第136話「天下の大悪人、任地に到着する(前編)」
十数日後。
準備を整えた俺は、東郭の町に向けて出発した。
一緒に行くのは燎原君の部下の炭芝さんと、冬里。使用人が数人。
それと、黒馬の朔月だった。
冬里がついてくることになったのは、秋先生の助言があったからだ。
『天芳の側には、体調管理ができる者がいた方がいい』
──と。
雷光師匠も賛成してくれた。
俺の『気』はまだ発展途上だから、『獣身導引』を続けるべき。それには相手役が必要。冬里なら『気』のチェックもできるから最適。それが雷光師匠の意見だった。
冬里も同意してくれた。
彼女は、俺を遠いところに送り出すのが心配らしい。
それで結局、冬里は俺の従者というかたちで、ついてくることになったんだ。
星怜と小凰も同行を申し出たけれど、ふたりは今のところ、動けない。
星怜は黄家の社交をはじめたばかりだ。
母上が服を用意してくれて、さあ社交をはじめよう……ってところでもある。
そんな状態で、北臨を離れるわけにはいかない。
小凰は最近、出歩きすぎていた。
奏真国の使節が帰国したばかりでもある。
しばらくは人質として北臨でおとなしくしているべき。
──それが燎原君と雷光師匠の意見だった。
そんなわけで、星怜と小凰は北臨で留守番。
俺は黒馬の朔月にまたがり、冬里や炭芝さんと一緒に東郭に向かっているわけだ。
「冬里は東郭に行ったことがあるんだっけ?」
「小さいころ、一度だけですけど」
馬に乗って隣を進む冬里が、うなずいた。
「東郭は物流の中継地点でもあります。北の物流拠点が灯春で、南東の物流拠点は東郭だと言われているのです」
「灯春は文化拠点。東郭は商業と防衛の拠点とされておりますな」
炭芝さんが、冬里の言葉を引き継いだ。
「東郭は高い防壁に囲まれた町です。また、東郭は北臨を守るための拠点でもあります。敵軍は東郭で食い止め、その間に北臨の防衛体制を整える。そういう役割になっております」
「わかります」
『剣主大乱史伝』でもそうだった。
ゲームの中の東郭は黄天芳によって焼かれていたけど、防壁は残っていた。
藍河国の軍隊はそれを頼りに、英雄軍団を迎え撃ったんだ。
東郭の攻略は大変だった。
高くて堅い防壁が、英雄軍団の攻撃をはばんだからだ。
だけど計略により、東郭を守る兵士の中に内通者が出た。
内通者は英雄軍団を東郭内部に誘導して、指揮官を追い詰めた。
その結果、東郭は英雄軍団の手に落ち、北臨攻略の拠点となる。
ゲームでは東郭が陥落したのは、黄天芳のせいだと言われていた。
あいつが東郭を攻撃しなければ、もっと多くの兵を入れられたからだ。
町が焼けたせいで、兵士たちの宿舎に使える建物がなかった。
物流が止まったせいで、兵糧を運びこむのに苦労するようになった。
だから東郭に駐留する兵士が減った。
兵士の士気も下がり、内通者を生み出すことになった……と、そんなことがゲームの資料には書かれていた。東郭が落ちて、北臨が危機に陥ったのは黄天芳の自業自得だと。
だけど……本当にそうなんだろうか?
黄天芳が町を焼く前の東郭は、なにも問題がなかったのか?
謎の組織の『金翅幇』は、東郭に手を出していなかったのか?
「……実際に行って確かめるしかないか」
今はゲーム開始の10年前だけど、手がかりくらいはあるかもしれない。
防衛副隊長の仕事をしながら、なんとか調べてみよう。
……俺に防衛部隊の副隊長がつとまるかどうかは、わからないけど。
俺はずっと無位無冠だったからなぁ。
しかもまだ14歳だ。
本当に、部下が従ってくれるんだろうか。
『若造が我々を指揮しようなどと』って、見下される可能性だってある。
炭芝さんがついてきてくれたのは、その対策だろう。
王弟殿下の腹心がいれば、東郭の兵士たちも少しは遠慮してくれるからな。
ここは燎原君の権威を借りることにしよう。
目的は、東郭に異常がないか調べること。
あの町に『金翅幇』が入り込んでいないか確認することだ。
それは藍河国のためにもなるはず。
そのためなら燎原君の権威を借りても許されるんじゃないかな。
そんなことを考えながら、俺は東郭の町に入ったのだった。
「話は聞いている。黄天芳。貴公の赴任を歓迎する」
答えたのは、中年の男性だった。
大柄で、父上ほどじゃないけれどガタイがいい。
東郭の町の防衛隊長で、李灰という人物だった。
「14歳の副隊長など前例がない。だが、王命ならばやむを得ぬ。余計なことをせず、無難に役目を果たしていただきたい」
「ありがとうございます。李灰さま」
俺は防衛隊長の李灰さんに拱手した。
「ご指導ご鞭撻を、よろしくお願いします!」
「……む」
李灰さんはとまどったような顔になる。
俺が素直にお礼を言ったのが、不思議だったのかもしれない。
