第114話「天下の大悪人、今後の予定を立てる」
──天芳視点──
北の砦に戻った後、海亮兄上は捕虜の尋問を行った。
俺たちが捕らえたのは、弓兵が20数名。それと毒矢使いの矢牙留。
情報を口にしたのは、弓兵の方だった。
矢牙留はプロだからか、口を割らなかったそうだ。
弓兵から得た情報の内容は、兄上が教えてくれた。
──ゼング=タイガが焦り、暴君になりかけていること。
──奴が、一部の人間の言葉しか聞かなくなっていること。
──その一部の人間たちは『金翅幇』と呼ばれていること。
──焦りの原因は、ゼング=タイガが片腕を失ったことと、壬境族の穏健派が抵抗をはじめたことだということ。
壬境族の弓兵は、そんなことを話したそうだ。
『金翅幇』という組織のことも、少しだけわかった。
奴らの目的が、藍河国を滅ぼすことだというのは予想通りだ。
そのために奴らはゼング=タイガに近づき、奴の後押しをしてきたらしい。
『金翅幇』の構成員の名前も、ある程度はわかった。
──暗殺者の惨丁影。
──毒矢使いの矢牙留。
──剣士の介州雀。
この3人は、俺たちが倒している。
残りのメンバーは次の通り。
──双刀を操る武術家の男性。
──ゼング=タイガに予言を伝えた、若い女性。その人は仙人に似た姿──いわゆる道士のような格好をしている。
──介州雀の子ども──つまり、介鷹月。
道士の女性と介鷹月はもう、壬境族の領地にはいないらしい。
だから今、ゼング=タイガの側にいるのは双刀使いだけだ。
「双刀を操る英雄で、介鷹月の仲間といえば……」
たぶん──ゲーム『剣主大乱史伝』に登場する4大英雄のひとり、虎永尊だろう。
あいつはこの時代から、介鷹月と一緒にいるのか……。
ゲーム『剣主大乱史伝』には多くの英雄が登場する。
その中で、物語を進めるメインキャラと言われているのが、4大英雄だ。
──主人公の介鷹月。
──双刀を操る、虎永尊。
──軍師の馮千虹。
──そして炎の剣姫の奏凰花。
介鷹月は、文字通りの主人公だ。
正義感あふれる彼は、天下の大悪人を倒すために人々をまとめあげる。
虎永尊は介鷹月の兄貴分だ。
武術の腕がたつ上に、知恵もある。
ゲーム内では安定して強いキャラクターだった。
馮千虹は4大英雄の中で、最も若い少女だ。
生意気な性格で、ゲームではよく、奏凰花とケンカしていた。
だけど判断力に長けていて、さまざまな計略も使える優秀な軍師でもある。
彼女がいないとトウゲン=シメイに太刀打ちできないくらいだ。
奏凰花──小凰のことは語るまでもないだろう。
今も俺の側にいるんだから。
『剣主大乱史伝』は、この4人をメインに進んでいく。
その中で『金翅幇』の仲間になっているのが、介鷹月と虎永尊。
4大英雄のうち、ふたりが藍河国を滅ぼすために動いているってことか……。
「でも──道士姿の女性って、何者だ?」
『剣主大乱史伝』には放浪の道士──いわゆる予言者のような人間が登場する。
『誰々の頭上に北斗の星が輝いておりますぞ』
──なんて思わせぶりなことを言って、そのまま去って行く連中だ。
NPCだから攻撃したり、仲間にすることはできない。
だけど、『剣主大乱史伝』に、若い道士の女性なんてものは存在しないんだ。
「……なんというか、不気味だな」
まさか、俺が転生したあとにシナリオが追加されたとか?
女性の道士は追加されたキャラクターで、彼女が主人公の介鷹月を操ってるとか?
仮にそうだとすると……かなり面倒だな。
とにかく、介鷹月と道士の女性はもう、壬境族のところにはいない。
まずは虎永尊と、ゼング=タイガへの対策を考えよう。
「……でも虎永尊は、かなり強いんだよな」
あいつは両手に大小の刀を持ち、高速で攻撃してくる。
速度と、手数の多さが取り柄の俺にとっては、相性が悪い。
槍で間合いの外から攻撃すればいいと思うかもしれないけれど、奴はリーチの差を技で補ってくる。二本の刀を駆使して、槍も矢も受け流してしまう。
そして一気に間合いを詰めて、致命傷を与えに来るんだ。
弱点は……接近戦に特化していることくらいか。
それを補うために、組織に毒矢使いの矢牙留と、暗殺者の惨丁影がいたんだろうな。
あとは……そういえば虎永尊はめちゃくちゃプライドが高いんだっけ。それと、介鷹月への忠誠心が強すぎるというのもある。
弱点ってほどじゃないけど、こういう情報も役に立つはずだ。
奴の情報はどこかに書き留めて、まとめておこう。
少しでも戦いが有利になるように。
あとは……海亮兄上にも、双刀の使い手には注意するように言っておかないと。
「これで『金翅幇』のことが、少しわかったわけだけど……」
俺はできれば、もう一度壬境族の領地に潜入したい。
ゼング=タイガがどこにいるのか、穏健派以外の壬境族がなにを考えているのか確認したい。
そうすれば壬境族の動きがつかみやすくなる。
ゼング=タイガや金翅幇の弱点もわかるかもしれないし、穏健派の支援もやりやすくなるはずだ。
俺の単独の偵察任務ということにすれば、兄上は許してくれるかもしれない。
よし……相談してみよう。
そんなことを考えながら、海亮兄上の部屋をたずねて、話をすると──
「天芳。いいからお前は少し休め」
「はい」
却下された。
「これからお前には偵察任務が与えられる。ただし、それは藍河国内の偵察だ。壬境族の領地に入るとか、そういうことはしなくていい。お前は十分に働いてくれた」
それから、兄上は真面目な顔でうなずいて、
「狼炎殿下も、お前の働きを認めてくださっている」
「殿下がですか?」
「そうだ。後ほど、殿下からも話があるだろう。だからお前は遠くに行くな。偵察は、藍河国内にとどめておくのだ」
「……わかりました。兄上」
俺は一礼して、兄上の部屋を出た。
兄上の命令なら仕方ない。景古升さんと薄完の事件があったばかりだから、心配をかけるわけにはいかないし。
言われた通り、藍河国内の偵察だけをすることにしよう。
手元にはトウゲン=シメイがくれた地図がある。
これを参考に、壬境族の連中が入り込みそうな場所を、重点的に調べてみよう。
こちらから偵察に行くのが駄目なら、向こうの偵察兵を捕らえればいい。
もしかしたら、重要情報を持っている奴と出くわすかもしれない。
そんなことを考えながら、俺は兄上の部屋を退出した。
それから部屋に戻って休んでいると──伝令兵がやってきて、俺を呼んだ。
炭芝さんと星怜、それに冬里が到着したという連絡だった。
次回、第115話は、土日くらいに更新する予定です。