第3話〜急転直下〜
夢……だ。
暗い空間に、恐怖だけがある。
ストーリーとか、情景とかまったくなしに、ただ、恐怖だけが私を包んでいる。
「……また……この夢……」
私がよくみる夢だ。
ただ、恐いという感情だけがあって、しばらくすると……
「……いちいち、こんなの見せなくてもいいわよ……」
炎でできた、巨大な鳥が現れた。
熱くはない。でも、恐怖が、増幅された。
『……ワレヲ……求メヨ……サレバ、ワレハナンジヲ助ケヨウ……』
懐かしい声が聞こえる。
恐いし、なんかいやだ。
でも。この夢はすぐ覚める。
「いや、よ。とっとと消えなさい!」
『了解シタ……マタアオウ……』
こう言えば、夢は覚める。
……いつも私が見る、意味不明の夢。
…
……
………
…………ん
私は、嫌ーな感覚と共に、目覚めた。
なんか夢を見ていた気もするが……。
んーだめだ。まったく思い出せない。
とりあえず、上半身を起こす。
そこで、ひとつのことに気付く。
「…ルウ?」
ルウがいない。
どうりで、布団が広く感じるわけだ。
どこ行ったのかな?
たぶん、トイレだとは思うけど……
ルウは起きたら絶対に私を起こすのだ。それなのに……なんで?
と、その時。
「……あ、サラ。起きてたんだ」
ルウが帰ってきた。いつも通りの微笑みをたたえながら。
「どこ行ってたの?」
「トイレだよ。人間、やっぱり出るものは出るだろう?」
「……そうね」
トイレか……案外普通な理由ね。
「サラ、今日学校はどうする? 休む?」
「へ? なんでそんなこと訊くの?」
「もう8時だよ?」
ここから学校までは歩きで二十分かかり、そして8時30分に学校につけば間に合う。
「まだまだ大丈夫よ。すぐ支度できるし。」
それに、私たちは家賃水道代、光熱費を払うのが精いっぱいで、普段着すら買うことお金がなく、常に制服だから、着替えの時間も必要ない。
「あ、ルウは昨日『洗濯』してなかったわよね?」
立ち上がり、ルウに近づきながら、私は言った。
「……そうだね。よろしく、サラ。」
「うん。……『我に従いたまえ、水よ。我の意思に従いて、この者の衣服、体を洗浄せよ。』」
私の力ある言葉に反応し、言葉通りに水の魔法が発動する。
ザアッ……
水で床やその他を水浸しにするなんて失敗は、さすがにしない。ただ、少しルウの服が湿ってしまうのがこの魔法の欠点だ。
だから、次にこう唱える。
「『我に従いたまえ、火よ。我の意思に従いて、この者の服に、乾きを。』」
こうすれば、もう服はきれいさっぱり乾いている。
これが、お金がない時によく使う魔法。
……お金がある時はちゃんと洗濯するよ? でも、洗濯代さえも惜しい時には、この方法は重宝する。
「さ、行きましょ」
鞄を持って、私は部屋を出た。
「そう、だね」
ルウも、それに続く。ルウは、学校は嫌いな方ではない。むしろ、人づきあいができる、と好きな方なはずだった。
でも……なぜか今日のルウの顔は曇っていた。
楽しみに学校を向かっていた私は、校庭の人だかりと悲鳴を聞きつけた。
「……………え?」
茫然と、校庭を見る。
夢であってくれ、と。
「サラ……あまり、見ない方が……」
何? 何があったの? ルウ、ねえ、教えて?
広い校庭に、大きな血の花が、ひとつ。
苦痛にゆがめられたまま固まった顔。
引きちぎられた四肢。
そして、大きく描かれた『イノベート』という血文字。
それらが、昨日元気に話していた美加だとは……にわかには、信じられない。信じたくない!
信じない!
「う、うそ……嘘よ……」
そうだ。うそだ。昨日あんなに元気に話していたじゃないか。その美加が、死ぬわけない。
「……サラ、帰ろう。今日は、ゆっくり休んで……」
「いや!」
私は叫ぶ。
「サラ!」
「!」
ルウに怒鳴られて、私はびくっとなる。でも、すぐにいつものやさしいルウに戻って、いつもより優しい声色で、言った。
「……ね、帰ろう? あんまり、友達の死体なんて、見てて気持ちのいいものじゃないから……一度帰って、気持ちが落ち着いてから……」
「私は大丈夫! これは、うそ、いや、ゆ、夢なんだから……」
そうだ。これは、夢なんだ。夢ぐらいで、私は動揺しない。そう、大丈夫……
ルウは、一度深く傷ついたような顔を一瞬だけ見せたけど、
「……そう、これは夢だよ。いつかは覚める夢」
と優しく言ってくれた。
「……そうよね。美加がそう簡単に死ぬわけない、よね……」
そう言うと、ルウは痛ましそうな表情になった。
「……そう、だね。…………ゆ、夢とはいえ、友人の死体を見て辛かっただろう? 一度帰ろう?」
「そうね。一度帰りましょう……」
「ついてきて……」
「……うん」
私はルウに手をひかれ、帰路についた。
ああ。夢とはいえ、なんて後味の悪い。どうして私は美加が惨殺されるような夢を見ているんだろう?
私、そんなに美加のこと嫌いだったのかな? ううん、違う。違う。違うはず。目が覚めたら美加には優しくしてあげなきゃ。そう、うんと、うんと優しく……。
……ルウ、どうしてあんたは夢にまででてきて優しくするの?
……すがりたくなっちゃうじゃない。