でもなぁ。
別に李灰さんがどんな態度を取っても構わないんだ。
俺の目的は、東郭の町で不審なことが起きていないか調べることだ。
それに、突然14歳の防衛副隊長が来たら、李灰さんがとまどうのもわかる。
なのに『余計なことをせず、無難に役目を果たしていただきたい』なんて言ってくれるんだもんな。
東郭の調査をしたい俺にとっては、願ってもない言葉だ。
言われた通り、仕事は淡々とこなして、余った時間を調査に使おう。
だから俺は李灰さんに一礼して、告げる。
「ありがとうございます。隊長のお言葉通り、全力で無難に役目を果たしたいと思います!」
「う、うむ。そうか」
李灰さんは、こほん、と咳払いをして、
「貴公には東郭の第四小隊を率いてもらう。その小隊長が、これから貴公の面倒を見ることになる」
「質問をお許しいただけますか? 李灰さま」
「許す」
「ぼくは防衛部隊の副隊長になるように言われてきたのですが……」
「わかっている」
李灰さんはうなずいた。
「貴公の役職は副隊長だ。だが14歳の若者に大勢の兵士を預けたところで、彼らはついていかぬだろう。だから、まずは小隊をひとつ預けることにしたいのだ」
「そういうことでしたか」
「小隊の人数は6人だ。東郭でもっとも少数で、六人部隊と呼ばれている。その程度なら、貴公でもあつかえるだろう?」
にやりとした笑みを浮かべる李灰さん。
「小隊の営所の場所を教える。まずは彼らと会うがいい。以上だ」
話は終わりとばかりに、李灰さんは背を向けた。
防衛隊長ともなると忙しいらしい。
「承知いたしました」
俺はその背中に向かって、一礼した。
「黄天芳、これより第四小隊のもとへ向かいます」
そうして、俺は防衛隊長の部屋から退出したのだった。
「東郭の防衛隊長は無礼な人ですな!」
部屋の外で待っていた炭芝さんが声をあげた。
「天芳どのは王命によって派遣されたのですぞ!? なのに、部下はたったの6人。しかも、天芳どのに挨拶に行けとは! 部下の方が天芳どのを出迎えるべきではありませんか!」
「こっちは新参者ですからね。仕方ないですよ」
「ですが!」
「町中を見てまわりたかったですからね、ちょうどいいです」
東郭の町は正方形の防壁に囲まれている。
防衛隊長の執務室は町の中央にある。第四小隊がいるのは南側だ。
移動している間に町を見てまわれるのはうれしい。
ゲームでは見られなかった、焼かれる前の東郭を。
「立派な町ですね。人も多いです」
「防衛拠点ですからな。兵士も多く駐屯しております。だから東郭のまわりでは、盗賊や敵兵に襲われる危険性が少ないのでしょう。人が集まってくるのはそのためですよ」
炭芝さんの言う通りだ。
東郭の町の市場は人であふれている。
行き交う人たちも楽しそうだ。それを兵士たちが見守っている。
でも……ゲームの黄天芳はこの町を焼いたんだよな。
どうしてだろう?
あいつがこの町を焼き尽くさなければいけないようなことが、これから起こるのか?
それとも、黄天芳は本当にただの大悪人だったのか?
……わからない。
まあ、それを調べるために、ここに来たんだけどさ。
そんなことを考えているうちに、俺と炭芝さんは小隊の営所に到着した。
ボロボロの壁に囲まれた、古い建物だった。
厩はあるけれど、馬はいない。
壁の向こうにはふたりの男性がいて、槍の訓練をしている。
俺と炭芝さんが近づいても、こちらを見ようともしない。集中しているみたいだ。
「失礼します! 本日付で赴任してまいりました、黄天芳と申します!!」
俺は営所に踏み込んで、声を上げる。
訓練中の男性たちがこっちを見た。
「防衛隊長の李灰さまから、こちらに来るように言われて参りました。まずは小隊長どのとお目にかかりたく存じます! それから、仕事の打ち合わせをさせてもらえればと!!」
男性たちは呆然とこっちを見てる。
内力を込めた声だからな。耳に響いたんだろう。
大声で呼びかけたのは、第一印象が大切だから。
それと、訓練中の男性に見覚えがあったからだ。
俺が知っている顔よりも、かなり若い。
今はゲーム開始の10年前なんだから当然だろう。
だけど顔を見れば、彼がゲームに登場するキャラだとわかる。
強気そうな、つり上がった目。斜め一文字を描く頬の傷。
白みがかった髪と眉も特徴的だ。
彼は英雄軍団と一緒に戦った武官のひとりだ。
内通者を用いて、英雄軍団を東郭内部に導いた人物でもある。
「失礼いたしました。黄天芳どの」
彼は木剣を地面に置き、俺に向かって拱手した。
「六人長、碧寧と申します。副隊長のご来訪を歓迎いたします」
そして──白髪で長身の若い男性は、俺の知る姓名を名乗ったのだった。
次回、第137話は、明日か明後日くらいに更新する予定です。