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第126話「黄天芳、仲間たちと話をする(前編)」

 ──天芳視点(てんほうしてん)──




「……あれ?」


 気がつくと、寝台(ベッド)の上にいた。

 おかしいな。

 さっきまでトウゲンたちと一緒にいたはずなのに。


 俺たちは岩場の上で、壬境族(じんきょうぞく)の部隊を見下ろしてた。

 トウゲンが停戦(ていせん)を呼びかけるのを見ながら、俺は黒い馬の手綱(たづな)(にぎ)っていた。ふらつきそうになる身体を、小凰(しょうおう)が支えてくれてた。


 壬境族(じんきょうぞく)の兵士たちが武器を捨てたところまでは覚えている。

 その後、隊長らしき人物が前に出ようとして……別の誰かに斬りつけられた。

 そいつが双刀(そうとう)の使い手だってことに気づいて、追いかけようとしたところで(あし)がもつれた。


 そのあとのことは覚えていない。

 あれから……どうなったんだろう……。


「……兄さん?」


 星怜(せいれい)の声がした。

 横を見ると……星怜は寝台(ベッド)の横に座っていた。

 泣きそうな顔で、俺の手を(にぎ)りしめてる。


「兄さん……兄さんが、目を覚ましました。よかった……」

「星怜……えっと」

「心配しました。兄さんが……このまま目を覚まさないんじゃないかって。いえ、冬里(とうり)さんが大丈夫だって言ってくれましたけど……でも、わたし、心配で……」

「ごめんな。そんなに無理をしたつもりはないんだけど」

「無理してます!」


 びっくりするほど、大きな声だった。


「どうして兄さんが壬境族の王子と戦わなきゃいけないんですか!! どうして、兄さんが怪我をしなきゃいけないんですか!! どうして……どうして……」


 星怜の赤みがかった目から、ぽろぽろと涙が落ちる。

 そして──


 星怜は俺の毛布につっぷして、泣き出してしまった。

 わんわん、って。

 小さな子どもみたいに。


 本当に、心配させちゃったんだな。

 まあ……そりゃそうか。

 ゼング=タイガは壬境族のボスで、藍河国(あいかこく)の敵だ。

 あいつと俺が一騎打(いっきう)ちをするなんて、星怜にとっては予想外だったんだろう。

 俺とあいつは前にも戦ってるけど、あのときは小凰(しょうおう)とふたりがかりで、近くに海亮(かいりょう)兄上もいたからな。


 でも、今回は純粋な一騎打(いっきう)ちだった。

 俺が問答無用で斬り倒されても、おかしくはなかったんだ。


 ……俺が……ゼング=タイガを殺したんだよな。


 あのときのことは、はっきりと覚えている。

 剣が、ゼング=タイガの身体に食い込む感触(かんしょく)も。

 あいつが、身体から血を()き出して倒れるところも。

 あいつの……最後の言葉も。


 俺は、壬境族(じんきょうぞく)の王子を……()(ころ)した。

 この世界ではじめて、人に致命傷(ちめいしょう)を与えた。


 後悔はしていない。

 ゼング=タイガを止めなければ、海亮兄上が奇襲(きしゅう)を受けてた。悪くすれば殺されてた。俺はあいつと戦って……倒すしかなかった。


 だけど……あいつを斬ったときのことは、忘れない。

 たぶん、これから先も、ずっと。


「天芳! 目を覚ましたの!?」

「大丈夫なのですか! 天芳さま!!」


 不意に部屋の(とびら)が開いて、小凰(しょうおう)冬里(とうり)が飛び込んできた。

 ふたりとも、すぐ近くにいたらしい。


「よかった……このまま目を覚まさなかったらどうしようかと……」

「天芳さまは『()』を一気に使いすぎたために、消耗(しょうもう)されたのです。あとは腕に軽い傷がありました。そちらは手当をしています」


 冬里は穏やかな口調で、俺の状態を説明してくれる。


