行』に似ているけれど、動きがおかしい。
不審者は身体を震わせながら、変幻自在に斬り込んでくる。
俺は『白虎』の技を出そうとして、止めた。
不審者の剣術──めんどくさいから『偽五神剣術』と呼ぶことにしよう。この『偽五神』は得体が知れない。
技の途中でどんな変化をするかわからない。対応しようとすれば、逆に惑わされる。
だったら……普通に戦えばいいな。
こいつは小凰ほどは強くない。
『偽五神』も、攻撃力は高いけれど、技の精度は低い。たぶん、命中率も。
俺は技の隙間を狙って、普通に攻撃しよう。
相手の技の変化には惑わされない。
代わりに技の精度を上げて……『麒麟角影突』!
──ガギィンッ!
「────ちいっ!?」
「……通った」
不審者の技は途中で変化した。
だけど、関係ない。
俺の『麒麟』の技は、敵の技の隙間を通り、敵の腕を傷つけた。
やっぱり、技の精度はこっちの方が上だ。
敵の技は威力が強い分だけ、大振りになってる。
正統派の『五神剣術』ならば、その隙間を狙うのは難しくない。
……俺はこれまで、何度も小凰と手合わせをしてきたからな。
その成果が出てるんだろう。
それに、俺と小凰はちょっと変わった武器で手合わせをしてきたなぁ。
木剣の代わりに、細くてもろいものを使ってきた。
具体的には『そこらへんにあった木の枝』だ。
ずっと前、俺に正体を明かしたとき、小凰はひとつの誓いを立てた。
『僕は生涯、天芳に刃を向けない』──って。
それが修行にも影響を与えてしまった。
小凰は俺と模擬戦をするとき、木剣を使うのを嫌がるようになってしまったんだ。しょうがないから、最近は木の枝を使うようになった。雷光師匠も認めてくれた。
『ただし、ちゃんと枝に「気」を通すこと』
『おたがいの枝を折らないようにすること』
『繊細な動きを心がけること』
──そんな条件をつけて。
木の枝は、木剣よりもかなり折れやすい。
それを折らないようにして戦うには、繊細な動きと、『気』の運用が必要になる。だから『かえって高度な修行になるね』と雷光師匠は言ってくれた。
その結果──
「──貴様! 貴様……うっとうしい!!」
「そうだろうな」
不審者が踏み込んでくる。超接近戦か。
俺はそれに付き合わない。
適当な距離を取って、技の隙を狙い続ける。突きが来る。『麒麟』に似た技。だからこそ死角がわかる。回り込んで相手の腕を狙う。
剣が、腕に浅い傷をつける。すぐに身を引く。
相手はダメージ覚悟で斬りつけてくる。深追いしていたら喰らっていた。
わかっているから、それには乗らない。
ひたすら持久戦を仕掛ける。ここは東郭の町の防壁の上だ。
待っていれば味方が来てくれる。ただ、敵を逃がさないようにすればいい。
不審者の呼吸が乱れはじめている。
『偽五神』は身体に負担がかかるんだろう。
俺は自分の位置を調整する。
相手はたぶん、東郭の外に逃げようとしてる。
だから俺は防壁の外側にまわりこむ。
不審者が走り出そうとするたびに、進路を塞ぎ、動きを封じ続ける。
だから不審者は苛立ってる。
まあ、うっとうしいだろうな。
こっちはそういう戦い方をしてるんだから、しょうがないんだけど。
「やはり貴様……同門潰しの雲の関係者か」
不審者が口を開いた。
『同門潰しの雲』というのは、たぶん、仰雲師匠のことだ。
予想通り、こいつは仰雲師匠の同門の弟子の関係者らしい。
「答えろ。貴様は雲の関係者か!?」
「あんたはこっちの質問には答えてないだろ。なんで自分だけ答えてもらえると思った?」
あざけるような口調で聞いてみる。
「話がしたいなら営所で聞く。おとなしく拘束されろ。あんたは東郭の法を犯している」
「────法などは!」
闇の中、舌打ちが返ってくる。
不審者が覚悟を決めたように、剣を構え直す。
呼吸を整えて両手で剣を握りしめる。俺が知らない構えを取る。
その直後──
「『堕神混合』──」
「ご無事ですか!? 黄部隊長どの!!」
──防壁の上で、声が響いた。
南門の方向からだった。
見ると、松明を手にした兵士たちがこっちに向かってくるところだった。
先頭にいるのは防壁上で警備をしていた人たち。
最後尾には脩さんがいる。
「遅くなって申し訳ありやせ──」
「「「不審者め……どこから入ってきた!!」」」
脩さんを押しのけるようにして、兵士たちが不審者に駆け寄る。
数は3人。だけど、動きはバラバラだ。
頭巾の下で不審者が笑う。まずい──
「危険です。そいつから離れて!」
「──『堕神混合・堕鱗』」
不審者が、床を蹴った。
黒い姿が宙に飛ぶ。
直後、俺は『五神歩法』で跳躍して、不審者を追う。
松明を持った兵士たちも、脩さんが周囲を見回す。
彼らは不審者を見失っている。
不審者は奴は宙を跳び、兵士たちの背後に回り込んだ。
最初にそれに気づいたのは脩さんだ。
彼は攻撃を予期したのか、とっさに地面に転がってる。
松明を持った兵士たちは気づかない。
不審者は地を滑り、兵士たちの背後にまわりこむ。
俺は剣を振り下ろそうとして、止める。
兵士たちが邪魔で、奴を攻撃できない。
「──不運な」
「が、ぐがっ!?」
不審者の剣が、兵士の甲の隙間をえぐる。
兵士のひとりが悲鳴を上げて崩れ落ちる。
不審者はその身体の後ろに潜り込む。その身体を支えて、楯にする。
兵士はまだ息がある。
だから脩さんも兵士たちも、不審者を攻撃できない……。
