第122話「黄天芳とゼング=タイガ、決着をつける(前編)」
──天芳視点──
「黄天芳、死ね!! 我が仇敵よ死ねえええええっ!!」
速い。
『五神剣術』を使う暇がない。
高速で繰り出される剣を受け止めるのがやっとだ。
しかも、一撃一撃が重い。
左腕一本でこれかよ。
本当に強さ設定がバグってるキャラだな。ゼング=タイガは!!
「……よく受け止める。さすがは我が仇敵だ」
ゼング=タイガが獰猛な表情で笑う。
……楽しんでるな。こいつ。
最強キャラだから、戦いにも余裕があるんだろう。
俺ひとりでもゼング=タイガと戦えているのは、雷光師匠がくれた『白麟剣』のおかげだ。
『白麟剣』は『天元の気』を通すようになっている。内力が『天元の気』しかない俺と一体化してる。
そのせいで俺の剣の打撃力が強く、重くなってる。
ゼング=タイガと剣を合わせられるのは、そのおかげだ。
それでも……対等じゃない。俺は奴の攻撃を受け止めるのがやっとだ。
右腕を失っても、ゼング=タイガは強い。
しかも、あいつは動きを読んでくる。
腕のない右側に回り込もうとすると、ゼング=タイガは人馬一体となってジャンプする。そのまま、こっちの側面に回り込んでくる。逆にこっちが死角を突かれることになる。
ゼング=タイガは戦いのカンも、桁違いに凄いんだ。
──ったく。
こいつが『四凶の技・渾沌』を手に入れる必要なんてないだろ。
それ以前に『金翅幇』と手を組む必要もないはずだ。
こいつは自分の力だけで、十分に天下を狙えるんだ。
10年後、藍河国が乱れるのを見てから侵攻することもできたはず。
なのに──
「なんでお前は、金翅幇なんかと組んだんだ。ゼング=タイガ!」
俺はゼング=タイガの剣を受け止め、内力を込めた剣で弾く。
そのまま突き技──『麒麟角影突』を放とうとして、止める。
直後、ゼング=タイガの2連撃が来る。
こっちの攻撃を弾き、体勢を崩したあとで首を落とすような斬撃が。
かわせたのは、こっちが攻撃を止めたからだ。
本当に隙がないな……こいつは。
「お前は強い。金翅幇の力がなくても、壬境族の国を大国にできたはずだ」
俺は奴を見据えながら、問い続ける。
「なのに、どうして急いで侵攻してきた? どうして戦いを急いだ?」
「貴様との問答は求めていない」
「お前は少数で藍河国に侵攻して、結局、片腕を失うことになった。それでも怪しい組織の言葉に惑わされ、戊紅族にまで手を出した。どうしてそこまでして、金翅幇に従う!?」
「問答は求めていない。黙って戦え。我が仇敵!!」
「この侵攻も金翅幇の意思か!?」
俺はたずねる。
ゼング=タイガは応えない。
ただ、俺に向かって剣を振っただけ。
それをなんとか受けて、俺は奴に向かって剣を振る。
当たり前のように避けられる。反撃が来る。避けきれずに受ける。重い一撃に、俺の馬が怯えた声を漏らす。
俺たちは斬り合いながら、お互いの味方がいる場所から離れていく。
作戦通りだ。
俺の目的は、ゼング=タイガを壬境族の部隊から引き離すことだ。
その間に小凰と白さんたちは、この場を守る部隊をまとめあげる。防衛体制を整え、壬境族の部隊を食い止める。そうして、砦からの援軍を待つ。
砦には、星怜の鳩が書状を届けてくれている。
援軍が来るまでは……たぶん、1時間弱。
それまでゼング=タイガを引きつけて、ひたすら逃げ回ればいい。
なんとかなると思っていたんだけど……。
「……馬が、もう限界か」
ゼング=タイガの攻撃は強くて、重い。
衝撃が、俺が乗る馬にも伝わってる。
馬の息が荒くなり、歩調が乱れているのはそのせいだ。
馬が潰れた後は、『五神歩法』で飛び回りながら戦うしかない。
以前はそれでなんとかなったけれど……あのときは、小凰が一緒だった。
俺は小凰と交替しながら攻撃して、合間に『気』を整えることができたんだ。
今は、それができない。
俺ひとりで『五神歩法』と『五神剣術』を使って戦うしかない。
それで1時間保たせるのはきついんだけど……。
「……それでも、やるしかないか」
ゼング=タイガを兄上のところに行かせるわけにはいかない。
それに……こいつを追い詰めたのは俺だ。
俺が壬境族の穏健派と接触して、檄文をばらまいた結果、ゼング=タイガが前線に出てきたんだ。
だったら……俺がこいつと戦うのが筋ってもんだろ。
もちろん、武術だけで戦うわけじゃないけどな!!
「ゼング=タイガ! 金翅幇の操り人形が!」
挑発。罵倒。
敵を観察しての状況分析。
使えるものはなんでも使う。
相手は最強キャラだ。手段を選んでいられるか!
