第109話「黄天芳と奏凰花、謎の弓兵部隊と戦う(前編)」
──天芳視点──
「進行方向に敵の弓兵を発見しました。樹の下に2名。枝の上に1名です!」
「僕はどっちを狙えばいい?」
「空中戦は師兄の得意技ですから、上を!」
「了解だ!!」
小凰が飛び上がり、俺は草むらにいる敵兵へと走り出す。
敵は森の中で身を隠している。
奴らは藍河国の兵士たちを待ち伏せしていたんだ。
ここは隠れて敵を攻撃するには最適の場所だ。
それは、トウゲンにもらった地図を見ればわかる。
この森の北は丘陵地帯。小高い丘の中央には、細い道がある。
敵が道を通ったら、左右の斜面を駆け下りて挟撃できる。
襲われた側は南に逃げるしかない。見通しの悪い、この森へと。
俺が地図を見たとき、毒矢使いがいるのはここだと思った。
ここは北の砦からも近く、隠れる場所も多い。
なんらかの手段で藍河国の兵士をおびきだせば、一方的に攻撃できる。
だから俺は、この場所の偵察に来たんだ。
本当はひとりで来るつもりだったんだけど……小凰は、ついてくると言って譲らなかった。
「天芳をひとりで行かせられるわけがないだろ!」
「参謀長として進言いたします。この炭芝も、翠化央どのに同行していただくべきと考えます」
「偵察担当のわたしも……兄さんをひとりで行かせたくないです……」
多勢に無勢だった。
そんなわけで俺は小凰と一緒に、いち早く偵察に出ることにしたんだ。
ちなみに星怜たちは、馬車を街道で移動している。
北の砦に着いたあとで、俺たちと合流する予定だ。
星怜たちと別れたあと、俺と小凰は『五神歩法』を駆使して、街道を高速移動してきた。
途中からは道をはずれて、危険地帯の偵察へ。
その結果、森の中で、藍河国の兵士たちが攻撃を受けている場面にでくわした、というわけだ。
「『五神剣術』──『玄武幻双打 (亀と蛇がわかりにくい連続攻撃)』」
木の陰に隠れた弓兵に、俺の蹴りが炸裂した。
『気』を込めた一撃を受けた弓兵が吹き飛ぶ。近くにいた別の兵士に激突する。
ひとかたまりになった兵士に向かって、俺は剣を振り下ろした。
「────がっ!?」
「────!?」
手足の腱を断たれた敵兵が、悲鳴をあげてうずくまる。
樹の上からは、小凰に倒された弓兵が落ちてくる。
「片付けたよ。天芳。次の敵は!?」
「『五神歩法』で12歩の距離にいます。細かい位置は走りながら『万影鏡』で確認します」
「わかった!」
俺は走りながら『渾沌の技』──『万影鏡』を発動する。
暗殺者の惨丁影と戦ったときと同じだ。
森の中だろうと、『万影鏡』なら敵の気配を感じ取れる。
敵は壬境族の弓兵だ。惨丁影のような達人じゃない。
物陰に隠れているだけで、呼吸や『気』の流れは制御できていない。
しかも不意打ちを受けたことで動揺してる。
荒い呼吸をしている奴がいる。
弓の弦を引き絞り、音を鳴らしてしまった奴もいる。
腰を浮かせて周囲を見回している奴も。
そんな兵士たちの居場所はすぐにわかる。
だけど──
「雷光師匠を傷つけた毒矢使いは、別にいる」
気配をさらけだすような奴が、雷光師匠を傷つけるのは不可能だ。
毒矢使いは気配を完全に消して、身を隠しているんだろう。
「気をつけてください。別格の奴が、どこかにいるはずです」
「ああ。たぶん……そいつが弓兵を率いているんだ」
俺と小凰はジグザグに走りながら言葉を交わす。
「一般の兵士に毒の調合なんかできるわけがない。師匠を射た毒矢使いが、弓兵たちに毒矢を与えたんだろう。解毒剤も持っているはずだ。そうじゃなきゃ、危なくて毒矢なんか使えないからね」
「次の敵に、解毒剤のことを聞いてみましょう」
「了解だよ!」
俺たちはさらに速度を上げる。
藍河国の兵士たちは、獣道で倒れている。彼らを放ってはおけない。
まずは彼らのところにたどりつくのが最優先だ。
だから俺たちは、ふたり同時に技を発動する。
ジャンプして敵を斬る『潜竜王仰天』で、宙へと飛び上がる。
狙いは樹の上にいる弓兵。奴を樹上からたたき落とす──
──というのは、フェイントだ。
「天芳!」「はい。師兄!」
俺たちは空中で樹の枝を蹴り、方向転換。
その直後──樹木に黒い矢が突き立つ。
やっぱりだ。別格の達人が、森のどこかに隠れてる。
しかも、こまめに移動し続けている。
『万影鏡』にはかすかな気配が映っているけど、位置を捉えきれない。
俺たちは改めてジャンプ。
樹上の弓兵をたたき落として、樹の向こうに隠れる。
その後で俺は、弓兵が構えていた矢をつかんだ。
それを弓兵の目の前にかざしてから、奴の脚に傷をつけた。
「壬境族の兵士よ。自らの毒で苦しむがいい」
「────ひぃっ!?」
弓兵が腰の袋に手を伸ばす。
中から丸薬をつかみ出し、水も飲まずに飲み込む。
それでも安心できないのか、今度は別の袋から塗り薬を取り出して、傷口に塗り始めた。
このふたつが、解毒剤ってことか。
ちなみに、弓兵を傷つけたのは毒矢じゃない。俺の剣だ。
毒矢は目の前にかざしただけで使ってない。ただのブラフだ。
この森で使われている毒は『武術家殺し』じゃない。ただ、身体を痺れさせて、動きを止めるものだ。だから解毒剤も二種類で十分なんだろう。
