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その祈り 黒くないっすか!

作者: ひあし伸歩

 パワー・スポットやスピリチュアルがブームだそうですが、チカラにも白と黒があります。黒魔術という言葉を耳にした人は多いでしょう。そういうことです。安易にチカラを求めるのは、危険ですらあるというお話。


 ある密教僧が、後進にポストを譲るときに、こう質問されました。


「老師が唱えた呪法で、一番効果が絶大だったのは何ですか?」


「うーん、そうだな。般若心経かな」


「え、般若心経なら、一般信者でも毎日、唱えてますよ」


「時と場合によるのだ」


「ぜひ、それをお聞かせ下さい」


「あれは、忘れもしない三十三年前。とんでもない嵐に見舞われた時のこと。山は崩れ、道は寸断され、ここがすっかり陸の孤島となってしまったのじゃ。政府は、我々にも避難するよう云ってきた。食料はまだあったが、復旧の目途がついていなかったから、当然のことだ」


「…………」


「ヘリコプターがやってきて、町までそれで避難することになったんじゃが、そのヘリがひどいオンボロでな。他の者は気づかない様子だったが、わしは何度もアメリカやヨーロッパ各国を訪れている。そのヘリが普通じゃないことは、見ればわかるんだよ」


「…………」


「しかし、わしが不安な態度を見せると、皆が心配する。わしは、つとめて平然としていた」


「なるほど。さすが老子」


「しかし、やはり、気にはなる。たとえば、最初、やけに低いところを飛ぶので、パイロットに尋ねたんじゃ。どうしてそんなに低く飛ぶのか? とな。すると、『高いところから落ちたら、危ないからね』 と云うんだ」


「マジっすか!」


「まあ、しかし、その後、パイロットが片目をつぶったんで、冗談だと思った」


「ああ、よかった」


「しかし、しばらくすると、今度は高度を上げはじめたんだ」


「…………」


「今度は、こう尋ねたよ。今日は、エンジンの調子がいいらしいね?」


「そしたら?」


「パイロットのやつ、『まさか!』 というんだな。エンジンが停まりそうだから、高度を上げてるというんだ。つまり、停まったときに再始動する時間が稼げるからと」


「それも冗談だったんすか?」


「そうじゃなかった。今度も、片目をつぶってみせるのかと期待したんだが、操縦桿にしがみついて、必死なんだよ」


「そこで、老師が般若心経を唱えたんですね!」


「そういうことだ」


「今にも墜落しそうなヘリを救ったとは、それは確かに奇跡です!」


「誰が、救ったと云った?」


「違うんすか?」


「わしが必死になって般若心経を唱えはじめると、それまで談笑していた乗客たちが異変に気づいて、機内はもうそれはひどいパニックになったんじゃ。阿鼻叫喚、一瞬にして目の前に地獄が現れた」


「…………」


「経を唱えて、あれだけ人々を劇的に変えたのは、後にも先にもその一回だけだったよ」


「…………」


「いいか、よく聞きなさい。ただ祈ればいいというものではないのだ。欲にまみれた気持ちで祈れば、逆に自分が修羅になる。そればかりか皆を不安にさせてしまう。わし自身が取り乱したまま祈ったせいで乗客たちが地獄の亡者になってしまったのだ」


「祈りにも、ブラックがあるってことっすね!」


「そういうことだな。祈る時に、こうなりたい、こうして欲しいという気持ちがあまりに強いと、逆のことが起こってしまうのだ。

 いいか、しっかり肝に銘じておきなさい」


「わかりました。後のことはお任せください!

 老師、どうか、いつまでもお元気で!」




ありがとうございます

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