第133話「星怜と小凰、語り合う」
「星怜くんはここに座った方がいいと思うよ」
部屋に入った小凰は、星怜に椅子を勧めた。
「君はもう大人の女性なんだからね。それに応じたあつかいをしないとね」
「あ、はい」
星怜は素直に椅子に腰掛けた。
「それじゃ、僕はこっちに……」
小凰は寝台に腰をおろした。
それから、自分の隣を、ぱんぱん、と叩いて、
「天芳はここに座るといい。僕たちが星怜くんに頼み事をするのだからね。ふたり並んで座った方がいいだろう」
「あ、はい。師兄」
俺は小凰の隣に座る。
なんだか、不思議な感じだ。
いつもは星怜と並んで座っている場所に、今は小凰と座っている。
正面には着飾った星怜がいる。
なぜか、目に力を入れて、俺と小凰を見ている。
「あの……化央さま。わたしがそちらに座っても」
「それはよくない。せっかくの服が皺になってしまったら、天芳の母君に申し訳が立たないからね」
「……はい」
星怜は納得したように、うなずいた。
「それでね。星怜に頼みというのは、導引のことなんだ」
俺は話を切り出した。
──北の地での戦いで、俺の経絡に小さな傷ができたこと。
──早めに癒すには、『天地一身導引』の秘伝をする必要があること。
──『天地一身導引』にはさらなる秘伝があり、それをするときは、星怜にも参加して欲しいこと。
そんな話を、俺は星怜に伝えた。
「わかりました。導引に参加します」
星怜は即座に答えた。
「いつですか? 今ですか? わたし、すぐにはじめても大丈夫です!」
「すぐじゃないよ。雷光師匠と予定を立ててからだね」
俺は立ち上がって、星怜の髪を、軽くなでた。
「ありがとう、星怜。予定が決まったら教えるよ」
「は、はい。兄さん」
「天芳の言う通りだと思うよ。星怜くんは、もう大人の女性なんだから。思いつきで行動させるわけにはいかないね。きちんと予定を立てて、それにそった行いをすべきだよね」
そう言ったのは小凰だった。
「星怜くんには自分の仕事があるのだからね。僕と天芳の問題に巻き込むのは、最低限にすべきだよね」
「お言葉ですが化央さま。それは違います」
「というと?」
「わたしには、優先順位があるんです」
「優先順位?」
「確かに、黄家の社交は、わたしにとって大切なお仕事です。でも、わたしの中にはそれよりも重要な『生きがい』や『すべてを賭けて大切にしたいこと』があるんです。『お仕事』と『生きがい』なら、生きがいを優先するのは当然のことです」
「だけど、星怜くんはもう大人の女性なんだよね?」
「大人とは、自分にとっての大切なものがわかる人のことだと思います」
星怜はまっすぐに、小凰を見返して、
「わたしには自分にとって大切なものがわかります。迷ったりはしません」
「なるほど……僕はまだ、星怜くんをみくびっていたようだ」
「化央さまこそ、油断できないお方です」
「そんな星怜くんに伝えたいことがあるんだ」
「うかがいましょう」
「実はね、奏真国には、部屋の余分な隙間をふさぐという風習があるんだ。隙間があると、そこから邪なものが入ってくるかもしれない。だから、目につきにくいところにある隙間はふさいだ方がいい、とね。だから僕は、天芳の寝台の下をふさぐための、魔除けの布を持ってくるつもりだ」
「そうなのですか?」
「そうなったら、君はどうするのかな?」
「『獣身導引』の猫のかたちを究めます。魔除けの布があっても入れるものなら、その者は邪霊ではないという証明になるでしょう」
「そう来たか」
「そうすれば邪なものが入らないように、わたしが兄さんを守ります。わたしは武術はできませんけど、導引はできます。良い『気』の力で、兄さんを守ります」
「……さすがは星怜くんだ」
「化央さまこそ、兄さんのことを考えてくださってありがとうございます」
「兄弟子と弟弟子は身内同然だからね」
「ありがとうございます。わたしの家族を大切にしてくれていることに感謝します」
「いやいや、ははは」
「いえいえ」
……なんだろう。
星怜と小凰の間で、空気が張り詰めているような感じがするんだけど……。
とにかく、話はまとまった。
星怜は『天地一身導引』に協力してくれることになった。
仕事は大切だけど、生きがいはもっと大切……って、俺のことを生きがいにしなくてもいいんだけどな。
星怜はもう、ゲーム世界のようにはならない。
俺としては、星怜が自分の幸せを見つけてくれれば十分だ。
いつか、そのことを星怜に伝えよう。
星怜が自分の幸せを目指すなら、俺はどんな手段を使ってでも協力する……って。星怜が、よろこんでくれるように。
「それじゃ星怜。『天地一身導引』の日程が決まったら教えるよ」
宿舎に戻ったら、雷光師匠と秋先生に相談しよう。
ふたりのことだから、すぐに準備してくれるはずだ。
「それまでは通常の『天地一身導引』をしようよ。復習も兼ねて」
「はい! 兄さん」
「待ってくれ天芳。せっかくだから、最奥秘伝をやるときのために、位置確認をしておかないか?」
ふと、小凰がそんなことを言い出した。
「最奥秘伝の『天地一身導引』は天芳が部屋の中央、僕が南に位置するんだよね? 実際にやってみたらどんな位置関係になるのか、確認しておきたいんだ」
「確かに……それは必要かもしれませんね」
秘伝の『天地一身導引』は4人が東西南北に分かれた状態で行う。
中央には空間があるから、移動しやすい。
だけど、最奥秘伝は5人で行うことになる
俺が中央に位置することで、移動に使えるスペースが狭くなる。
その時にぶつかったりしないように、あらかじめ位置関係を把握しておいた方がいいかもしれない。
「わたしも、化央さまの意見に賛成です」
星怜が手を挙げた。
「西側に位置するわたしとしては、何歩進めば兄さんにぶつかってしまうのか、どう動いたら、兄さんに触れてしまうのか、確かめておきたいです!」
「わかった。それじゃ、位置関係だけ確認しておこうか」
「はい。兄さん!」
「了解だよ。天芳」
こうして俺と星怜と小凰は、最奥秘伝の『天地一身導引』を行ったときのおたがいの位置を確認することにした。
そして──
「実際には目を閉じてやるんですよね? 実験してみます……あ、ごめんなさい。兄さん、身体が当たってしまいました!」
「大丈夫だよ。星怜」
「ごめん天芳。僕も歩数を間違えて……って、どうして避けるの!?」
「ぶつからないようにしただけですけど」
「わかった。じゃあ次は気配を悟らせないようにする!」
「そういう練習じゃないですよね!?」
──俺たちは、妙に緊迫感のあるひとときを過ごすことになったのだった。
次回、第134話は、明日か明後日くらいに更新します。