第129話「天下の大悪人、話題の中心になる」
「黄天芳よ。君たちが無事に役目を果たして帰ってきたことを祝福する」
玉座の隣で、燎原君は宣言した。
数日後。
俺たちは藍河国の首都、北臨に戻っていた。
真っ先に向かったのは、王宮だった。
俺は部隊をひとつ任されている。
国境地帯でやったのは俺の私闘じゃなくて、部隊としての正式なお役目だ。
まあ、偵察が仕事なのに、敵と正面きって戦ってしまったんだけど。
とにかく、俺が率いていたのは藍河国の部隊だ。
俺が隊長で、小凰が副官。
燎原君の部下の炭芝さんが、そのサポート役。
だから俺は隊長として、上司に報告をする義務があるんだ。
もちろん、国王陛下や燎原君には、すでに海亮兄上が報告している。
ここは事件の詳しいことについて、高官や武官、文官のひとたちに伝えるための場だ。
俺は当事者として、この場で詳しい話を聞くのが役目になっている。
問題なければうなずいて、違うところがあれば、発言の許可を得てから訂正する。
これはそういう場所だそうだ。
玉座には、誰も座っていない。
藍河国王は高齢だ。
今日は体調がすぐれないということで、欠席しているらしい。
王弟である燎原君が、その代理だ。
からっぽの玉座の隣には太子狼炎が立っている。
2人の姿は、今は見えない。
俺は頭を垂れたままだからだ。
俺がいるのは玉座の正面。
まわりには国の高官や、武官や文官たちが並んでいる。
その中に知っている顔はほとんどいない。
海亮兄上がいるのが、せめてもの救いだ。
「国境での戦いでは、黄天芳の働きが大きかったと聞いている」
燎原君はよく通る声で言葉を続ける。
「君は壬境族の穏健派との連絡役となってくれたそうだね。穏健派からは書状を受け取っているよ。彼らは君を信頼しているようだ。また、ゼング=タイガを追い詰めるために檄文をばらまいたのも、君の提案によるものだと聞いている」
玉座の間が、ざわめく。
居並ぶ人々がおどろいたような声を漏らす。
そりゃそうだ。
俺は今のところ、無位無冠だからな。
そんな人間がなにしてるんだ、って思ってるんだろう。
「そして、敵将ゼング=タイガを討ち取ったのも君だね。黄天芳」
燎原君の次の言葉で、ざわめきがさらに大きくなる。
「──壬境族の王子を、この者が!?」
「──ゼング=タイガは狼炎殿下を傷つけようとした者だぞ!?」
「──奴は壬境族の軍神と聞いている。それを……?」
人々の声を、深呼吸しながら聞き流す。
……落ち着け。
動揺してる場合でも、浮かれてる場合でもない。
壬境族の問題は解決したけれど、敵がいなくなったわけじゃない。
謎の組織、金翅幇がまだ残ってる。
ゼング=タイガの副官だった虎永尊も逃げた。
組織をまとめていたという巫女の正体もわかっていない。
ゲーム主人公の、介鷹月の居場所も不明だ。
あいつらを追い詰めるには、俺の力だけじゃ足りない。
協力してくれる人を見つける必要がある。
それを訴えるために、俺はこの場に来たようなものだ。
「──静かに」
燎原君の声で、人々が静まっていく。
ほどよく静かになったところで、燎原君は、
「黄天芳は敵将を討った。それは多くの者が目にしている。そして、敵将が討たれたことを知った壬境族は戦いをやめて、北へと帰って行った。それ以降、壬境族は兵を動かしていない」
ふたたび、玉座がため息で満たされる。
「壬境族の穏健派からは書状が届いている。『王は退位した。今後、壬境族は穏健派のハイロン=タイガとトウゲン=シメイを中心とした合議制を取る。藍河国とは関係修復を行い、可能ならば朝貢を行いたい』とね。その証拠として、ハイロン=タイガの娘が引き続き藍河国に滞在し、人質となるそうだ」
燎原君が書状をたたむ音がした。
それから、足音が近づいてくる。俺の前で、止まる。
「顔を上げたまえ。黄天芳」
「──はい。王弟殿下」
「君は今回の戦いで、大いに国に貢献してくれた。その功績は大きい」
顔を上げると……燎原君は、満足そうな笑みを浮かべていた。
まるで、子どもの成長を喜ぶような表情だった。
燎原君は本当に人間が好きなんだろう。