『武術家殺し』は冬里が、念入りに治療していたもんな。
「それじゃ俺は、藍河国の兵士を助けに行きます」
敵兵を無力化してから、俺は小凰の耳にささやいた。
敵が動揺しているうちに、藍河国の兵士たちを助けたい。
あの人たちは父上の部下だ。死んだら父上が悲しむ。
それに……部隊の指揮官が再起不能になったら困るんだ。
指揮官の名前は炭芝さんから聞いてる。景古升だ。
それは10年後に、『部下思いの鉄壁』の名で呼ばれることになる人物なんだ。
景古升は……武力はそれほど強くないけれど、守りが堅い。
彼が守った城は防御力が上がり、率いる部隊は損耗率が激減する。
ついた異名が『部下思いの鉄壁』
ゲーム『剣主大乱史伝』では藍河国側の武将として北臨周辺の城を守る人物だ。
こんなところで死なせたくない。
「それで、毒矢使いを捕らえる作戦は? 天芳のことだから、考えてあるんだろう?」
「……あります」
それは、ここに来るまでに考えておいた。
小凰の協力があればできるはずだけど……。
「教えてくれ。天芳」
小凰は真剣な表情で、俺を見ていた。
「毒矢使いは雷光師匠の敵だ。弟子として、倒しておきたいんだ」
「わかりました。やってみましょう」
俺は小凰に作戦を伝えた。
「──と、いうわけです。師兄は森の中を走り回って、とにかく弓兵を倒してください。そのあとは──」
「時間との勝負だね?」
「そうです」
俺と小凰はうなずきあう。
藍河国の兵士たちが倒れている場所は、すぐそこだ。
弓兵たちは毒矢を使って、兄上たちをおびき出そうとしたようだけど……失敗したと判断したら、兵士たちを殺しにかかるだろう。
それを防ぐためには、俺が兵士たちの守りに入るしかないんだ。
「僕が攻撃。天芳は防御。逆にはできないってことだね……」
「そうです。お願いできますか? 師兄」
「心得た!!」
俺と小凰は木の根元から飛び出す。
俺は景古升たちが倒れている場所へ。小凰は、木々の向こうへ。
──シュッ、と、音がする。
──俺を狙って飛んで来た矢を、剣で弾く。
──直後、敵の弓兵の悲鳴が響く。
小凰には、俺が把握した敵の位置を伝えている。
その敵が俺に矢を射れば、小凰に対して隙をさらすことになる。
倒されるのは当然だ。
敵の数は、たぶん、十人足らず。
最初は二十人以上はいたはずだから、それが半減したことになる。
飛んでくる矢はまばらになり、精度も落ちている。
姿をさらして走ってもなんとかなる。
『万影鏡』と『五神剣術』を組み合わせれば、矢を切り払うのは難しくない。
「ぼくは『飛熊将軍』黄英深の次子、黄天芳」
俺は剣を振り回しながら、景古升のもとにたどりつく。
「助けに来ました。ご無事ですか。景古升どの」
「……どうして……来た?」
震える声で答えたのは、ガタイの大きな男性だった。
太い腕で身体を起こそうとしている。大きな目を見開いて、俺を見てる。
鎧はボロボロで、身体も傷だらけ。肩には矢が刺さってる。
それでも景古升は、根性で起き上がろうとしてる。すごい。
「私のことはいいと……言った……はずだ」
「お叱りはあとで受けます。それより景古升さま。解毒剤をお試しになりますか?」
俺は景古升を引きずって、物陰へと移動する。
それから、丸薬と塗り薬が入った袋を取り出し、彼に示した。
「これは、毒を受けたと勘違いした敵兵が、解毒のために使っていたものです。あらかじめ用意しておいたんでしょう。毒を使うものは、自分が毒にやられたときのために、対処法を用意しておくものですから」
「……げどく……か」
「確信はありません。飲んですぐに効果があるとも限りません。ですが……」
「わかった。それを、私に使って……くれ」
景古升は言った。
迷いのない口調だった。
「身体が、わずかでも動くようになれば……部下を守れる。その薬が毒ならば……身をもって、それが毒であることを貴公に伝えることができる。損はない」
「よろしいのですね?」
「どのみち……私は、自害しようとしていた」
景古升は皮肉っぽい口調で、
「迷っている時間は…………ない。早く……」
「わかりました」
俺は景古升の口に、丸薬を放り込んだ。
さらに、傷口に塗り薬をすりこむ。
その直後──風切り音がして、矢が飛来した。
俺は『朱雀大炎舞』を発動する。剣をつかんだまま1回転──2回転──。
「──しつこい!」
続けざまに矢が飛んでくる。
俺が剣を手に、それを切り払おうとしたとき──
「ぬぐぅぉぉぉぉっ!!」
ざくん。
景古升が手にした甲が、飛んで来た矢を受け止めた。
彼はしびれる身体で地面を転がり、俺の前に出たんだ。
「わずかだが…………しびれが弱まった。転がるくらいは……できた」
「景古升さま。無茶しないでください!」
「無茶をしているのは……貴公の方だ……」
景古升は、苦痛に顔をゆがめながら、
「借りは返す。私が……ここで部下の盾となる。貴公は敵を……倒してくれ。この危険な敵に……これ以上、藍河国の者を傷つけさせぬように……頼む!!」
──こわれかけの甲を盾のように構えながら、景古升は、そんなことを宣言したのだった。
次回、第110話は、明日か明後日くらいに更新する予定です。