表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

128/214

第128話「天下の大悪人、覚悟する」

 次の日の夜。

 動けるようになった俺は、(とりで)厩舎(きゅうしゃ)に来ていた。


「ちょっといいかな。朔月(さくげつ)

『ぶるる』


 ゼング=タイガの黒馬──朔月は、厩舎(きゅうしゃ)の一番奥にいた。


 朔月は大きい。

 いるだけで他の馬を威圧(いあつ)してしまうし、スペースも他の馬より必要になる。

 だから目立たないように、厩舎の一番奥に入ったのかもしれない。


「お前は……本当にぼくと一緒に来るつもりなのか?」

『ぶるるる、るる』


 当たり前のことを言うな、という感じで、朔月がうなずく。


北臨(ほくりん)は都会だぞ? 今までお前が住んでいたところとは違う。広い場所はそんなにないし、毎日、思いっきり走れるわけじゃない。それでもいいのか?」

『…………ぶるる』


 また、朔月はうなずいた。

 覚悟(かくご)は、もう決まっているらしい。


 朔月(さくげつ)は俺の()(ざま)を見届けると決めている。

 俺がなにを言ってもついてくるだろう。


 それを(こば)むのは、たぶん、失礼なんだろうな。

 朔月にも……こいつの主人だった、ゼング=タイガにも。


 俺は、ゼング=タイガを殺してしまったんだから。


「……あのさ、朔月。ぼくは、本当は地方の文官になりたかったんだよ」


 気づくと、俺はそんなことを口にしていた。


「仮の話だけどさ、藍河国(あいかこく)が乱れて……戦が当たり前に起こる時代になったら、家族を連れて、地方に引っ込むつもりだったんだ」


 朔月は答えない。

 ただ、黒い目で、じっと俺を見ている。


「ぼくは生まれつき、内力(ないりょく)がなかったからね」

『ぶるる!!』

(うそ)つくなって?」


 だんだん、と足を踏みならす朔月。


「本当だよ。ぼくに内力(ないりょく)がついたのは、ここ数ヶ月のことなんだ。星怜と出会って、師匠(ししょう)師兄(しけい)の指導を受けて……それでやっと、内力を身につけたんだ。最初にゼング=タイガと戦ったのは、内力が身についたばかりのときだった」

『…………ぶるるるる?』

「ああ、そうだよ。あのときは小凰(しょうおう)が一緒だった。だからなんとか戦えたんだ。ひとりだったら……あっさりと、ゼング=タイガの槍に串刺(くしざ)しにされてたと思う」


 俺は厩舎(きゅうしゃ)にあったブラシを手に取って、朔月をなでていく。

 朔月は、(こば)まない。

 当たり前のように、俺を受け入れてくれる。


「ぼくが武術を身に着けたのは、いざというときに逃げるためだった。逃げて、地方の文官になって、乱世をやり過ごすつもりだったんだ」


 それが変わったのは、いつからだろう。


 最初にゼング=タイガと戦った後か。

 それとも、秋先生から指導を受けた後か。

 もしかしたら──戊紅族(ぼこうぞく)から『渾沌(こんとん)の秘伝書』をもらったときかもしれない。


 いつの間にか『地方の文官になって乱世をやり過ごす』という願いは(うす)れていって──



 ──ゼング=タイガを()り殺した瞬間、消え去った。



 俺は乱世から逃げることが、できなくなった。


「いや、違うか。ぼく自身が……逃げるのをやめたんだ」


 朔月(さくげつ)の顔に触れる。

 耳元にささやく。『これから話すことは、星怜(せいれい)に言うなよ』って。


「ぼくはお前の主人を──ゼング=タイガを殺した。壬境族(じんきょうぞく)の人たちの運命を、決定的に変えてしまった。朔月(さくげつ)の運命も」

『……ぶる』

「そのぼくが、乱世から逃げるのは、違うと思う」


 正直、めちゃくちゃ怖いけど。

 だけど、金翅幇(きんしほう)を放置するのはもっと怖い。


 虎永尊(こえいそん)にもムカついてる。

 あいつは仲間の腕を()って逃げた。

 主君を失って呆然としている壬境族の人たちを、あいつは見捨てたんだ。


 ゲームの虎永尊は手段を選ばない知将だったけど、本人を目の当たりにしたら、正直、気分が悪くなった。あんなのを放置したくない。あいつが介鷹月(かいようげつ)と一緒に藍河国(あいかこく)に手を出してくることを考えたら……寒気がする。

