第100話「天下の大悪人、役目を果たして帰国する」
翌日。俺と冬里とレキは、穏健派の砦を出発した。
向かった先は、長老がいる村だ。
俺たちはそこで馬を回収してから、藍河国に戻ることになる。
「朱陸宝どのと玄冬里どのは、責任をもって送り届けますよ」
「お目付役として、若さまに同行いたします」
トウゲン=シメイと、彼の姉のリーリンは道案内として、ついてきてくれることになった。
リーリン=シメイは髪の短い、小柄な女性だ。
彼女はゲーム『剣主大乱史伝』にも登場している。
確か……トウゲン=シメイと常に同じ部隊にいるキャラだ。
彼が攻撃を食らいそうになると割って入り、代わりにダメージを受けていた。
護衛かな、と思っていたけれど、姉貴分だったらしい。
彼女もトウゲンと同じく、味方になってくれるみたいだ。
「道案内は任せてください」
トウゲン=シメイは言った。
「私の取り柄は地形に詳しいことくらいですからね。それを役立てることにしますよ」
「若さまの土地勘は確かです。ただ……あなたたちを送り届けたあとで、若さまがまた、ふらふらどこかに行ってしまわないといいのですが」
「ひどいな。姉さんは」
「若さまは前科がありすぎるのです」
「今も私はシメイ氏族の当主ですよ。自分の立場はわかっています。用を済ませたらちゃんと帰りますよ」
……用を済ませたら帰っちゃうのか。
そしたら、その後はトウゲン=シメイが藍河国に来ることはないんだよな。
だったら──
「トウゲンさま。よろしければ、藍河国の高官をご紹介しましょうか。多くの蔵書をお持ちの方を知っております。トウゲンさまと話が弾むと思いますが」
「ぜひお願いします。朱陸宝どの」
「若さまを誘惑しないでください!!」
──と、提案してみたんだけど、リーリンに割って入られた。
ゲームと同じだ。彼女のガードは堅いらしい。
そんな感じで、俺たちは南に向かったのだった。
まずは村に戻り、長老に報告をした。
暗殺者の話を聞いて、長老は苦々しい顔になってた。
「わしら程度のものを恐れ、暗殺者を使うか。軍神ゼング=タイガがそこまで落ちたとは……」
──それが、長老の言葉だった。
長老は俺たちにお礼を言ってから、村の人たちを集めた。
これからの村の対応について、話し合うためだ。
村には、シメイ氏族の人たちが常駐することになった。
ゼング=タイガの部隊から、村を守るためだ。
いざというときは村人を誘導して、砦まで逃げるということだった。
さすが長老、話が早い……と思ったら、トウゲン=シメイと長老は顔見知りだったらしい。
「ふらふらしていた放蕩者が氏族の長か。成長したものよな」
「相変わらずお口の悪いことです。長老さま」
「齢は取ったが、頭はおとろえておらぬよ」
「長老の悪口を聞かないと落ち着かないですからね。長生きしてください」
「だったらわしの声が届くところに落ち着くがいい。放蕩者め」
ふたりは軽口を叩きながら、笑ってた。
ふたりの話を聞きながら、俺たちは村で馬を回収した。
そうして、長老と村人たちに別れを告げて、藍河国へ向かったのだった。
トウゲン=シメイは予想以上に、地形に詳しかった。
彼は馬が安定して走れる場所を教えてくれたんだ。
──馬がしっかりと踏める地面は、どんな色をしているのか。
──道のどのあたりを進めば、揺れが少ないか。
──どの部分が走りやすくて、どの部分が、足を取られやすいのか。
自然観察を続けてきたトウゲン=シメイは、それらすべてを理解していた。
彼の指示どおりにしたら……馬の速度がかなり速くなった。
たぶん、往路の倍くらいになってたと思う。
しかも馬の乗り心地も良くなってる。壬境族のレキがびっくりしてたくらいだ。
……トウゲン=シメイは本当にすごい。
この人が友人になってくれて、本当によかった。
移動中、俺はトウゲン=シメイと色々な話をした。
もちろん彼は、俺が商人じゃないことを見抜いていた。
まぁ、そうだろうな。
俺は穏健派に書状を届けてるし、暗殺者の惨丁影を倒してる。
そんな人間が商人のふりをするのは無理だ。
だから、俺はトウゲン=シメイに本名を伝えることにした。
──本名は、黄天芳。
──北の砦を守る『飛熊将軍』黄英深の次男。
──現在は無位無冠。藍河国で武術の修行をしている。
──そして、軍神ゼング=タイガの左腕を斬りおとした人物。
そんなことを。
トウゲン=シメイの反応は「なるほど」だった。
驚いたり、正体を隠していたことを怒ったりすることはなかった。