自分が目をかけた者が成長したり、成果を上げたりするのが、うれしくて仕方がないみたいだ。
本当に、働く者にとっては理想の上司だ。
……俺も、こんな大人になれるだろうか。
「君には報償が与えられることになる。なにか希望はあるかな?」
──来た。
燎原君なら、そう言ってくれると思ってた。
俺が王宮にきたのは、このときのためだ。
この場で、金翅幇の危険性を訴えよう。
あの組織の情報を伝えて、警戒態勢を取ってくれるように頼むんだ。
俺が望む報償はそれだ。
金翅幇を警戒するための部隊を作ってもらうことと、俺がその部隊に入ること。
それをこの場で訴えよう。
「発言を許す。希望があるならば言ってみたまえ」
「ありがとうございます。王弟殿下」
俺はゆっくりと、言葉を選んでいく。
「申し上げます。ぼくが望むのは──」
「──し、失礼いたします。発言を、お許しいただけますでしょうか」
不意に、声があがった。
武官の列からだ。
視線を向けると──年若い武官のひとりが拱手をしていた。
背の高い、やせた武官だ。緊張しているのか、身体が小刻みに震えている。
その背後には数人の武官の姿がある。
まるで大勢が、ひとりの武官の背中を押しているように見える。
「貴公は……ふむ。武官の梁どのだったか」
燎原君はうなずいて、
「貴公は、なにか言いたいことがあるのか?」
「し、失礼ながら、黄天芳どのの行いには疑いがございます」
梁と呼ばれた武官は目を伏せて、告げた。
視界の端には海亮兄上の姿がある。
兄上は前に出ようとしているけど、まわりの者に止められてる。
この場で、身内が口を出すべきじゃないと思われたのだろう。
「王弟殿下にお願いがあります。自分に、黄天芳どのへの質問をお許しいただけますでしょうか」
梁武官は続ける。
「これは武人の誇りに関わる質問です。お答えいただければ、武官たちの疑いも晴れると思いますが」
「必要ない」
「ですが王弟殿下、これは私だけではなく、多くの武官が思っていることであります。王弟殿下には、その意をくんでいただきたく──」
「……わかった」
燎原君は仕方なさそうに、うなずいた。
「ならば問おう、黄天芳の行いに、なんの疑いがあるというのだ?」
「では、申し上げます」
梁武官は拱手して、それからやっと、俺の方に視線を向けた。
「どうして黄天芳どのは、ゼング=タイガの首を打たなかったのでしょうか?」
「それについては先日、黄海亮が報告してくれたはずだ」
答えたのは燎原君だった。
「黄天芳がゼング=タイガを倒したあと、壬境族の穏健派から、彼の遺体を引き渡すように申し出があった。穏健派の目的は、すべての壬境族にゼング=タイガの死を知らせて、時代が変わったことを教えるためだった。貴公もその報告は聞いていたのではないか?」
「はい。うかがっております」
「穏健派の提案は納得できるものだ。藍河国の者が壬境族の王子の首を打てば、壬境族の民は恨みを覚える。和平のためには、それは避けるべきだ。彼らの提案は理に適っていると、私は思う」
燎原君はそう言って、梁武官に視線を向けた。
「貴公はそれに不満があるというのか? 梁武官よ」
「王弟殿下に申し上げます」
梁武官はまた、深々と頭を下げた。
「おそれながら、自分は黄天芳どのの意見をうかがいたいのです」
「黄天芳の意見を?」
「壬境族にゼング=タイガの遺体を差し出したとき、どのようなお気持ちだったのか。狼炎殿下の敵の首を打たずに、五体満足のままで壬境族に返したのは、どのような見識があってのことか、ぜひ、うかがいたく」
「梁武官。貴公は……」
「ゼング=タイガは藍河国の敵であります。また、狼炎殿下のお命を狙った仇敵でもあります。その首は城門にさらし、遺体を牛裂きにするべきでしょう! 遺体を異民族に引き渡すとは、武官として納得できないのです!!」
梁武官は、高らかに宣言した。
武官の列からも、同意の声が上がる。
なるほど。
偉い人から評価されると、こういうことを言われるようになるのか。
ゲーム世界の黄天芳も、こんな気分だったのかもしれないな。
あいつにとって権力は……やっかみや嫉妬を消し去るために必要なものだったんだろうか……?