 それに家族と友人が巻き込まれたら、最悪だ。


 俺はゼング=タイガに『世界の天命をねじ曲げる大悪人』と名乗った。

 だったら、それを続ける。

 俺はもう、乱世から逃げない。最後まで、それに付き合う。


 それがゼング=タイガを()(ころ)し、トウゲンたち──壬境族の運命を変えた者の礼儀だ。


 俺は雷光師匠と秋先生の弟子だからな。

 ふたりに対して、恥ずかしいことはできないんだ。

 家族や友人──星怜や小凰、冬里に対しても。


「というわけなんだけど、お前はそれでも付き合ってくれるのか? 本当にぼくの()(ざま)を、最後まで見届けたいのか?」

『ぶるるるる!!』

「……しつこい、って言いたいのか?」

『ぶるるん』

「わかった。もう言わないよ。ぼくと一緒に来てくれ、朔月(さくげつ)


 黒馬の朔月はじっと俺を見て、うなずいた。


 朔月はこれから、俺に力を貸してくれる。

 でも……朔月は(ほこ)り高い馬だ。

 俺が、側にいるのに値しない人間だと思ったら、去って行くだろう。


 それでいい。

 俺が、ゼング=タイガを殺したことを忘れないように、側にいて欲しい。

 俺が『天命をねじ曲げる大悪人』であることを、覚えていられるように。


「星怜たちが心配するから、そろそろ部屋に戻るよ。それじゃ、おやすみ」

『ぶるる、ぶる』

「これからよろしくな。朔月」


 俺は朔月(さくげつ)の馬体を軽くなでてから、部屋に戻ったのだった。






 ──天芳(てんほう)が去ったあとの厩舎(きゅうしゃ)で──




『ぶるるる。ぶる』

(だま)っていてくれて、ありがとうございます。朔月さん」


 厩舎の(かげ)で、星怜(せいれい)はつぶやいた。


 天芳は朔月に『これから言うことは、星怜には内緒(ないしょ)だ』と言った。

 星怜がここにいるかどうかは、たずねなかった。

 だから朔月は、厩舎の裏に星怜がいることを、伝えなかったのだろう。


 星怜がここに来たのは、朔月の世話をするためだ。

 朔月は気難しい。近づけるのは天芳と、動物と話ができる星怜だけだ。

 それで星怜は、朔月のお世話係を買って出たのだった。


北臨(ほくりん)に向かう前に、朔月(さくげつ)さんに兄さんのことをお願いしようと思っていたのですけど……」


 兄の決意を、聞いてしまった。

 星怜は胸を押さえて、それを聞いているしかなかった。

 心が(ふる)えて、立ち上がることができなかった。


「兄さんは言っていました。乱世から逃げない……って」


 天芳が、(たか)(こころざし)を持っていることは知っていた。

 以前、星怜が叔父にさらわれたときに、彼のさけびを聞いたからだ。


『我が名は黄天芳! 『飛熊将軍(ひゆうしょうぐん)黄英深(こうえいしん)の子にして、天下を動かす者だ! 俺の死に方は牛裂(うしざ)きか、国が乱れる中での惨死(ざんし)と決まっている!!』


