第102話「天下の大悪人、歓迎の宴に参加する」
宴が始まる前に、炭芝さんは俺が率いる部隊のことを教えてくれた。
現在、予定されている人員と、それぞれの役目は次の通り。
隊長:黄天芳
参謀長:炭芝
副隊長:翠化央 (奏凰花)
偵察担当:柳星怜
──以上だ。
「私の役目は、いざというときに責任を取ることにあります」
炭芝さんは言った。
「黄天芳どのは、ご自分の判断で動いていただいて構いません。独自に参謀を任命されるのもいいでしょう。ただ、私に話を通していただければ」
「わかりました」
「これからのことは明日、話し合いましょう。まずは旅の疲れを癒やしてくだされ」
そんな話をした後、俺は部屋に案内された。
宿でお湯をもらい、土埃のついた身体をぬぐう。
着替えて広間にいくと、宴の用意が整っていた。
上座には炭芝さんが座っている。
本当は俺と冬里も、炭芝さんの隣に座るはずだったんだけど、遠慮した。
燎原君の側近と一緒に上座に座るのは落ち着かないからな。
だから俺たちは炭芝さんの下座に位置する感じにしたんだ。
宴の出席者は、俺と冬里、炭芝さん。星怜と小凰。それに、レキ。
それと、特別ゲストのトウゲンとリーリンだ。
トウゲンは藍河国の食器や料理を興味深そうに眺めてる。
箸で料理をバラバラにて、食材を分析しようとしてる。
そんなトウゲンを、隣に座るリーリンが止めてる。
「それでは、黄天芳どのと玄冬里どの、レキ=ソウカクどのの無事の帰還を祝って。また、新たなる友との友好関係を結べたことに、乾杯!!」
「「「乾杯!!」」」
そうして、炭芝さんの合図で、宴が始まった。
目の前には豪華な料理が並んでいる。
食材の種類が豊富なのは、灯春の町が交通の要衝だからだろう。
木の実を練り込んだ胡餅があるかと思えば、隣にはキノコの入った羹がある。
主菜は羊肉の煮物や、魚と貝の炒め物だ。
おいしい。しかも、見た目も凝ってる。
北臨にいる母上や白葉にも食べさせてあげたいけど、持ち帰るのは無理だよな。この世界の食材は保存がきかないもんな……。
「芳さま。よろしいですか?」
「どうしたの。冬里」
「妹さんが、『兄さんはどの料理が、一番おいしいですか?』とおっしゃっています」
隣にいる冬里が、俺の耳元でささやいた。
俺と冬里をねぎらう席だから、俺たちは並んだ席に座っている。
上座から俺、冬里、星怜の順番だ。
ちなみに小凰は俺の向かい側。
隣にはにレキ、トウゲン、リーリンが座っている。
レキとトウゲンとリーリンが一緒なのは、壬境族同士が一緒の方が落ち着くだろうから。
小凰は部隊の副隊長だから、上座に近い席に座ってるんだ。
「妹さんがおっしゃってます。『北臨に帰ったら、作ってあげたいのです。好物を教えてください』だそうです」
ふたたび、冬里が俺の耳元でささやく。
俺は星怜の方を見て、
「気持ちはうれしいけど、食材が手に入らないから無理だと思うよ?」
「…………残念です」
冬里の隣の席で、星怜ががっくりと肩を落とした。
そんな星怜を落ち着かせるように、冬里が背中をなででてる。
向かい側の席では小凰が、じーっとこっちを見てる。
いや、せっかくのごちそうなんだから食べようよ。小凰。
でも……やっぱり星怜と小凰が側にいると落ち着くな。
だから燎原君は、ふたりを俺の部隊に入れたのかもしれない。
自分が部隊を率いることについては、正直、実感がない。
俺はこれまで、人に命令したことなんかないもんな。
ゼング=タイガや介州雀と戦ったときは、俺自身と、小凰のことにだけ責任を取ればよかった。
これからは部下の責任を取らなきゃいけなくなる。
まぁ……その部下というのも、小凰や星怜なんだけど。
これから俺はみんなを連れて、北の砦に向かうことになる。
