第2世界第一話〜噂〜
「ねえ、サラ?」
一緒に食事をしていた友達が、今までの会話の流れをぶったぎって切り出した。
「ん? 急になあに?」
ここは昼休みの教室の中。学食連中が多いため、この時間帯はほとんどクラスメイトがいない。変な学校、とは思うけど、まあ、家庭の事情は人それぞれ。いちいちツッコんだりはしないが……。
それと、今、ここにルウはいない。弁当はあるのに、友達に誘われて学食に連れられてしまったのだ。
今頃、楽しいおしゃべりでもしているんだろう。私が作ったのに、なんで私と食べようって思考にならないのかがホントに不思議。
「『守護者』って知ってる?」
「はあ? それくらい知ってるわよ。館とかを守る…」
「違う違う。都市伝説の方。」
「…都市伝説ぅ?」
思わずそう訊いてしまった。『都市伝説』って……。要するに怪談話のリアル度三倍増しみたいなものでしょ? それをいかにも真実です、みたいな切り出しかたされるのはあまりにも…ねえ?
「知らないの? 女の子なら誰でも知ってるよ? ……しかたないなあ。」
おせっかい、いや、親切にも、この友達……結城 美加は、その内容を教えてくれるようだ。というか聞かせるつもりだな。もっと言えば気が済むまで喋りまくるつもりだな。
「いい? ネットで、『守護者』って検索するの。検索エンジンはなんでもいいわ。すると、いっぱいでてくるけど、それのどこかひとつに『守護者』に依頼できるサイトがあるの。そこに依頼すれば、どんな困難も乗り切れる、っていう噂よ。」
「……馬鹿らしい。」
「酷っ!」
私は一刀両断した。いや、あんまりにもあんまりな。
「あのね、美加。そんなのあり得るわけないじゃない。それに、検索したどこかって……多すぎるでしょう」
「だから、よっぽど切羽詰まった人間だけしかアクセスできないの!」
「へえ……」
「信じてないね?」
「もちろんよ。」
口でそうは言っても、じつは半ば信じかけていた。
……普通、こんな噂は信じない。
でも、私は普通じゃ、ない。長い時をルウと共に歩む旅人なのだ。今まで、いろんな世界を旅してきた。その中で、時々に耳にするある単語がある。
『異界士』という職業だ。
今の『守護者』と同じような内容だが、違うところがひとつある。
私は、実際に『異界士』に会ったことがある。どころか、その片割れと親友だ。
異世界を渡りながら、その行く先々で依頼をこなす。
たぶん、『守護者』も、彼らの別称なのかも知れない。
うんうん、そうなんだ、きっとそう。そうじゃなきゃ変よ。私は半ば無理やりそう結論付けた。
「あんた、そんなの信じてもいいことないわよ?」
「むう……まさかここまで信じてくれないとは……」
私がこうやって噂を否定するのには、理由がある。
『異界士』…いや、今は『守護者』か。『守護者』に依頼するのには、莫大なお金がかかる。
しかも、一億とか、そんなレベルの。「子守から戦争まで」が建て看板(看板なんてありゃしないが)の異界士だが、料金は恐ろしいことに『一律』なのだ。
ようするに、子守させても一億。
戦争させても一億。
もしまかり間違って美加が依頼なんかしたりしたら、身の破滅だ。友達である私としては、止めてあげたい。
「…まあ、都市伝説だし。信じるも信じないも私の自由…そうでしょ?」
「…そうだね。よく考えたら、サラには『守護者』なんかいなくても、ルウ君がいるからね〜」
「!? バ、バカ! ち、違うわよ!」
「あれ〜? 顔が真っ赤ですよ〜?」
「う、うるさいわね!」
「てれ隠し〜?」
「ち、違うって! 誰があんな弱虫でお人よしのあいつなんか!」
「はいはい」
「だから、違うって〜!」
それから放課後まで、美加にはこのネタでいじられ続けた。
……そんなに信じてあげなかったのが癪だったのかな?
帰り道。ルウと歩く道。
不思議と、心がポワポワする。ルウが隣にいるから?
「……ふうん、『守護者』、ねえ ……リンク達もまた、面白いネーミングセンスしてるなあ」
私は、昼休みに耳にした噂を、ルウに言っていたところだ。
リンクとは、さっき言った『異界士』の親友の一人。
本名、リンク・ソル・ジェイド。
名前の通り、太陽見たいに明るい人だ。
めちゃくちゃいい人で、外見も私たち(16歳前後)に近いんだけど…
「……あの吸血鬼夫婦、元気にしてるかな?」
「ま、吸血鬼だし、大丈夫じゃない? ……久しぶりに会いたくなったなあ」
……そう、彼、リンクとその妻エリアは、吸血鬼なのだ。
と、言っても吸血なんかほとんどしないし、太陽の下だって歩けるし、ニンニクや十字架に恐がることもなく、流水の上だって渡れるし、棺桶で眠らなくても、白木の杭を心臓に刺したって死なない。文字通りの『不死の王』なのだ。
「……まさか、会いたいからって依頼するつもりじゃないでしょうね!?」
今の私たちに一億なんてお金、ない。というか今まで一度だって一億なんて大金、持ったこともない。
「しないさ。お金、ないしね。」
「……わかってりゃ、いいのよ。」
私たちの旅費は、ルウが管理している。
この世界での住居を借りたのもルウ、転校手続きとかしてくれたのも、ルウ。書類偽造が特技だなんて、優しげな顔して、結構やることがえげつない。
話がそれた。私たちの旅にはお金がかかる。
かりそめのものとはいえ、住居がいる。当たり前だがこれが一番お金がかかる。
そのお金がないために、ひとつの世界に十年間、なんてこともあった。
「……相変わらずね。」
私たちの住居、オンボロアパート。
この世界に来て二年。
いくら住んでも、このぼろさには馴れない。
私が行き渋っていると、ルウがせかした。
「どうしたの? 早く入ろう。風邪ひくよ。夏風邪は恐いからね。」
「え、あ、うん……」
ルウに手引きされ、私はオンボロアパート(三畳一間)の一室へ入った。なんでルウってこんなさりげなく女の子の手をひけるのかな?