 ──と。

 そんな兄は熱心に武術を学び、敵将(てきしょう)()()るまでになった。


 天芳がもともと、文官を目指していたことは知っていた。

 玉四(ぎょくし)が教えてくれたからだ。


『内力が使えない天芳は、文官として能力を生かそうとしたのでしょう』と。


 けれど、違った。

 天芳が地方の文官を目指していたのは、星怜たち家族を守るためだった。

 壬境族の侵攻──あるいは、国が乱れたときに。


(……兄さんはそこまで、わたしたちのことを)


 鼓動(こどう)が速くなる。

 胸が、きゅんとなって、どうしたらいいのかわからなくなる。

 頭の中が、天芳のことでいっぱいになる。


 戦は終わった。

 壬境族との和平は結ばれ、北の国境は平和になる。


 けれど、天芳はすべてが終わったとは思っていない。

 わずかな可能性であっても、藍河国が乱れたときのことを考えている。

 そうなったとしても立ち向かうと、心に決めているのだ。


「わたしは……兄さんと同じものが見たいです……」


 天芳がなにと戦おうとしているのか。

 天芳がおそれている乱世とは、なんなのか。

 天芳を守るために、星怜になにができるのか。


 知りたい。側にいたい。

 置いていかないで欲しい。

 生きるときはともに。死ぬときは、天芳の(たて)になりたい。


 まっすぐな思いを抱きしめながら、星怜は決意する。


 たぶん、天芳は乱世のことを教えてはくれないだろう。

 星怜が兄を守りたいのと同じように、兄も星怜を守ろうとしてくれている。


 だから、自分で調べよう。

 大好きな人を守るために。

 力が必要なら……凰花(おうか)冬里(とうり)の力を借りてでも。


 ふたりの力を借りるのは悔しいけれど、天芳を守るためなら、ためらわない。

 星怜の身体も、心も……すべては天芳のためにあるのだから。


「力を貸してください。朔月(さくげつ)さん」

『……ぶるる?』

「あなたは兄さんの()(ざま)を見届けたいんですよね。わたしも同じです」


 星怜は朔月の背に触れた。


「わたしの夢は、妻として……生涯(しょうがい)、兄さんと生き様をともにすることです。それを(かな)えることは、あなたの利益にもなるはずです。だって朔月さんも、話ができるわたしが、兄さんの側にいた方がいいでしょう?」


 星怜の言葉に、朔月はしばらく考えてこんでいるようだった。


 しばらく間があり、やがて朔月は、はっきりとうなずいた。

 自分の主君の好敵手がなにと戦おうとしているのか、朔月(さくげつ)も興味があるのだろう。


 黄天芳の生き様を見届ける。

 見るに値しない者だったら、立ち去る。

 それが、朔月の決断なのだから。


「よろしくお願いします。朔月さん」


 星怜は決意とともに、うなずく。

 これから星怜と天芳は、北臨に帰る。

 そこは天芳の故郷だ。本当なら、危険などはないはず。


 なのに天芳は警戒している。

 だったら、星怜も同じようにする。

 これから来るであろう乱世に、天芳とともに立ち向かうために。



 この身体と心──星怜がもっているものすべてを、天芳に(ささ)げるために。



 そんな決意を抱きしめながら、星怜は兄のもとへと向かうのだった。






 第3章はここまでです。

 第4章は、準備のためのお休みをいただいてから、スタートする予定です。

(2週から3週くらいかけて、書きためをしようと思っています)


 書籍化の準備も進んでいます。

 詳しいことがお知らせできるようになりましたら、活動報告でおしらせします。


 それでは、これからも『天下の大悪人』を、よろしくお願いします!!






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
新しいお話を書きはじめました。
「追放された俺がハズレスキル『王位継承権』でチートな王様になるまで 〜俺の臣下になりたくて、異世界の姫君たちがグイグイ来る〜」

あらゆる王位を継承する権利を得られるチートスキル『王位継承権』を持つ主人公が、
異世界の王位を手に入れて、たくさんの姫君と国作りをするお話です。
こちらもあわせて、よろしくお願いします!



― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