「あちこち放浪していると、色々な人と出会うものです。様々な事情を抱えていたり、隠し事をしたりしている人と会うこともあります。だから、名前や肩書きを聞いても仕方ないんですよ。大事なのは、その人の本質です」
それが、トウゲン=シメイのポリシーだそうだ。
「朱陸宝どの……いえ、黄天芳どのは、私が作った薬草の記録に価値を見いだしてくれました。あれを長老どののために役立ててくれたのです」
トウゲン=シメイは納得したようにうなずいて、
「あなたはなによりも、人を生かすことを考える人だ。私はそれで十分ですよ」
「ありがとうございます。トウゲンさま」
「あなたが高官で、私が藍河国の人間だったらよかったのですがね。できれば、あなたのような人のもとでお仕えしたいものです」
「俺は人を使う身分じゃないですけど──」
俺は少し考えてから、
「人材登用に長けた人を知っています。紹介しますから、その方にお仕えするのはどうでしょうか?」
「話はうれしいですが、私は、黄どのの部下になりたいんですよ」
トウゲン=シメイは頭をかいて、
「いずれ黄どのが部隊を率いる立場になったら、声をかけてください」
「わかりました。そういう機会がありましたら」
……そういえば前に燎原君が『黄天芳に部隊を任せてみたい』と言ったことがあったっけ。
でも、あれから話は進んでない。きっと立ち消えになったんだろう。
「ただ……ぼくにトウゲンさまの才能を活かせるとは思えません」
「ご謙遜を」
「それに、トウゲンさまを連れ回してしまったら、リーリンさまに怒られてしまいますからね」
「黄さまは話のわかる方ですね!」
難しい顔になるトウゲンの隣で、リーリンは目を輝かせてる。
本当は、トウゲンが燎原君の軍師になってくれればいいんだけど。
だけど今のトウゲンはシメイの氏族の当主だ。シメイの氏族の都合もある。スカウトするわけにはいかないか。
いや……短期間だけ仕事をしてもらうのはいいのかな?
それがシメイ氏族のメリットになればいいわけで……うん。あとでじっくりと考えてみよう。
そんな感じで旅は進み……やがて、俺たちは国境の森を抜けた。
視界が開けて、灯春の町が見えてくる。
「私たちの役目はここまでですね」
街道で馬を停めて、トウゲン=シメイは言った。
「皆さんを無事に送り届けることができて幸いでした。どうか、この先もお気を付けて」
「ありがとうございます。トウゲンさま」
「ありがとうございました」
「感謝いたします。シメイさま」
俺と冬里、レキは、トウゲンとリーリンに一礼した。
それから──
「よろしければ、灯春の町で休んで行きませんか?」
俺はトウゲンたちに、そんなことを提案してみた。
「灯春にはいい茶館があるのです。色々な書が展示されていますから、トウゲンさまも楽しめると思いますよ」
「それはすばらしい! ぜひ、寄らせていただき……」
言いかけたトウゲンは、横目でリーリンを見た。
「……姉上。ちょっと立ち寄ってもよいでしょうか?」
「……1日だけですよ」
「わかりました。では、寄らせていただきましょう!」
トウゲンはすごくいい笑顔で、そんなことを言った。
それから、俺たちはトウゲンたちに予備の衣服を貸した。
藍河国の人間に化けてもらうためだ。
そうして、灯春の門を通ると──
「お待ちしておりました、黄天芳どの。玄冬里どの。レキ=ソウカクどの」
──知った顔に、出会った。
燎原君の側近の、炭芝さんだった。
「皆さんが無事に戻られたことをお祝い申し上げます」
「炭芝さま? どうしてここに?」
「王弟殿下のご命令です。黄天芳さまと玄冬里さまをお出迎えするようにと」
炭芝さんは俺たちに一礼して、
「借り上げている宿がございます。まずはそちらでお休みください。ご同行されている方は……うむ、黄天芳さまと玄冬里さまが認めたお方なら間違いはありますまい。まずはお話をいたしましょう。それに……黄天芳どのの帰りを心待ちにしているおふたりがおりますからな。どうぞ、こちらに」
「承知いたしました」
燎原君の命令なら、迷う理由はない。
まずは話を聞いてみよう。
それに、俺の帰りを待っているふたりって……たぶん星怜と小凰だろうな。
まずはふたりに無事な姿を見せないと。
「それでは、もう少しだけお付き合いいただいてもいいですか? トウゲンさま。リーリンさま」
「もちろんです! ぜひ、同行させていただきましょう!!」
「1日だけです! 若さま!! 1日だけですからね!!」
そうして俺たちは炭芝さんの案内で、宿へと向かったのだった。
次回、第101話は、次の週末に更新する予定です。