到着したら、まずは砦のまわりの警戒を行おう。
毒矢使いがいるかどうか確認して、それから、ゼング=タイガの動きを探る。
できれば謎の組織『金翅幇』の情報を手に入れたい。
とにかく、俺にできることをやるしかない。
父上と兄上を守って、藍河国の崩壊を防ぐために。
そのために、壬境族の領地まで旅をしたんだから。
「……これが海の魚。これが、貝。はじめて食べます」
ふと見ると、向かい側の席で、レキが青い顔をしていた。
魚介類は苦手みたいだ。
そういえば壬境族の領地に海はないんだっけ。
レキも、貝を見るのは初めてのはずだ。食べるのは抵抗があるはずで──
「もぐもぐ。なるほど。これが海の味。コクがあるのですね。ふむ……」
──と、思ったら、トウゲンがもりもりと魚介類を食べてた。
あの人の場合、好奇心がすべてをねじふせてるって感じだけど。
「無理をすることはないよ。レキどの」
トウゲンは隣にいるレキに向かって、優しい口調で、
「苦手なものは私が食べてあげよう。残すのは失礼だからね」
「ありがとうございます。トウゲンさま……」
「若さま。ご自分の分がまだ残っておりますよ。レキさまの分まで欲しがるのは……」
「私の分は研究と観察に使うのですよ。姉上」
「研究と観察?」
「初めて見る料理ですからね。調べてみたいのです。まずは魚の身の部分を全体に散らすことで、どのように味が変わるか実験を……」
「食べ物で遊んではいけません!」
「じ、自分も同意見です。トウゲンさま」
「…………はい」
うん。レキもトウゲンもリーリンさんも、楽しんでいるみたいだ。
その近くにいる小凰は……まだ俺の方を見てる。なんだか、目が怖い。
やっぱり、俺が黙って壬境族の土地に行ったのを怒ってるのかな。
これまで俺と小凰は、協力して敵と戦ってきた。
ゼング=タイガを相手にしたときも、介州雀を倒したときも、一緒だった。
そんな小凰だから、俺が彼女に黙って北に向かったことで、むちゃくちゃ心配したのかもしれない。
……宴が終わったら、ちゃんと話をしよう。
そんなことを思っているうちに、宴は進んで行く。
食事が進んだところで、炭芝さんが歌舞の者を呼んだ。
歌と踊りの仕事をしている人たちだ。
広間の扉が開き、角のついた面を被った男性と、袖の長い服を着た女性が現れる。
ふたりは楽器の音に合わせて、踊りはじめる。
その様子に、レキやトウゲン、リーリンたちが目を輝かせる。
特にトウゲンは身を乗り出して見入ってる。
彼らの姿を見て、炭芝さんは満足そうにうなずいてる。
炭芝さんが歌舞の人たちを呼んだのは、トウゲンたちに藍河国の文化を紹介する意味もあったみたいだ。
「黄天芳どのはご存じですかな。『幽鬼、村娘に求婚する』の一節です」
「聞いたことがあります」
俺は炭芝さんの問いに答えた。
「確か、山霊が人に恋い焦がれて、幽鬼と化してしまう話ですよね? それで夜な夜な、村娘の元を訪ねるとか」
「さすがは黄天芳どの、文化にも詳しいのですな」
「ぼくは文官を目指してますから」
文字を覚えるのに、この世界の物語は参考になるからね。
小さいころに書簡を模写したりしてたんだ。
目の前で演じられているのは、ロマンティックな恋物語だ。
面を被った男性は幽鬼役。袖の長い女性は村娘役。
ふたりの手は触れ合いそうで触れ合わない。
そのもどかしさを、箏と琴の音色が高めていく。
そんなシーンに夢中になってるのは、壬境族の人たちだけじゃなくて──
「……星怜?」
「………… (ぼーっ)」
星怜も、音楽と踊り手に心を奪われていた。
曲にあわせて、かすかに腕と指を動かしてる。
そういえば、星怜は故郷にいたとき、お祭りで踊ったりしていたんだっけ。