「最強の軍神が、謎の組織に操られてこのザマか。付き合わされる壬境族の兵士たちはいい迷惑だろうな! それで部下にも逃げられたんだよな! お前は!!」
「黙れ! 貴様に、天命がわかるか!!」
……また天命か。
天命──つまり、天から与えられた運命。
ゲームのシナリオ通りなら、ゼング=タイガは藍河国を侵略するのが運命で、介鷹月は暴君と奸臣を滅ぼすのが運命だ。
ゲームに登場する介鷹月の口癖は『天命』だった。
介州雀もそうだった。
たぶん、金翅幇に関わるものたちは、天命を信じて動いているんだろう。
だけど──
「現実を見ろ。ゼング=タイガ」
「──なんだと?」
「なにが天命だ。そんなものを信じたから、あんたは追い詰められたんだろうが!!」
俺はゼング=タイガを見据えて、叫ぶ。
「天命を信じたあんたは片腕を失い、部下にも逃げられた。こんなふうに、奇襲作戦で一発逆転を狙わなきゃいけなくなった。あんたは壬境族の親玉だろうが。その親玉が命がけで逆転を狙わなきゃいけない状況になったなら、それはすでに敗北と同じなんだよ!!」
「──貴様」
「ここで俺を殺したって、あんたが敗北した事実は変わらない」
「黙れ!!」
ガイイイインッ!!
繰り出される攻撃を、俺は『白麟剣』で受け止める。
俺は叫び続ける。
「天命とやらは、あんたを幸せにしたのか!?」
「黙れと言っている!!」
ゼング=タイガが剣を振る。
俺はそれを受け止める。
直後──俺の足下で馬体が、揺れた。
馬が限界だ。攻撃を受け止められるのは、あと、一度か二度。
会話で時間を稼ぐのは、もう無理だ。
「……それに、妙な感触だったな」
今の攻撃は、馬にとっては重かった。
でも、俺にとってはそうじゃなかった。意外と楽に受け止められた。
なんだ、これ。
俺にとっては軽くて、馬にとっては重い一撃……そんなものがあるのか?
俺は馬上で深呼吸して、感覚を研ぎ澄ます。
その直後、ゼング=タイガの攻撃を受けると──
──ざらついた、毒々しい『気』を感じた。
介州雀と戦ったときと似た感触だ。
これって……『四凶の技・窮奇』の『毒の気』か?
ゼング=タイガは『窮奇』を修得していて……『毒の気』を剣の技に乗せているのか?
だから、防衛部隊は抵抗できなかったのか……。
『窮奇』の技は、相手の『気』を喰らう。剣を受けた奴は脱力する。馬の疲労が早いのもそのせいだ。
俺に『毒の気』は効かない。俺には大量の『天元の気』があるからだ。
だけど『毒の気』の余波は馬に影響を与えてる。
俺の馬が弱っているのはそのせいだ。
だったら──
「ゼング=タイガに告げる! 貴様の天命など存在しない!!」
叫びながら、俺はゼング=タイガの右側面に向かう。
腕のない側から奇襲をかける──そう考えたのか、ゼング=タイガの黒馬が跳ねる。人馬一体となって小ジャンプ。俺の側面へと回り込む。
だけど、俺はもう馬上にはいない。
馬の鞍を蹴り、『五神歩法』で跳んでいる。
「『五神剣術』──『朱雀降下襲』!!」
「──!?」
落下しながら放つ『朱雀』の剣が、ゼング=タイガの腕を斬った。
けれど、浅い。
剣は奴の腕を軽く裂いただけだった。
流れ落ちる血を、ゼング=タイガはうっとうしそうに振り払う。
痛みなんか感じていないらしい。
「馬を捨てるとは、自暴自棄になったか」
「仕方ないだろ。馬が限界だったんだ」
その言葉に応えるように、俺の馬がふらつく。
本当に、限界だったんだろう。無理させてごめん。
「限界なのは馬だけか?」
「……どうだろうな」
「捨て身の攻撃で与えたのが、このようなかすり傷とはな。貴様の脚の傷とでは、割に合わぬだろうに」
「…………この程度で済んだんだから、別にいい」
俺は脚を押さえながら、応えた。
傷を受けたのはこっちも同じだ。
ゼング=タイガは『朱雀降下襲』に反応してきた。
俺が奴の腕を斬ると同時に、俺の脚を斬ってきた。
どちらも軽傷だけど……こっちが斬られたのは脚だ。わずかな痛みが、動きの邪魔になる。
「貴様を殺せば、すべては元通りだ」
ゼング=タイガは剣を手に、宣言した。
「オレは最強の名を取り戻し、天命の通り、王になる。最初に血祭りに上げるのが貴様だ。我が仇敵、黄天芳よ!!」
「天命の通りにはならない」
俺は『白麟剣』を構えた。
「なぜなら、ぼくは天下の大悪人だからだ」
「……なに?」
「ぼくは、この世界の天命をねじ曲げる大悪人だ。あんたたちが信じる天命なんか、この手で破壊してやる。天命通りの未来なんか、どんな手段を使ってでも食い止める。あんたは絶対に王にはなれない!!」
「世迷い言を!」
「すでに天命は歪んでいる。なのに、あんたは天命に従った、だから失敗したんだ」
俺はゼング=タイガに向かって、告げる。
「『四凶の技・窮奇』なんて修得しなきゃよかったんだ。ただの剣技で戦っていればよかった。それなら、ぼくはあんたに敵わなかったはずだ」
「くだらぬ! なにを言って──」
言いかけたゼング=タイガの表情が、変わる。
剣を掴んでいた左手が、かすかに震え始める。
余裕の笑みが消え、怒りに満ちた目で俺をにらんでくる。
「……な、なんだこの震えは。貴様……オレになにをした!?」
次回、第123話は、明日か明後日くらいに更新する予定です。