でも、俺はゲーム世界の黄天芳とは違う。
力や権力で他人を屈服させるのは趣味じゃない。
敵は作らない。
当たり前だ。国の外には金翅幇という強敵がいるんだから。
藍河国の人たちには、ちゃんと説明してわかってもらわないと。
「おそれながら申し上げます」
俺は拱手して、梁武官の方を向いた。
「ぼくが壬境族にゼング=タイガの遺体を引き渡したのは、戦いをその場で終わらせるためです」
「詳しくうかがえますでしょうか?」
「申し上げます。壬境族には様々な人物がおります。穏健派の中にも、好戦的な者がいるかもしれません。その者たちの前でゼング=タイガの首を斬り落としていたら、彼らは激怒し、襲いかかってきた可能性があります」
「…………」
「また、ぼくたちの近くにはゼング=タイガの直属部隊の者もいました。ゼング=タイガの首を打てば、彼らもぼくたちを攻撃してきたでしょう。戦いで力を使い果たしたぼくには、それに抵抗する手段はありません。怒りにかられた壬境族の兵たちが、間道を通って北の砦の陣地に襲いかかることも考えられます。そのような事態を防ぐには、遺体を引き渡すのが最適だと考えました」
「だが貴公はゼング=タイガを討ち果たしたほどの者だ。敵兵などは──」
「ぼくが率いていたのは偵察部隊です。戦闘力は高くありません。それに、ぼくはゼング=タイガとの戦いで『気』を使い果たしていました。もともと、ぼくは武術を学んだばかりですから」
「………………う」
「ですが、梁武官のおっしゃることももっともです。誤解を受けないように、ぼくはもっと注意するべきでした。ご助言をくださったことに感謝いたします」
そう言って俺は、深々と頭を下げた。
「見事だ。黄天芳」
燎原君はうなずき、梁武官を見た。
「これで満足かな。梁武官」
「ですが……黄天芳どのが武術を学んだばかりというのは……」
「それは間違いない。彼は私の部下に、数ヶ月前に弟子入りしたばかりだ。その彼が努力し、藍河国の敵を討った。そして戦いをその場で終わらせるために、敵将の遺体を壬境族に渡した。戦いで精根尽き果てた黄天芳としては、やむを得ない判断ではないかな?」
「それは理解しました。ですが……看過できないこともございます」
梁武官はきつい視線で、俺を見た。
「それは黄天芳どのが、戦利品を私物化したことです」
「戦利品を私物化、だと?」
「もしかして……ゼング=タイガの黒馬のことですか?」
俺がたずねると、梁武官は『我が意を得たり』という感じでうなずく。
「あの馬は、狼炎殿下に献上すべきではないでしょうか」
梁武官の側にいる武官たちがうなずいた。
それを確認してから、梁武官は続ける。
「敵将ゼング=タイガは、狼炎殿下に槍を向けた者です。われらが尊敬する太子殿下を傷つけようとした、藍河国の仇敵でもあります。その者を討ち果たしたのならば、その勝利を狼炎殿下に捧げるべきでしょう。その証拠として黒馬を殿下に引き渡し、殿下がゼング=タイガに勝利したことを皆に知らせる。それこそが忠臣というものではありませんか!?」
「──ですが」
無理だ。
『朔月』は俺にしかなつかない。
星怜と小凰、白葉が面倒を見ることはできるけれど、背中に乗せることは絶対にない。
だから──
「あの馬のことについては王弟殿下から許可をいただいております。海亮兄上……いえ、黄海亮どのから、お話を通していただきました。それに、あの馬は気難しく……殿下に献上するにはふさわしくないかと──」
「噂になっておりますぞ。黄天芳どのは敵将の馬を手に入れて、英雄気取りだと」
俺の言葉をさえぎり、梁武官は言った。
「不愉快な噂を消すためにも、あの馬は狼炎殿下に献上すべきではないでしょうか」
「……梁武官のおっしゃることはわかります。ですが──」
「私は黄天芳どののために申し上げているのです。どうでしょうか。あの馬は狼炎殿下に──」
「梁武官よ! いい加減に──」
「いい加減にしろ! 馬鹿者が!!」
玉座の間に、怒声が響き渡った。
発言をさえぎられた梁武官と燎原君が、目を見開く。
太子狼炎が、梁武官をにらみつけていた。