「用事は済んでいる。これで失礼する」
「『麒麟角影突』」
俺の剣が、不審者の太股を切り裂いた。
「────が、があああっ!?」
悲鳴が上がった。
不審者は怒りのこもった目で、俺をにらみ付けた。
もちろん、俺の剣は兵士さんを傷つけていない。
両脚のわずかな隙間を通り、不審者の脚を斬っただけだ。
小枝を使った手合わせには、繊細さと正確さが求められる。
それに比べれば、楯になった兵士を傷つけずに、背後の敵を斬るのは難しくない。
人体にある隙間を通せばいいだけだ。
首の横。脇の下。両脚の間。左右の足首の間──剣を通すぐらいの隙間は、どこにでもあるんだ。
「もう一度たずねる。あんたは何者だ。東郭に潜り込んだ理由は?」
「──雲の弟子に話す理由はない!!」
だん、と、音がして、楯にされた兵士が倒れかかってくる。
奴が兵士の背中を蹴ったからだ。
俺は反射的に、兵士さんの身体を受け止める。
その直後、不審者が地を蹴り、跳んだ。
防壁の向こう──東郭の町の外に向かって。
「逃がさない」
不審者は脚に傷を負っている。
全力で追いかければ、捕らえられる。
しかも……あいつは問答無用で兵士さんを利用した。
そんな連中は放っておけない。
もしかしたら10年後、それが東郭でトラブルを引き起こすのかもしれない。
そして黄天芳が、東郭の町を焼く原因になるのかもしれない。
だったら、今のうちに止める。
防壁の外は暗闇だけど、月は出ている。奴を見失うことはないはず。
防壁を駆け下りて、『五神歩法』で追いかければ──
「いかんです黄部隊長!! 敵の術中にはまりますぜ!!」
不意に、脩さんが叫んだ。
「見たところ、敵は盗賊か無法者のたぐいです。ああいう連中は集団で動きやす。外に、仲間がいると考えた方がいいですぜ。闇の中を追うのは、自殺行為でさぁ!」
そう言って脩さんは、防壁の向こうに松明を投げた。
闇の中を炎が落ちて行く。
そして──
ガガガッ!
──松明を狙って、複数の矢が飛んできた。
命中したのが1本。
残りはすべて、防壁に当たって、落ちる。
俺はとっさに『万影鏡』を起動する。
防壁の外にいる者の気配を探る。けれど……遠すぎる。
感じたのは、かすかな気配。数人分。
こちらに向ける殺気のようなもの。それだけだ。
それは徐々に遠ざかっていって……やがて、感じ取れなくなった。
「……助かりました。脩さん。ありがとうございます」
あのまま飛び降りていたら……たぶん、矢で射貫かれていた。
油断してた。
敵がひとりとは限らなかったんだ。
……俺は、まだ経験が足りないな。
脩さんの助言がなければ……危なかった。
「いや、こちらこそ……黄部隊長だけに戦わせてしまいやした。申し訳ありやせん」
「怪我をした兵士さんは大丈夫ですか?」
「同僚たちが手当てをしておりやすが……どうなるかは、わかりやせん」
「……そうですか」
俺は防壁の床を見た。
石の上に、血の跡が残っている。
不審者の目的はわからない。
夜を待って東郭に忍び込んだのか、最初から東郭の中にいて、夜の間に出ようとしていたのかも不明だ。
捕らえられなかったのは残念だけど、脩さんの言う通り、闇の中を追うのは危険すぎる。
朝を待って足跡をたどるしかない。
地面に血の跡くらいは残ってるだろうから、少しは追いかけられると思うんだけど。
「……『五神歩法』と『五神剣術』に似た技の使い手で、『同門潰しの雲』という言葉を使う連中、か」
あとで雷光師匠に報告しよう。
師匠なら、なにか知っているかもしれない。
もしかしたら……東郭の動乱についての手がかりも得られるかもしれない。
俺がそんなことを考えていると──
からん。
足下で、なにか固い音がした。
見ていると……床の上に、木製の円盤のようなものが落ちている。
拾い上げてみると──
「これは……神獣を象ったものか?」
円盤には青竜、朱雀、白虎、玄武、麒麟が彫られていた。
ただし、頭の部分は潰されている。
まるで憎しみを込めたように、小刀かなにかで、ザクザクに切り潰されている。
よく見ないと神獣だとわからないくらいだ。
「黄部隊長!? それを見せてくだせぇ!!」
不意に、脩さんが声をあげた。
円盤を渡すと、脩さんは顔を近づけて、じっとそれを眺め回す。
「それがなにかご存じなんですか? 脩さん」
「…………なんなのかはわかりやせん。ですが、前に見たことはありやす」
「そうなんですか?」
「そうです。碧兄のご家族が殺されたあとに……遺体の側で」
碧寧さんの家族の……遺体の近くで?
ということは、まさか。
「前言撤回しやす。黄部隊長を止めたのは間違いでした。我が先に飛び降りて、あなたの盾になるべきでした。我が矢で射貫かれている間に……あなたに奴らを捕らえてもらえばよかったんでさぁ!!」
「……脩さん」
「この紋章は、碧兄のご家族を殺した連中が落としていったものと……同じものなんですよ」
脩さんは紋章を握りしめて、告げる。
「3年の間……我も碧兄も、手がかりを探し続けました。ようやく見つけやしたぜ。あの不審者たちは……碧兄と我の仇敵で、絶対に殺さなきゃいけねぇ相手なんです!!」
そして、脩さんの怒りに満ちた声が、東郭の防壁上に響いたのだった。
次回、第142話は、次の週末の更新を予定しています。
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