第3話〜逃亡〜
「さあ……て。追いかけっこはもうやめようか」
湖まで辿り着くと、僕は振り返った。
夕焼けに染まった湖が後ろにある。もう、後戻りや逃亡はできない。
そのことを悟ったのか、化け物どもは行進をやめた。
ここは小高い丘になっているので、彼らを一望できる。
「……くすくす。可笑しいね? 君たちは、異世界のか弱い僕らを見つけて、歓喜しているんだろうね」
あの集落は、いや、この世界はそのものが罠になっている。
迷いこんだ人間がここの住人に話しかけると、発動する罠。
なぜ、こんな集落、種族があるのか?
……そこまではわからない。神様にでも、訊いてくれ。あえて想像するとしたら、きっとここはもとから異世界人が多く来る土地柄、いや世界柄で、いつしか異世界人を文字通り食い物にするような進化を遂げていったんだろう。……なんで知性まで捨てたのかは見当もつかないけど。
とにかく、ここの生物は、人間ではない。
「そして、そんな君たちの同類かもしれない『何か』は、君たちを、倒すんだ」
僕は、人間ではない。
全力疾走を今まで続けてきたのに、息を切らせることすらない。
片腕を斬り落としたのに、出血はもう止まった。
僕は人間ではない。
じゃあ、僕はなんなんだ?
……わからないし、今となっては知りたいとも思わない。
僕はただ、旅を楽しみたいだけだ。
「行くよ。名も知らない同類達。」
片手で細剣を抜き放つ。
「さあ、かかってきなよ。今まで培ってきた技……披露してあげるよ」
僕の言葉を引き金に、化け物達が咆哮と共に襲いかかってきた。
「ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」
僕は細剣を正眼に構え、迎撃しようと、振りかぶった。
「――――――――なんてね」
僕の後ろの湖が、干上がった。
その原因となったそれは龍の形を作り、化け物たちを体当たりでなぎ倒し、焼き倒していく。
「遅いじゃないか、サラ。もう少しで本当に大群と戦う羽目になってたよ。」
「……ねえ、お礼とか、ないの? 助けてあげたんだよ? わざわざアレまで使って」
怒りとも悲しみともつかない表情をして、サラは僕に言った。
「……ありがとう、サラ。」
僕は、化け物たちの後方からようやく追いついたサラにお礼を言った。
「とにかく、アレにあいつらが気を取られてるうちに、早く逃げましょ。こんなところ、もう一分一秒でもいたくないわ」
化け物たちは高熱でできた龍に『気を取られる』どころか次々と倒されていて、全滅するのも時間の問題とは思うんだけど……。
「そうだね」
また復活して襲ってこないとも限らない。今のうちに世界から出ようかな。
僕はこそこそと化け物たちにばれないように、サラのところまで行った。
「……やっぱり、魔法はすごいね」
言いながら、僕らは森の中に入り、歩き始める。
斬った腕を魔法で回復しなきゃ。魔法があるってわかってたから、腕を斬り落したんだよね。
それぐらいはサラもわかっている。
「……わかってるくせに。……って、そんなことはどうでもいいから、腕、見せて!」
「あ、……うん」
僕は歩きながら、サラに腕を見せた。
「うっわ……。痛そう……。よくこんなの自分でできたわね。……ね、ねえ、も、もしかしてルウって、М?」
「М? なんのこと?」
「い、いや、なんでもないわ。…『キュア』」
そうサラが唱えると、みるみる内に手が生えて……生えて……
「……生えてこないじゃないか」
「当たり前よ! そう簡単に生えてきたら恐いわよ!」
ものすごい勢いで怒鳴られた。う〜ん。そういうものなのかな? 魔法はなんでもできるってイメージが頭から離れない……
「って、え?」
急にサラが驚きの声をあげた。
「ん?なに?」
サラが、僕の腕を凝視していた。
……なんだろう? 僕の腕なんかみてもつまらないだろうに。
「ルウ……は、生えてる……」
「……は?」
サラにつられ、僕は腕を見る。
「……わお」
もののみごとに、斬られた腕は元通りになっていた。……なんで?
ここは世界の外。
いったん逃げた僕らは、腕が治ったことを確認するとすぐに外にでた。
さすがに、化け物に狙われたままで楽しい世界旅行、とはならないし。
なぜ危険な状況になってすぐ逃げなかったのかというと、外に出るための『扉』は、一定の条件がないと作り出せないから。
といっても扉を作ってる僕でさえ、その詳しい条件は知らない。けど、『緊急事態に逃亡のために扉を作る』ことはできないみたい。
「……ああ恐かった」
なんとか助かったことに胸をなでおろしながら、サラは安堵のため息をついた。
「……恐い? いつものことじゃないか」
この程度のピンチ、いつもなら笑って乗り切るのに……どうしたんだろう。
「あんたが腕斬り落とすからでしょうが! ほんとに、もうやめてよね……心臓に悪いわ……」
……たしかに、僕が自分を傷つけるなんて、ずいぶんと久しぶりだ。いや、したいとも思わないけど。
まあ、とにかく。だからサラにいらぬ恐怖を与えたのだろう。って、あれ、それにしても……
僕が腕を斬り落とすことと、サラの心臓……いったい、どういう関係が?
「というか、なんで腕生えてきたの?」
「あ~。それは多分……」
多分、僕が人間じゃないからだと思う。人間用の魔法が、人間以外である僕に別の作用をもたらしたのかも知れない。こんな誤作動なら大歓迎。……でも、サラには説明しづらい。
「い、いいじゃない、そんなこと。サラの魔力が強かった、ってことで」
「……ま、そんなとこでしょうね~。……というか、さっさと次の世界行こ。こんどは平和な世界がいいなあ……」
「……そうだね」
僕たちは次の世界を探すため、扉が並んだ世界を歩き始めた。
――――――僕らの旅は、まだまだ続く―――――――――
ここでひとつ目の世界は終了です。
つぎはきっと、二人は高校生にでもなってるんじゃないですか?
…では、引き続きルウとサラの物語をお楽しみください。