第123話「黄天芳とゼング=タイガ、決着をつける(後編)」
「ぼくは、『毒の気』を中和する『気』を打ち込んだだけだ」
『四凶の技・窮奇』の使い手は、身体の中に『毒の気』を作り出す。
その『毒の気』を撃ち込んだり、敵の『気』を喰らうことで、相手にダメージを与える。
そして『毒の気』の使い手にとって『天元の気』は有害だ。
大量に撃ち込まれた介州雀はのたうち回って苦しんでた。
俺がゼング=タイガに与えたのは軽傷だった。
だけど『白麟剣』が奴の腕を裂いた瞬間に、俺は『天元の気』を撃ち込んでいる。
わずかな量だけれど、影響はある。
体内へのダメージ──いわゆる『内傷』だ。
最強のゼング=タイガにとって、そんなダメージは初体験のはず。
奴の身体が震えてるのは、そのせいだ。
まあ……奴に傷を負わせること自体、命懸けだったんだが。
俺も傷を受けてるし。
脚の傷からは、まだ血が流れてる。しかも、痛い。
……これは秋先生から教わった点穴の技で抑えよう
血止めと、痛み止めだけができればいい。どうせ長期戦にはならない。
ゼング=タイガとは、ここで決着をつける。
「お前は金翅幇に怪しい技を教わったんだろう?」
ゼング=タイガは『四凶の技・渾沌』を手に入れるために、部下に戊紅族を攻撃させた。
だけど、作戦は失敗した。
だからその代わりに、ゼング=タイガは『窮奇』を修得したんだろう。
隻腕となっても、軍神であり続けるために。
「だけど、お前はその技が『毒の気』を生み出すものだと聞かされていたか?」
ゼング=タイガは答えない。
俺は続ける。
「『窮奇』の使い手が『天元の気』を撃ち込まれると激痛を感じることは教わっていたか? 『四凶の技』がどういうものか、金翅幇の連中は教えてくれたのか? それとも、ただの強い技としか言われてなかったのか?」
「……貴様」
「だとしたら、あんたは奴らにとって、ただの道具だったってことだ」
金翅幇は10年後にやってくる大乱を、できるだけ短く終わらせようとしている。
だからゼング=タイガを動かして、壬境族の侵攻を10年早めた。
そうすることで、藍河国を素早く崩壊させようとしたんだろう。
でも、それはゼング=タイガのためじゃない。
金翅幇と一緒にいる真の主人公──介鷹月のためだ。
「天命の主人公は、あんたじゃない。金翅幇にとって、あんたは真の主人公のための、露払いでしかなかった」
「……違う!!」
「あんたは天命を信じたことで、弱体化した。それがあんたの信じる天命の正体だ」
「違う!! このゼング=タイガは、大陸の王となる!!」
人馬一体となったゼング=タイガが突進する。
やっぱり、さっきより動きが鈍い。
俺は『玄武地滑行』で地面を滑り、馬の足下をくぐり抜ける。
同時に、馬の脚に向かって剣を振る。
「貴様!!」
俺の意図を覚ったゼング=タイガが、馬から飛び降りる。
その勢いのまま剣を振り下ろす。
俺は『潜竜王仰天』で跳躍。空中で奴と剣を撃ち合わせる。
「──来い、我が愛馬!!」
ゼング=タイガの声に、黒馬が反応した。
素早く反転して、俺に向かって突進してくる。
その反対側では、ゼング=タイガが剣を構えている。
人馬一体──というよりも、人と馬による挟み撃ちだ。
こんな技も持ってたのかよ。
本当に規格外だな。ゼング=タイガは!
「確かに……オレは、天命という言葉に踊らされていたのかもしれぬ」
ゼング=タイガは俺を見据えながら、言った。
「だが、この戦いは違う! オレは貴様との決着を望んでいる。これは、オレ自身の戦いだ!!」
「そうかよ!!」
俺は『万影鏡』を発動した。
『万影鏡』は、周囲にあるものすべてを把握する技だ。
そして──感覚を狭めれば狭めるほど、解像度が高まる。
だから俺は、ゼング=タイガと黒馬の動きに、すべての意識を集中する。
世界から、ゼング=タイガと黒馬以外のものが消える。
奴と馬の動きが、スローモーションに見える。
黒馬が近づいてくる。俺を踏み潰そうと、うなり声をあげている。
でも、それで俺を倒せるとは思っていない。本命はゼング=タイガの攻撃だ。
黒馬は捨て石になろうとしている。
たぶん、ゼング=タイガもそれがわかっている。
俺が黒馬を避けるときに隙ができる。
奴は、その瞬間に俺を斬り殺すつもりでいる。
ゼング=タイガの中にある『天元の気』が、奴の動きを乱している。
そう長くは戦えない。海亮兄上の陣地を襲うのは、もう無理だ。
奴は他のことをすべて捨てている。俺との決着だけを望んでいる。
だから、俺もそうする。
そうしないとゼング=タイガには勝てない。
今、このときだけはすべてを捨てて、ゼング=タイガと黒馬に向かい合う。
俺は、ゼング=タイガと黒馬の動きを把握する。
黒馬の蹄が降ってくるタイミングが──わかる。
大きく動く必要はない。
ゆらり、と、身体を揺らすだけでいい。草木が暴風を避けるような、わずかなゆらぎ──それだけでいい。介州雀の『破軍掌』をやり過ごしたときのように、黒馬をやり過ごす。
ゼング=タイガは俺の側面に回り込み、剣を構えている。
俺の体勢が崩れた瞬間に仕留めるつもりだ。
けれど、俺はわずかに身体を揺らして、身体をかがめただけ。疾走する馬の脚の間をくぐり抜けて、ゼング=タイガに向かって歩を進める。
奴の攻撃のタイミングが、わかる。
高速で降ってくる刃を、また、わずかな動きで避ける。
俺は秋先生の言葉を思い出す。
──『混沌の技』は3つある。
──『万影鏡』──相手の動きを読み取り、未来までも予測する技。
──『無形』──相手の攻撃を無効化する受け技。
──『中央の帝』──『万影鏡』と『無形』を修得した者が使えるようになる、攻撃の技。
俺は『万影鏡』の先にある──『無形』が一瞬、見えたような気がした。
もちろん、気のせいかもしれない。
俺はゼング=タイガの剣を完全にはかわせなかった。
服と、腕の皮を斬られた。
奴が『天元の気』で弱っていてもこれだ。
それでも、奴の隙を見つけることはできた。
振り下ろされた、ゼング=タイガの剣。
それが再び動き出す前に、俺は『白麟剣』を振るう。
ゼング=タイガが目を見開く。
人馬一体の攻撃は、奴の奥の手だったのかもしれない。
まさか避けられるとは思っていなかったんだろう。
だけど、奴は満足そうなため息をついて──
「……天命をねじまげる大悪人か。勝てぬわけだ」
──そんな言葉を、口にした。
その直後、『白麟剣』が、ゼング=タイガの身体を切り裂いた。
次回、第124話は、次の週末の更新を予定しています。