第110話「黄天芳と奏凰花、謎の弓兵部隊と戦う(後編)」
「わずかだが…………しびれが弱まった。転がるくらいは……できた」
歯を食いしばりながら、景古升がつぶやいた。
「貴公のおかげで……部下の盾となれた。この恩義は……忘れぬ」
「景古升さま。無茶しないでください」
「無茶をしているのは……貴公の方だ。このような死地に……来たのだから……な」
景古升は、苦痛に顔をゆがめながら、
「その貴公に傷をつけるわけには……いかぬ! 我が部隊は、兵の生存率の高さだけが取り柄なのだ。なのに……矢の降る中を助けに来てくれた者を傷つけては、唯一の取り柄が……なくなってしまう」
「唯一の取り柄なんて、そんなこと言わないでください。」
俺は言った。
「兵の生存率が高いのは重要なことです。そんな景古升さまには、もっと多くの兵を率いる地位がふさわしいと思います。たとえば、城ひとつを守るような地位が。景古升さまが守る城なら、より多くの兵と民が生き残ることができるでしょうから」
「……な……なんだと!?」
「どうか景古升さまのお力で、多くの兵と民を守ってあげてください。平和な時代も……仮に、戦乱がおとずれたとしても。あなたのもとで、多くの人々を生き残らせてあげてほしいのです」
景古升は守りの堅い、防御キャラだ。
打って出るのは向いてない。陣地にいれば、壬境族の攻撃も跳ね返せたはずだ。
だから、こんなところで死んでもらったら困る。
生き残って、これからも藍河国を守って欲しいんだ。
「うれしいことを……言ってくれる」
景古升は拳を握りしめた。
「ならば……命を捨てる覚悟で!」
「だから命は捨てないでください」
──大丈夫か。この人。
いや、命を捨てる覚悟で戦うから、死地を生き残ってきたのかもしれないけど。
「──動ける者たちニ、告げル」
不意に、声が響いた
冷え切った、淡々とした声だった。
「作戦は、ここまでとスル。倒された部下を殺して撤退セヨ。繰り返す。殺せる者をすべて殺して撤退セヨ」
たぶん、毒矢使いの者だ。作戦失敗を悟って撤退するつもりか。
俺と小凰が倒した部下を殺し……口封じした上で。
「でも……もう遅いぞ。毒矢使い」
俺は内力をこめた声で、毒矢使いに答えた。
「ぼくが書状を預けた鳥は、兄上のもとにたどりついているはずだ」
「なんダ? 貴様は、なにを言っテ──?」
毒矢使いの声に、動揺が混ざる。
直後、かすかな足音が聞こえた。
奴も気づいたはずだ。
森の外から近づいてくる、兵士たちの気配に。
この森は、不意打ちを受けやすい場所だ。
木々の陰に弓兵を配置すれば、獣道を進む兵士たちを集中攻撃できるからだ。
それで景古升の部隊はダメージを受けた。
兄上が、敵のことを知らずに森に入ったら、同じ目に遭っていただろう。
でも、あらかじめ敵兵が木々の陰にいることがわかっていれば、話は違う。
救援に来る兄上は、静かに、木々の間から森に入り込めばいい。
そうすれば、獣道に注意を向けている敵兵を、背後から攻撃できる。
兄上──黄海亮なら、それに気づく。
俺はこの森で起きていることを、兄上に伝えればいい。
そして星怜は、兄上への連絡手段を、俺に預けてくれているんだ。
『兄さん。お願いです。わたしの鳩を連れていってください!』
俺と小凰が偵察に出る直前に、星怜は言った。
『この子も、兄さんのことが好きです。だから、ちゃんと言うことを聞くはずです。いざというときは、この子を使って、わたしたちや砦に書状に送ってください』
俺は星怜にお礼を言って、白い鳩を受け取った。
星怜の言葉通り、鳩は俺たちについてきた。
『五神歩法』で突っ走る俺の肩に、必死にしがみついてた。
小凰がなでようとすると、なぜか威嚇してたけど。
森の異常に気づいたとき、俺は状況を知らせる紙を鳩に括り付けて飛ばした。
鳩には、兄上のところに行くように命じた。
もちろん、兄上の部隊が近づいているのは見えていた。
伏兵のことを知った兄上なら、それに応じて動いてくれるはず。
俺たちはそう信じて、森に入った。
あとは、敵が兄上の部隊の動きに気づかないように、状況をかき回していたんだ。
「姑息な毒矢使いが、うちの兄上に勝てるわけがないだろう?」
