第134話「天下の大悪人、役職を得る」
予約設定を間違えて、2話連続更新してしまいました。
なので、本日はじめてお越しの方は、第133話からお読みください。
そして、数日後。
俺と星怜と小凰と冬里は、通常の秘伝の『天地一身導引』を行うことになった。
もちろん、雷光師匠と秋先生の指導のもとで。
前回の秋先生がそうだったように、ふたりとも別室にいる。
秘伝は服を着ないで行うからだ。しょうがないね。
俺たちは秋先生の指示の通りに部屋に入り、部屋の四隅へ。
おたがいに背中を向けてから、服を脱いで、目を閉じる。
そうして、秋先生の声に合わせて、『天地一身導引』の秘伝をはじめたんだけど──
…………みんなの気配が、はっきりとわかる。
目を閉じていてもわかる。
まるで瞼の裏に、星怜たちの影が映っているみたいだ。
これは……『万影鏡』のせいだろうか。
たとえば……今、俺の横を通り過ぎたのは小凰だ。
鳥のように腕を動かしながら、部屋の中央でくるりと身体を回している。
そのまま部屋の隅へと移動して、地面で羽を休める鳥のかたちになる。
しばらくすると冬里が、枝を広げる樹木のかたちになる。
細い腕が、風を受ける枝のように揺れている。
体温が上がっているのか、汗が肌を伝っている。それでも冬里はまったく動じていない。樹木になりきって、足下から指先にまで『気』を流している。さすがだ。
次に俺の側を通りすぎたのは星怜だ。
星怜は空に憧れる猿になって、見えない鳥を追いかけている。
足音はしない。
導引法を学んだ星怜は、身体のよりよい動かし方をマスターしているからだ。
星怜はそれを礼儀作法に応用しているんだろう。
星怜が気品ある淑女になれるのは、たぶん、そのせいだ。
3人の気配を感じ取りながら、俺は『天地一身導引』を続ける。
樹木になり、猿になり、鳥になる。
部屋の中をめぐりながら、4人『気』をひとつにしていく。
俺たちの『気』が部屋を満たし、大きな流れを生み出していく。
『天地一身導引』をしている間、俺たちはひとつの生き物になっている。
だから側にいるのが自然で、存在を感じ取れるのは当たり前。そんな気がする。
こうしていると、身体が癒えていくのがわかる。
かすかな経絡の傷を感じ取れる。でも、それはすぐに消えていく。
そうして、俺たちは樹木になり、猿になり、鳥になり──
天地の間をぐるぐると回り続けて──
「──ここまで。全員呼吸を整えて。それから、服を身につけなさい」
秋先生の声を合図に、『天地一身導引』の秘伝は終了した。
身体が、熱を帯びていた。
前回と同じだ。すごく身体がすっきりしている。
余分なものが、汗と一緒に出て行ったみたいだ。
「4人ともお疲れさま。これで今回の導引は終わりだ。あとは帰って、身体を休めてくれ。あ、天芳は残るように。経絡の傷がどうなったか、確認しなければいけないからね」
「はい。秋先生」
「「「…………」」」
振り返ると、身支度を調えた星怜と小凰と冬里がいた。
あれ?
前回は秘伝が終わったあと、すぐに帰ってしまったんだけど。
……今はみんな、じっと俺を見てるな。どうしたんだろう。
「……あの、兄さん」
「どうしたの星怜」
「導引をしている間、不思議な現象があったのです」
「うん?」
「わたし……兄さんの存在を感じ取れたんです。兄さんがどこにいるのか、どんな動きをしているのか、なんとなくですけど」
「星怜くんも? 僕もなんだけど……」
「冬里も……です」
3人はうつむいたまま、そんなことを言った。
……なるほど。
俺が星怜たちの存在を感じ取っていたように、星怜たちも俺の存在を感じ取っていた……ってことか?
