第14話「天下の大悪人、父に願いごとをする」
今日は2回、更新しています。
はじめてお越しの方は、第13話からお読みください。
「ぼくは、王弟殿下に無礼を働いてしてしまいました」
俺は父上に、星怜を見つけるまでのことを話した。
将軍府を出たあと、町で燎原君の馬車を見つけたこと。
その馬車に近づいて、星怜についてたずねたことを。
「王弟殿下は許してくださいましたが、ぼくが無礼を働いたことに変わりはありません。くつろいでいらっしゃるところに近づき、無断で声をかけてしまったのですから」
「……ううむ」
父上は腕組みをして、考え込んでいる。
俺は続ける。
「なのに王弟殿下は部下に命じて、ぼくと星怜を探してくださいました。ぼくが柳阮たちに捕まりそうになったとき、その方々が助けてくれたのです。武術家の雷光先生と、翠化央という少年でした」
「そうか……」
「ぼくは王弟殿下に『このお礼はいずれ』と申し上げました。約束を違えては父上の名に傷をつけることになります。どうか、王弟殿下にお目にかかる機会をいただけるよう、父上からお願いしてはいただけないでしょうか」
俺は頭を下げた。
お礼をしたいのは本当だ。
『剣主大乱史伝』に登場する燎原君は、知略と人望でゲーム内の黄天芳を追い詰めていた。
敵に回すと怖い人だから、できるだけ礼儀正しくしておかないといけない。
それに、これは雷光先生に弟子入りするチャンスでもある。
雷光先生は『四神歩法』の使い手のはずだ。
だから壁を走ってたわけだし、あれを見れば雷光先生の移動力が高いのがわかる。
俺は意識を失う前に、先生に『弟子にしてください』と言った。
雷光先生もうなずいてくれたけど……それは、あの場でのことだ。
うやむやにしないためにも、きちんと弟子入りしておかないと。
「……おどろいたな」
しばらくしてから、父上は首をかしげた。
「こんな偶然があるものなのだな。おどろいておるよ」
「偶然、と言いますと?」
「以前、わしは玉四や海亮と話し合い、わしらは天芳を王弟殿下……燎原君の客人に弟子入りさせると決めていた。そのための準備を整えていたのだよ」
「そうだったのですか!?」
「言い出したのは海亮だ。燎原君のもとには多くの武術家がおる。その中には、天芳の才能を伸ばせる者もおるかもしれぬと言ってな。それで、燎原君にお願いするところだったのだ」
「そうだったんですか……」
そっか。
俺は知らない間に、家族に助けられていたのか……。
……そりゃそうだよな。
一般人が王弟の馬車の前に飛び出したら、斬り殺されても文句は言えないよな。
許してもらえたのは、父上のおかげだったのか。
「ありがとうございます。王弟殿下がぼくの話を聞いてくれたのは、父上がぼくのことを伝えていてくださったからだったのですね……」
「いや、まだ伝えておらぬが?」
「……え?」
「伝えようとした矢先に、星怜がさらわれたのだ」
「…………え?」
「そもそも、わしの書状はお主が代筆しておる。お主は、燎原君あての書状を書いた記憶があるか?」
……そうだった。
じゃあ、燎原君が話を聞いてくれたのは、あの人がいい人だったからで……。
運が悪ければ、護衛に問答無用で斬りすてられていた可能性もあったのか。
………………はぁ。
「今さらになって青くなってどうする。お前は豪胆なのか臆病なのかわからぬな」
「臆病ですよ。ぼくは」
俺はため息をついた。
「父上の職場で……太子殿下に無礼を働いたことも、気になって仕方がないんです。内力比べの最中に、思わず殿下の『気』を受け流してしまって……結果、殿下が転んでしまったのですから」
「あれは遊びだったと聞いているが」
「それでも、殿下に無礼を働いたことに代わりはありません。きちんと謝罪をしなければ──」
「いや、海亮の話では、あれはなかったことになったらしいぞ。殿下はその場にいた者に『私の足が滑っただけだ。転がされてなどいない』『お前たちはなにも見ていない。いいな』と言っていたらしい」
「……そうだったのですか」
「殿下も、年下の者に内力比べを仕掛けたことを後悔されているのだろう。気になるならば、いずれわしが謝罪の機会を設けてやる。それでよいな?」
「は、はい。お願いします」
「太子殿下の方はこれでよいとして……やはり燎原君には、直接お礼をしなければならぬな」
父上は髭をなでながら、笑った。
「わしとお前、それと星怜を連れて、あいさつにうかがうとしよう」
「ありがとうございます。父上」
「それで、弟子入りの話だが……」
「燎原君のもとには雷光先生という方がいらっしゃいます。その方に弟子入りしたいと思います。すでに話は通していますから、あとは燎原君の許可をいただければと」
「承知した」
「ぼくが書状を代筆します。紙と硯をお借りできますか?」
「今からか? 少し休んだらどうなのだ?」
「黄家は王弟殿下に大きな恩を受けました。できるだけ早くお返しするべきだと思います」
「それはわかるのだが。少し待て」
「……どうしてですか?」
「星怜が、扉の向こうからのぞいておるからだ」
言われて振り返る。
父上の部屋の扉がうっすらと開いて、星怜の顔が見えた。
おどおど……といった感じで、こっちを見てる。後ろには母上の姿もある。
母上公認で、様子を見に来たらしい。
