第127話「黄天芳、仲間たちと話をする(後編)」
「正式な不戦協定は、藍河国の国王陛下の許可を得てからになるそうだよ」
寝台に腰掛けながら、小凰は言った。
「それまでは天芳の父上──『飛熊将軍』と壬境族による、仮の不戦協定になるって、天芳の兄上は言ってた。天芳の兄上は北臨に帰って、国王陛下と高官たちに事態の報告をするみたいだ」
「本当に……戦いは終わるんですね」
正式な不戦協定が結ばれれば、北の国境地帯は平和になる。
10年後の侵攻も、起こらない。
北の守りに使う予算が減れば、その分、藍河国は豊かになるはず。
国が乱れる可能性も、少なくなるはずだ。
「よかった……本当に、よかったです」
「うーん。でも、天芳はこれから大変だと思うよ?」
「そうなんですか?」
「天芳の兄上は『天芳たちも北臨に連れ帰る』と言ってたから」
「ですよね。ぼくたちの仕事は終わったわけですから」
俺の仕事は国境地帯の偵察だ。
戦が終わったのなら、その仕事も必要なくなる。
だから海亮兄上は、俺たちを連れ帰ることにしたのだろう。
「北臨に帰ったら、しばらくは休めそうですね」
「休めないと思うよ?」
「え?」
「天芳は、藍河国の国王陛下の前で話をすることになってるから」
「ぼくが国王陛下の前で!? どうして……」
「ゼング=タイガを討ったいきさつを説明する必要があるからだね」
「……あ」
「天芳は今回の戦いで、戦況に大きな影響を与えている。そのことを藍河国の国王陛下に説明した方がいいというのが、天芳の父上と兄上の判断だよ。ゼング=タイガの遺品を見せて、あいつを討ち果たしたことをわかってもらうためにもね」
ゼング=タイガを倒したことで、戦は終わった。
だけど俺は、ゼング=タイガの遺体をトウゲンに引き渡してしまった。
藍河国の高官にとっては、ゼング=タイガが死んだという実感がない。
だから俺が直に話をして、説明をした方がいいってことか。
「王弟殿下──燎原君にも報告した方がいいですね」
公式の場なら、燎原君も同席するはず。
だったら、先にあの人に、今回のいきさつを説明した方がいいだろう。
「北臨に帰ったら、雷光師匠と秋先生に会いにいきましょう。おふたりから燎原君に話を通してもらえば、説明の機会を得られるはずです」
「うん。そうだね」
小凰は俺の──空いている方の手を握った。
「ごめんね。一気に話しすぎちゃった。天芳は……今は身体を休めてね」
「ありがとうございます。小凰」
小凰の『気』をいつもより強く感じる。
きっと、俺の『気』が空っぽになってるからだろう。
それがわかっているのか、小凰は優しい笑みを浮かべてる。
「動けるようになったら、一緒に『獣身導引』をしようね。天芳の『気』が早く回復するように。僕はいくらでも付き合うから。天芳が望むなら、いくらでも……」
「兄さん! わたしの話をしてもいいでしょうか!!」
いきなりだった。
星怜が寝台に手を突いて、ぐい、と顔を近づけてきた。
「わたしも! 兄さんにお伝えしなければいけないことがあるんです。とても大切なことです! 凰花さまとのお話をさえぎるようで申し訳ないのですが、お伝えしてもいいですか!?」
「う、うん。もちろん」
「それでは、失礼します」
星怜は寝台の──小凰がいるのとは反対側に腰を下ろした。
それから、こほん、とせきばらいをして、
「兄さんと一緒にいた、あの大きな馬のことです」
「ゼング=タイガの黒馬だね」
「あの子は、兄さんのものになりました」
……は?
いや、待った。あれはゼング=タイガの愛馬だよな?
