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第4話〜移行〜

 私はてっきりどこかお店にでも寄ってから帰ると思っていたのだが、ルウはまっすぐに自宅に向かった。道中手は繋ぎっぱなしだったから、ずっとドキドキしている。

 部屋に入ると、私はまず邪魔な鞄を、部屋の隅に放り投げた。ルウは行儀よく鞄を置いた。

 

 「……サラ、何かして欲しいことはある?」

 

 微笑みと共に訊いてきたルウに私は、

 

 「うん。抱いて、ルウ」

 

 そう即答した。するとルウは、やはり微笑みのまま、

 

 「いいよ」

 

 そう言って、近づいてくる。

 

 心臓が高鳴り、幸せな気持ちでいっぱいになる。

 夢とはいえ、好きな人に触れてもらうのだ。嬉しくないはずない。

 ……ああ、きっと気持ちいいんだろうなあ……

 夢は私の望むことを望むようにしてくれる。苦痛なんか、あるわけがない。

 ルウは私の肩を愛おしそうに掴み、そして、抱きしめた。私の頭がルウの胸板に埋もれる。背中にまわされた両手が、私を捕える。

 それだけで、体中が熱くなり、火がついたような感覚に襲われる。

 キスをせがもうと、顔を上げると、ルウは私を解放した。

 熱さは残滓のみを残して消え、新たに、寂寥感がうまれた。


 「……なんで?」

 

 物足りない。もっとして欲しい。


 「抱いたでしょ? 次は何をして欲しい?」


 ルウのその言葉に、違和感を感じた。


 「ちょっと待って。私は『抱いて』って言ったのよ? 『抱きしめて』じゃないわよ?」

 「……その二つに違いがあるとは思えないけど……」

 「…………え?」

 

 そのルウのセリフで、私は気付く。


  夢の中のルウはいつも(・・・)最後にはちゃんと抱いてくれた。ちゃんと、そういう意味で。

 なのに、このルウは、そういうことを何も知らない。『抱く』と『抱きしめる』との違いがわからないほどそっち方面の情報に乏しい。

 それがきっかけで、完全に気付く。まさに、夢から覚めたような気分。

 ―――――夢じゃない!

 夢じゃ、ない!

 全部、全部本当のことだったんだ!

 ―――――――美加が死んだことまでも―――――


 「……い」

 「い?」

 「いやあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」


 現実なんだ! 美加が、あんなに苦しそうな顔で死んでたのも、引きちぎれた手足とか、『イノベート』っていうわけのわからない血文字まで、なにからなにまで全部!


 「サラ! 落ち着いて!」

 「いや! る、ルウの嘘つき! 夢なんかじゃ、ないじゃない! 全部本当のことだったじゃない!」

 「とにかく落ち着いて!」

 「なんで、美加みたいないい子が死なないといけなかったの!? 殺されなきゃ―――いけなかったのよ!!」

 

 殺された―――! 美加は、誰かに、殺された! たしかにうわさ好きではあったけど、それも殺されなきゃいけないほどひどかったわけじゃないのに!


 「なんで、美加の人生が他人……に……踏みにじられないと……いけない……のよ……」

 

 なんで、なんで……

 気がつくと……私の目からは、涙があふれていた。

 美加が死んだことが悲しくて。美加を殺した人間が、憎くて。

 あとからあとから、涙が流れてくる。

 

 「……サラ」


 ルウが歩み寄ってきて、私を抱きしめてくれた。強く、強く。

 

 「……今は、泣けばいい。今は哀しんで、憎んで、悲劇のヒロインになるといい。……いつか、傷は癒えるから。かさぶたができて、前よりも強くなれるから。……だから、今は、休むといい…傷を癒すことだけに専念すればいい……」

 

 そうルウは言って、私を抱きしめる力をさらに強くした。少し痛いくらいだけど、それだけでずいぶんと楽になった。

 だんだんと、瞼が重くなってくる。泣き疲れたのだろうか?

 

 「……今は、休むといい……」

 

 意識が、朦朧としてくる。ルウの胸の中だということを忘れ、夢の世界が近づいてくるのが、わかる。ルウが優しい言葉で慰めてくれているのだろうけど、その内容はほとんど頭に入っていない。感覚はほとんど、声を聞いているというよりは、音を聞き流している、に近くなっている。

 

 「―――――汚れ仕事は、僕がやるから。君はゆっくり、休んでいてよ」

 

 その音を最後に。 

 私は眠った。













 「……眠った」

 

 今、この部屋に意識のある者はルウ一人だ。

 

 「……悲しそう」

 

 無表情につぶやくルウ。

 

 「……許さない」

 

 サラを丁寧に布団に寝かしつけると、玄関に向かった。

 

 「……『イノベート』」

 

 それが何を指すのかは、彼は知らない。けれど、彼の『仕事』に関係しているので、覚えていたのだ。

 

 「……敵だ」

 

 そしてそれは、彼にとって『まと』を表す記号でしかなかった。

 果てしないまでの悪意、敵意、殺意。サラと共にいる時とはまるで別人のよう。  

 感情が煮詰まりすぎて逆に何の色も示していない表情のまま、ルウは部屋から出て、朝の道を一人、歩きだした。


 「……敵は殺す」


 強い決意と共に。

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