眼光鋭く。怒りに満ちた表情で。
「ゼング=タイガの黒馬をこの狼炎に差し出せだと!? 貴公は私に部下の功績を奪えと言うのか!? 部下が敵将を討ち取り、異民族から預けられた馬を我が物にしろと!? 貴公は……この狼炎は恥を知らないと思っているのか!?」
「────ひっ」
まるで、言葉で殴られたかのようだった。
梁武官は膝をつき、そのまま平伏する。
「こ、この梁鉄が申し上げたのは、太子殿下のためを思ってのことでございます。ゼング=タイガは太子殿下の仇敵です。その馬を殿下のものとすれば、殿下が奴に勝利したことを皆が知ることになり……」
「ゼング=タイガを倒したのは黄天芳だ。この狼炎ではない!!」
「そ、それは……」
「お前は『ゼング=タイガは太子殿下を傷つけようとした者』と言ったな」
太子狼炎は、不敵な笑みを浮かべていた。
以前とは違う。
怒ってはいるけれど、我を忘れてはいない。そんなふうに見える。
「ならば話は早い。この狼炎は、自分を傷つけようとした者の馬など欲しくはない。かといって、殺すほど狭量でありたくはない。ならば、敵将を討った者の愛馬とするのが良かろう。名馬が部下の手足となるのだ。これほど心強いことはあるまい」
「で、殿下……」
「黄天芳の判断は正しい」
太子狼炎は、きっぱりと宣言した。
「重要なのは国境地帯の平和である。無益な戦で、民や兵士に犠牲を出さぬことだ。それに比べたら敵将の首を取るなどささいなことだ。違うか?」
「…………」
「反論はあるなら申すがいい。梁鉄よ」
「……ございませぬ」
「他の者にも申し伝える! この狼炎は敵将の馬など欲しくはない。また、ゼング=タイガの遺体を穏健派に引き渡したのは適切な行いであったと考える。異論のある者は、今後、この狼炎に申し述べるがいい!!」
太子狼炎の声が、広間に響き渡った。
居並ぶ武官や文官たちが、一斉に頭を下げる。
気づくと、俺も自然と一礼していた。
視線をあげると、太子狼炎はばつの悪そうな顔で燎原君を見ていた。
声を荒げたことを恥ずかしく思っているような、そんな表情だった。
「叔父上。なにか付け加えることがあるだろうか」
「ございませんよ。殿下」
燎原君は、うれしそうだった。
太子狼炎に向かって深々と頭を下げて、
「殿下のご判断こそ、尊いものだと思います」
「そうか」
「梁武官よ。貴公が殿下のことを考えて発言したのはわかる。だが、貴公は黄天芳に謝罪するべきだ。命をかけて敵将を討った者に対して、『英雄気取り』とは言葉が過ぎる」
「…………申し訳ありませんでした。黄天芳どの」
「こちらこそ、疑いを招いてしまったことをお詫びします」
俺と梁武官はそれぞれ、拱手した。
……それにしても、意外だった。
太子狼炎が俺をかばってくれたのもそうだけど、武官の中に、俺の行動を問題視している人間がいるとは思わなかった。
しばらくの間は、大人しくしていた方がいいのかな。
……この場で金翅幇のことを訴えるのはやめよう。
壬境族にゼング=タイガの遺体を引き渡したことが問題になってるのに、『壬境族から聞いたんですが、謎の組織が──』なんて言ったら、ややこしいことになる。
金翅幇についての詳しい情報は、直接、燎原君に伝えることにしよう。
「話をさえぎってすまなかった。叔父上」
「話を戻しましょう。黄天芳の報償の件でしたね」
改めて燎原君は姿勢を整えて、俺を見た。
「黄天芳に告げる。君が求めるものを言ってみたまえ」
「ありがとうございます。ですが……今すぐには決められません」
俺は一礼して、
「申し訳ありませんが、少し、お時間をいただけないでしょうか」
「承知した。決まったら、私に伝えるがいい」
「ありがとうございます。王弟殿下」
こうして、帰還報告は終わった。
俺は陛下と太子狼炎、燎原君、それから列席者に頭を下げて、退出。
王宮を出て、雷光師匠の宿舎へと向かった。
雷光師匠と秋先生の前で、報告と『気』の調整をするためだった。
お待たせしました。第四章を開始します。
次回、第130話は、次の週末の更新を予定しています。