それに、ゲーム『剣主大乱史伝』に登場する柳星怜も、歌や踊りが得意だった。
ゲームの彼女は様々な技芸で、藍河国王をとりこにしていた。美しさもそうだけれど、歌や踊りもそのひとつだ。
今の星怜も、歌や踊りにあこがれがあるのかもしれない。
星怜がもう、太子狼炎の後宮に入ることはないからね。
才能があるなら伸ばしてあげたい。だから──
踊りたいのかな。だったら──
「炭芝さま。お願いがあります」
やがて、歌と踊りが終わるのを待って、俺は炭芝さんに声をかけた。
「素晴らしい芸術を前に、このようなことを申し上げるのは心苦しいのですが……」
「どうされましたか? 黄天芳どの」
「ぼくは歌舞の方々の歌と踊りに感銘を受けました」
俺は炭芝さんに向かって、拱手した。
「舞踏の動きは武術にも通じるものです。ぜひ、この踊りのさわりの部分だけでもご指導いただきたいのですが、よろしいでしょうか?」
「黄天芳どのは、舞踏に興味がおありなのですか?」
「はい。ぼくは、色々な文化を学びたいと思っておりますから」
「なるほど……色々な文化にご興味をお持ちだからこそ、貴公は多くの者と親しくなれるのですな」
炭芝さんは納得したようにうなずいた。
それから彼は、歌舞担当の人を見て、
「どうだろうか。宴の席の余興として、この方も一緒に踊っても構わぬか?」
「はい! そのようにおっしゃっていただけるのはうれしいです!」
「王弟殿下に関わるお方が、舞踏に興味をお持ちとは……光栄です!」
「うむうむ。では、黄天芳どの」
「ありがとうございます」
俺は立ち上がって一礼する。
それから、首をかしげて、
「でも、これはふたり一組の踊りですよね。練習するには相手役が必要ですよね。それじゃ……星怜、手伝ってくれる?」
「え? わたしですか?」
「うん。お願いするよ」
「わ、わかりました。わたし、がんばります!」
「うん」
俺は星怜の手を取った。
それから歌舞の人たちに一礼して、俺たちは踊りの練習をはじめた。
武術とは勝手が違ったけど、楽しかった。
星怜はすぐにやりかたを覚えた。
足運びや腕の動きもなめらかで、とても初心者とは思えなかった。
歌舞の人が「素晴らしい才能をお持ちです」と目を輝かせていたくらいだ。
さすがに『飛熊将軍』の養い子をスカウトしたりはしなかったけど。
一通り踊ったあと、小凰が席を立った。
彼女も踊りたいみたいだ。
「わかりました。ぼくと交代しましょう。師兄」
「いや、妹さんと踊りたいわけじゃないんだけど?」
小凰は頬をふくらませた。
でも、仕方ない。
今の小凰は男装してる。留学生の翠化央モードだ。
俺と小凰が踊るわけにはいかない。
この踊りは、仮面を被った悪鬼と、ドレス姿の少女が踊るやつだからね。
片方はどうしても男性役になっちゃうんだ。
そんなわけで、俺は小凰と交替。
星怜と小凰が、指導を受けながら踊り出したんだけど──
「──なんと、お似合いのふたりでしょう」
「──美しいです。武術を使う方は、踊りも得意なのですね……」
歌舞の人たちが感動するくらい、きれいだった。
ふたりが踊ったのは『村娘が幽鬼以外の男性の求愛を避ける』一節だったけど、真に迫っていた。
レキが『自分はなんだか殺気を感じます』とつぶやいたくらいだ。
トウゲンたちも見入ってた。
小凰は奏真国の姫君だからな。歌舞音曲の才能があるんだろう。
そんな小凰と星怜の踊りは、宴を最高に盛り上げてくれた。
やがて、曲が止まり、歌舞の人たちは退出していく。
食後のお茶を飲んで、しばらく雑談したあと、宴はお開きになった。
そうして、みんなは部屋に戻ることになったんだけど──
その前に俺は、小凰と話をすることにしたのだった。
次回、第103話は、明日か明後日くらいに更新する予定です。