「もしかして……兄さんも、ですか?」
「天芳も僕を感じ取っていたってこと?」
「そ、それは、恥ずかしいのですが……」
3人とも、じーっと俺を見てる。
俺は小さくうなずいて、
「うん。ぼくも3人の存在を感じ取っていたんだ。それはたぶん……『万影鏡』の影響だと思う。あの技のせいで、ぼくは他の人の気配を感じ取る能力が強くなったから。でも、星怜たちも同じものを感じ取っていたのは……」
「君たち4人が、『気』でつながっていたからだね」
答えをくれたのは雷光師匠だった。
「翼妹が言っていただろう? 『天地一身導引』の秘伝は、4人がひとつの生き物になるようなものだと。もしかしたら、秘伝をやっているときは4人は能力を共有できるのかもしれないね」
「なるほど。ぼくが持つ、みんなの気配を感じ取る力が……」
「化央や星怜くん、冬里くんにも共有されたわけだね」
「これって、武術の技に応用できませんか?」
「応用かい?」
「はい。たとえば秘伝を繰り返すことで、通常の『天地一身導引』でも、能力の共有ができるようになるかもしれません。それができれば便利ですよね?」
「奇遇だね。私も同じことを考えていたよ」
「さすがは雷光師匠です」
「天芳こそ、常に高みを目指そうとする姿勢は尊敬に値するよ」
「ぼくには……やらなきゃいけないことがありますから」
金翅幇を倒すこと。
ゲーム主人公の介鷹月を止めるための力を得ること。
それが、今の俺の目標だ。
そのためには、できることはなんでもする。
『天地一身導引』で能力の共有ができるなら、4人で敵を囲んでフルボッコにすることも……いや、星怜や冬里を戦いに巻き込むわけにはいかないか。
小凰にも、金翅幇の相手はさせたくない。
となると、『天地一身導引』の能力共有が役に立つのは、敵から逃げるときくらいか。
能力を共有して、敵の位置を割り出して……逃げる。
うん。そういうことになら使えるかもしれない。
あとは──
「念のため聞いておきたいんですけど……小凰はぼくを、どんなふうに感じ取っていたんですか?」
「……ごめん。言えない」
「……え?」
「ぼ、僕自身もとまどっているんだ。天芳の気配を肌で感じると……あんなふうになってしまうなんて。だから……ごめん。い、いつかはちゃんと話すから、今は……ごめんね」
「いいです。ぼくこそ、変なことを聞いてごめんなさい」
「…………うん」
俺と小凰は沈黙する。
星怜も冬里も、うつむいたままだ。
秘伝の『天地一身導引』と『万影鏡』の影響は大きかったらしい。
しばらく秘伝をやるのは控えた方がいいかな……。
「とにかく、みんなごくろうだった」
話をまとめたのは秋先生だった。
「次からは、私の指導なしでもできるだろう。あとは最奥秘伝の『天地一身導引』だけれど……これは、人員が揃わないとできないからね。ずっと先の話だ。みんな今日は、ゆっくり休むようにね」
「は、はい。秋先生!!」
「ありがとうございました!!」
「……兄さんのお役に立てて良かったです」
「と、冬里も、同じ気持ちですので!」
そんなわけで、多少の問題はあったけれど──
こうして『天地一身導引』の秘伝は無事に終わったのだった。
それからしばらくは、落ち着いた日々が続いた。
俺と小凰は以前のように、北臨で武術の修行を続けた。
雷光師匠はまだうまく動けないから、口頭での指導だった。
それでも、師匠から直接指導を受けられるのはうれしい。
技をみがいて、金翅幇に対抗できるようにしないと。
しばらくしたら、俺は旅に出るつもりでいる。
目的は、金翅幇の連中を見つけ出すことだ。
壬境族の土地に行けば、ゼング=タイガの部下だった人たちに接触できる。彼らから話を聞けば、金翅幇がどこに行ったのかわかるかもしれない。
もちろん、金翅幇の危険性は、藍河国にも伝わってる。
燎原君も調査をはじめている。
でも……やっぱり、人任せだと落ち着かない。
あいつらは俺が止めたい。
そうして『黄天芳破滅エンド』がなくなったんだって確認したい。
金翅幇に踊らされて命を落とした、ゼング=タイガのためにも。
星怜は、社交の練習を続けている。
秋先生と冬里は、北臨で医師として開業するための準備をはじめたそうだ。
そんなふうに、当たり前の日常が戻って来てから、数日後──
──黄天芳に、国からの辞令が下った。
「『飛熊将軍』の次子である黄天芳を、東の町の防衛部隊の、副隊長に任命する」
それは金翅幇とは、まったく関係のない仕事で──
無位無冠だった14歳の俺にとっては、破格の出世だった。
次回、第134話は、次の週末に更新する予定です。