そして、すでに俺は敵のボス──毒矢使いの居場所を特定している。
景古升に解毒薬を与えている間、俺はずっと『万影鏡』を使っていた。
効果範囲を狭めて。その分、精度を上げて。
砦で実験したときと同じだ。
俺は『渾沌の技・万影鏡』の効果範囲を『狭く濃く』して、小凰だけに向けていた。
そうすることで俺と小凰と、ふたりの間にあるものだけを感じ取っていたんだ。
小凰は森の中を走り回っている。
俺は『万影鏡』で、彼女の存在を感じ続けている。同時に、俺と小凰の間にあるものを把握している。
草も木も、もちろん、人間も。
小凰に向かって『気』を飛ばして、それを遮るものを感じ取ってる。
いわば、小凰をレーダー代わりにしているようなものだ。
だから──
「師兄! 毒矢使いの位置は、背の低い樹木の上です。枝に乗って気配を消してます!!」
「了解だ!!」
──直後、俺が指さした場所から、弓弦の音が聞こえた。
「景古升どの。ご無礼をします!」
「応!!」
俺は景古升を突き飛ばして、走り出す。
一瞬遅れて、俺たちがいた場所に黒羽の矢が突き立った。
矢羽が地面にめり込むほどの、強い矢が。
俺と小凰は同時に『白虎縮地走』 (白虎は百歩の距離を一歩で進む)を発動。
毒矢使いまでは数秒の距離だ。
「──見えた!」
「こっちも確認したよ!」
俺たちは毒矢使いを視界に収める。
奴は樹木の枝の上。茶色の服を身にまとい、枝と一体化している。
頭には頭巾。口元には襟巻き。
奴は細い目を見開き、樹木の上で身体を起こす。
そのまま矢筒に手を伸ばし、無造作に矢をつかみ取る。
長弓につがえた矢の数は5本。同時発射するつもりか!?
「師兄! 複数の矢が同時に来ます! 連携を!!」
「承知した!!」
俺と小凰は合流し、並んで走り出す。
使う技は決まっている。回転しながら剣を振り回す『朱雀大炎舞』。矢を払うのに最適な技だ。
視線の先で、毒矢使いが笑う。
同時に5本の矢は防げないと思っているのかもしれない。
それとも、俺と小凰が達人じゃないことを見抜いているのか。
まぁ、そうだろうな。
俺も小凰も、まだ修行中の身の上なんだから。
雷光師匠を傷つけるほどの達人と、正面きってわたりあうのは無理だ。
……俺たちがひとりだったら、だけど。
ふたたび、弓が鳴る。
俺たちはふたり同時に技を発動する。
「「『五神剣術』──『朱雀大炎舞』!!」」
密着して走りながらの『朱雀大炎舞』。
剣を握ったまま、ふたり同時の高速回転。
ただし、小凰は横回転。俺は、縦回転だ。
ガガッ! ガガガガガッ!!
そして──おたがいの死角をカバーした剣が、すべての矢を切り払った。
「──────なんダ!? その技ハ!?」
毒矢使いが声を漏らす。
うん。まあ、おどろくだろうな。
並んで走る2人の人間が、回転しながら剣を振り回すなんて危険すぎるから。
よっぽど息が合っていなければ不可能だ。
少しでもタイミングがずれたら、おたがいの身体がぶつかる。剣もぶつかる。
下手をすると、仲間を殺すことになる。
だけど、俺と小凰なら大丈夫だ。
俺たちは何度も『獣身導引』と『天地一身導引』で繋がってる。今はそれに『万影鏡』が追加されてる。
俺と小凰は内力──『気』で、完全につながってる。
俺には小凰がわかるし、小凰にも、俺がわかる。
動きが手に取るように──なんてレベルじゃない。
まるで、ひとつの生き物になったみたいだ。
俺たちはおたがいの手足を、自分のもののように感じ取れる。
同時に縦回転しようが横回転しようが斜め回転しようが、ぶつかることはない。
俺と小凰の剣は完璧なタイミングで近づき、すれ違う。
高速回転しながら、縦横無尽に剣を振る。
小凰に当たりそうな矢は俺が、俺に当たりそうな矢は、小凰が払いのける。
死角はない。
俺の視線と小凰の視線と『万影鏡』が、すべての矢を把握し、切り払う。
毒矢使いに二の矢をつがえる時間はない。
奴は腰を浮かせて、逃げようとしてる。だけど、もう遅い!
「「『五神剣術』──『潜竜王仰天』!!」
そして──俺と小凰の剣が、毒矢使いを斬り伏せた。
いつも「天下の大悪人」をお読みいただきまして、ありがとうございます!
次回、第111話は、次の週末に更新する予定です。