「星怜はお前のことが心配でたまらぬのだろう。まずは、話をしてやるがよい」
苦笑いしながら、父上はそんなことを言ったのだった。
俺は星怜を連れて、自室に戻った。
燎原君のことは、父上が話をすると請け合ってくれた。
今は、ゆっくり休むように言われたんだ。
「……兄さん」
星怜は、目に涙をためて、俺を見ていた。
「兄さん。兄さん……星怜は……あの」
「星怜が無事でよかったよ」
俺は言った。
「それに……王弟殿下の部下の人を連れてきてくれたのは星怜だよね。おかげで助かったよ」
燎原君は部下を使って、俺と星怜を探してくれていたそうだ。
雷光先生もそのひとりだった。
彼女と出会った星怜は、正確に、俺の居場所を伝えてくれたんだ。
「ありがとう。星怜」
「で、でも……兄さんがひどいめにあったのは、わたしのせいで……」
「柳阮に『お母さんのゆくえを知ってる』って言われたんだよね。それじゃ仕方ないよ」
「お母さんは亡くなってるって、わたし、知ってました……」
「それでもだよ。星怜は、お母さんのお墓にお参りしたかったんだから」
この世界の人たちは、親や祖先をうやまう気持ちが強い。
亡くなった人は数十日間、この世に留まって、子孫を見守るといわれている。
これは俺の前世の世界にもあった風習だけれど、この世界ではそれが強い。
そのためか、遺体をきっちり埋葬しようとする。
逆にゲームの中の黄天芳が牛裂きの刑にされたり、死体が放置されたりするのは、『埋葬なんかさせるか!』という意味だったりするんだが。
「星怜はお母さんのお墓に行って、自分は大丈夫だって伝えたかったんだよね?」
「……はい」
「その気持ちはわかるよ。うん。仕方ないね」
「兄さん……」
「悪いのは、星怜の気持ちを利用した柳阮だ。星怜は少しも悪くない」
「で、でもでも、わたしのせいで、兄さんが……」
「だったら、その分、星怜が幸せになってくれればいいよ」
『剣主大乱史伝』で星怜が後宮に入るきっかけを作ったのは、たぶん、柳阮だ。
あいつが星怜に変な教育をして、後宮に入れたんだろう。
星怜は、むしろ被害者だった。
だまされて誘拐された上に、むりやり後宮に入れられたら、性格が歪んでも仕方がない。
ゲーム世界の黄天芳が悪人になったのも、それがきっかけだったのかもしれない。
義妹がさらわれて、悪女になって戻ってきたら……責任を感じるはずだ。
その自己嫌悪から逃れるために、地位や財力を望んだ。そういうこともあり得る。
でも、星怜が後宮に入るフラグはたたき折った。
あとは、星怜が幸せになってくれればいい。黄家でのんびり暮らしていれば、悪女になることはない。自分から後宮に入ろうとも思わないだろう。
そうすれば、俺が破滅することもなくなるはずだ。
「ぼくは、星怜が幸せでいてくれれば、それでいいんだ」
「……兄さん」
星怜はうるんだ目で、じっと俺を見ていた。
それから、恥ずかしそうな口調で、
「兄さんは言ってくれました……『星怜は誰にもやらない』『星怜はぼくが幸せにする』って」
「うん」
正確には『俺が幸せにする』だったけど。
とっさに『俺』って言ってしまった。前世の地が出ちゃったんだよな。
星怜は気にしてないようだから、いいんだけど。
「あれは……本当のきもち、ですか?」
「もちろん」
『後宮入りフラグ』を復活させないためにも、星怜には黄家で幸せに暮らしてもらいたい。
うん。なにも間違ってないな。
「……そ、そうですか」
星怜は真っ赤な顔で、胸を押さえた。
それから彼女は、なにかを決意したような表情で、
「兄さん。わたしはもっと、強くなりたいです」
──そんなことを、言った。
「強くなって、黄家の皆さんに恩返しがしたいです。兄さん……いえ、英深さまや海亮さま、玉四さま、天芳兄さんの役に立ちたいんです」
「そっか」
「それに、もう、外の世界が怖くなくなりましたから」
「あんな目に遭ったのに?」
「はい。あれに比べれば……他のことなんて、たいしたことじゃないですから」
星怜は胸を押さえて、自分の心の中を確認するように、続ける。
「強くなって……それから、たくさん友だちを作りたいです」
「それなら、黄家の社交の手伝いをするといいよ」
「社交の、ですか?」
「うちは、母上の身体があまり強くないからね、他の将軍家や貴族への付き合いは、兄上が担当してるんだ。星怜が手伝ってくれれば助かるよ」
「は、はい。がんばります!」
星怜はそう言って、笑った。
「それで……兄さんにお願いがあるのですけれど」
「なにかな?」
「これからも、一緒に導引をやってもいいですか?」
「それはもちろん」
「……よかった」
星怜は安心したようなため息をついた。
照れた顔で、指先に銀色の髪を、くるくると絡めている。
黄家に来たばかりとは別人のようだ。
あのときの星怜は両親を亡くしたばかりで、まわりのものすべてを恐がっているように見えた。
今は……普通に笑ったり恥ずかしがったりしてる。
まるで、忘れていた感情を、取り戻したみたいに。
「わたし……柳星怜は、これからも天芳兄さんにお仕えします。どうか、見守っていてください。兄さん」
星怜は優しい笑みを浮かべて、そんなことを言ったのだった。
次回、第15話は、明日のお昼くらいに更新する予定です。