しかも名馬だ。千里の馬と言ってもいい。
具体的な能力はわからない。
ゲーム『剣主大乱史伝』では、ゼング=タイガを倒すのはほぼ不可能だし、倒したところで、あの馬が戦利品になることはないからだ。
だけど、あの馬が名馬なのは、一目でわかる。
馬体も大きいし、移動速度も速い。持久力もある。
ゼング=タイガと連携して、俺に攻撃してくるほどの知恵もある。
壬境族にとってはゼング=タイガの遺産で、秘宝だろう。
「いや、あの馬をぼくがもらうのは駄目だろ」
「え? でも、トウゲン=シメイさまは『天芳どのに引き取って欲しい』とおっしゃっていましたよ」
「トウゲンさまが?」
「お馬さん本人も、兄さんのものになることを同意しています」
「馬自身も!?」
「はい。わたしが話をしました」
星怜は動物と話ができる。
だから俺は戦のあとで、星怜にあの馬と話をしてもらうつもりだった。
あの馬がどうして俺を乗せてくれたのか、聞いてもらおうと思っていたんだけど……。
先に星怜が、あの馬と話をしていたのか。
「あのお馬さんは『朔月』という名前だそうです」
星怜は真面目な表情で、
「朔月さんは言っていました。『我が主君を討ち果たした者の生き様を見届けたい』と」
「あの馬……いや、朔月がそんなことを?」
「『我が主君は、宿敵である黄天芳を常に意識していた。その主君の遺志を受け継ぎ、自分が黄天芳の行く末を見届ける』と」
……ゼング=タイガはどれくらい、俺との決着に執着していたんだろう。
たぶん、馬の朔月はずっと、その話を聞いてきたんだろうな。
それで俺に興味を持ったのか。
戦のあとで朔月が力を貸してくれたのも、それが理由なのかもしれない。
「わたしは答えました。『誇りがあるならそうしなさい。わたしも協力します』と」
「いやいや、あおってどうするの!?」
「……強い馬がおそばにいれば、兄さんの身を守ってくれますから」
星怜は、また、泣きそうな顔になる。
……その顔をするのはずるいと思うんだけど。
「凰花さまに聞きました。兄さんの馬は敵将との戦闘中に、力尽きて動けなくなってしまったと。それで兄さんは地上に降りて戦わなきゃいけなかった……と。でも、兄さんの馬が朔月さんのような名馬だったら──」
「ぼくが心置きなく戦えると思ったんだね」
「……はい」
ゼング=タイガの愛馬が俺のものに……か。
朔月がそれを望んだのは、俺に、忘れるなってことだろうな。
俺がゼング=タイガを討ち果たしたことも、壬境族の運命を変えたことも。
その俺がどんなふうに生きるのか、見届けたいんだろう。
「わかった。ぼくもトウゲンさんと話をしてみるよ。壬境族の人たちが納得してくれるなら……朔月は、ぼくが引き取る」
「は、はい。そうしてくれると、うれしいです」
「ぼくが戦うことは、あんまりないと思うけどね」
そう言って、俺は星怜の頭をなでた。
星怜は安心したように、目を閉じてる。
心配させちゃったからな。
北臨に帰ったら、しばらくは星怜の側で、おとなしくしていよう。
「あの……冬里さん。聞いてもいいですか?」
俺は、寝台の端に座っている冬里に声をかけた。
「ぼくの身体が重いのは……『気』が尽きたからですよね?」
「その通りです。戦うために『気』を使いすぎたために、身体が休息を求めているのです」
「じゃあ、後は自然回復を待てばいい感じですか?」
「いえ……『気』の調整はした方がいいと思うのです」
冬里は少し考えてから、
「身体が動くようになったら、冬里を含めたみんなと『獣身導引』をしてください。あとで母さまに経絡の状態を確認してもらって、それから『気』の調整をした方がいいのです」
「わかりました」
「そのときは、星怜さまと凰花さまにも手伝ってもらうことになりますが……おふたりは、それでいいですか?」
「大丈夫です。この身は、兄さんのものですから」
「僕も問題ないよ。北臨に着くまでの間に、覚悟をしておくからね」
「うん。よろしくお願いするね。みんな」
これからみんなと『獣身導引』をすることになるのだろう。
北臨に帰ったあとは、さらに念入りに。
みんなには迷惑をかけることになる。ちゃんと、お礼をしないと。
でも、それはまだ先の話だ。
今は……少し眠い。
身体を起こして話をしていたんだけど、限界が来たみたいだ。
「ごめん。みんな……少し休むね」
「はい。兄さん。ゆっくり眠ってください」
「次は僕が天芳の看病をする番だね!」
「…………その後は冬里が……お身体を拭……」
みんなの声が、遠くなる。
壬境族との戦いは終わった。
ただ……シトウ=サンガを斬った双刀使いを逃がしたのが心残りだ。
あいつは間違いなく、虎永尊だった。
『金翅幇』の一員で、ゲーム主人公の介鷹月の側近だ。
だけど、あいつの情報はシトウ=サンガが知っている。
それに……あいつはもう、壬境族の領地には入れない。
ゼング=タイガの側近の手首を斬って、そのまま逃げたんだ。
あいつは壬境族の敵になった。もう、北の地には近づけない。
近づいたら、壬境族の人たちが見逃さないだろう。
今は、それで十分だ。
(……天命をねじ曲げる大悪人か。勝てぬわけだ)
ああ……わかってるよ。ゼング=タイガ。
俺はお前を斬った。
壬境族の運命を、決定的に変えた。
だから俺は──
──やがて、意識は薄れていく。
そして、俺はまた、深い眠りについたのだった。
次回、第128話 (第3章最終話)は、明日か明後日くらいに更新する予定です。