「ですから、すぐに回復されると、おふたりには申し上げております」

「それでも心配だよ。天芳は、なにするかわからないんだもん」

「それは冬里も同感です」


 小凰と冬里は俺を(にら)んでる。

 いつの間にか星怜も顔をあげて、じーっと俺を見てる。

 これは……無茶したことを怒られる流れだ。


「そういえば、壬境族との戦いはどうなったの?」


 とりあえず、話を()らしてみた。


「壬境族の指揮官が陣地に向かって歩き出したところまでは覚えてるんだけど、ぼくは、その後で気を失っちゃったんだ。なにがあったか教えてくれるかな?」

「壬境族の指揮官と、天芳のお兄さんと……それから、トウゲンさんを加えた3人で話し合いが行われたよ。壬境族の部隊の降伏(こうふく)と、停戦(ていせん)について」


 話し始めたのは、小凰だった。


 壬境族の指揮官──シトウ=サンガは、海亮(かいりょう)兄上に降伏を申し出た。

 指揮官である自分の命と引き換えに、部下を助命して欲しいということだった。

 海亮兄上は、それを受け入れた。

 もっとも、兄上はシトウ=サンガを殺さなかったようだけど。


 兄上が守る西の陣地は、壬境族の兵を収容(しゅうよう)する場所になった。

 壬境族の兵たちは武器を捨て、おとなしく柵の中に入ったそうだ。


 兵士たちは放心状態(ほうしんじょうたい)だった……というのが、小凰の感想だ。

 軍神(ぐんしん)ゼング=タイガの死に、みんな動揺(どうよう)していたんだろうな。


 収容された壬境族の兵士たちは、兄上に自分たちの命を(ゆだ)ねたことになる。

 本当なら、陣地の見張りは、藍河国(あいかこく)の兵士たちが担当しただろう。

 けれど海亮兄上は壬境族の兵士の見張り役を、トウゲンの部下に依頼した。


『我々は、壬境族の(とむら)いの作法を知らない。捕虜(ほりょ)が祈りを捧げていることに気づかず、邪魔することもあるかもしれない。喪中(もちゅう)の人々に対して、それは無礼であろう』


 ──それが、兄上の意見だった。


『壬境族の王子を倒したのは弟の天芳(てんほう)だ。弟が堂々(どうどう)たる一騎打ちで敵将を倒し、相手に礼を示したのだ。私も、弟にならうべきだろう』


 海亮兄上はそんなことも言っていたらしい。


 トウゲンの部下たちは、兄上の提案を受け入れた。

 壬境族の兵士たちも同じだ。


 ゼング=タイガの遺体(いたい)はすでに、穏健派(おんけんは)の人々によって、壬境族の土地に運ばれている。

 後ほど、壬境族の──年老いた王のもとで、葬儀(そうぎ)が行われることになる。

 壬境族の兵士たちは、(とむら)いが行われる方角に向けて、祈りを捧げる。


 海亮兄上は、それを許した。

 そんな海亮兄上に、壬境族の兵士たちは感謝していた。

 だから、壬境族の兵士たちは抵抗することもなく、静かに捕虜(ほりょ)になっているそうだ。


 その後、北の砦では、父上と兄上、トウゲンと壬境族の指揮官のシトウによる話し合いが行われた。

 藍河国の将軍と壬境族の高官が同じテーブルで話をしたのは、藍河国の歴史上はじめてだろう。

 話し合いがスムーズに行われたのは、利害が一致していたからだ。


 父上はもともと、壬境族と不戦協定(ふせんきょうてい)を結ぼうと考えていた。

 トウゲンたち穏健派(おんけんは)は、藍河国との友好関係を望んでいる。

 ゼング=タイガ()き今、シトウたちには戦う理由がない。


 だから、不戦協定を結ぶことで、おたがいに合意したそうだ。


「──つまり天芳のおかげで、戦いは終わったってことだね」


 小凰はそう言って、話をしめくくったのだった。




 次回、第127話は、明日か明後日くらいの更新を予定しています。

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