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番外編〜見えないソラ〜

 「今回はありがとうございました。本当に、ありがとうございます……」 


 そう言って、頬がこけた老紳士が、少年と少女に深く、頭を下げた。


 「……そんな。俺は当然の義務を果たしただけです。お金をもらっている以上、仕事をするのは当たり前なのですから」


 黒髪黒目の、顔つきがよく、全身を黒のマントで覆った少年が、謙遜するように言った。

 少年の傍らには、つき従うように青髪青目の美少女がいる。

 彼女も、少年とおそろいの首筋から足首まで覆う黒のマントを着ていた。


 「……高い職業意識もお持ちのようですね」 


 老紳士は頭を上げるとしみじみと言った。


 「昔の若いもんはいいやつばかりじゃった。それなのに今はやれパソコンじゃ、やれゲームじゃ、言うてまるで真心がなっとらん。……はあ、なぜこんな世の中になってしまったのか……」


 老紳士は愚痴るように言った。


 「本当ですね。ほんの500年前ぐらいはこの世界はとても住みやすかったのに、今じゃかなり住みにくい……。本当に、くだらない世界になってしまった」


 それに乗じて、少年も不快そうに、吐き捨てるように言った。

 老紳士はぽかんとした顔になった。

 しかし、それはすぐに悲しい笑みに変わる。


 「……そうか、こんな老いぼれに話を合わすためにわざわざ嘘をついてくれるのか。本当にあなたはお優しい……」


 少年は、その言葉を聞いて、さらに不快な表情をした。


 「……まあ、あなたのような反応はまだいい方でしょう。酷いやつになると精神病院に連れて行こうとしますからね」


 少年はあくまでも冷静に言った。


 「……リンク、そろそろ行きましょう。次の依頼があるわ」


 そこで初めて、傍らの少女が声を発した。

 ささやくような細やかな声。しかし、老紳士にもはっきりと聞こえる。

 リンクと呼ばれた少年は、一転表情を明るくした。


 「……では、俺はこれで」

 「……ええ。では、またどこかで」


 それだけを言って、三人は別れた。

 














 都会の道を、二人は並んで歩く。

 右には大きな3車線道路があった。ひっきりなしに車が行きかっている。

 左には、ファーストフードやら寿司屋やら、様々な店がずらりと並んでいる。

 リンクはふと、顔を上げた。

 広大なはずの空はビルに阻まれ、とても狭く、小さく見える。


 「……なあ、エリア」


 傍らの少女はその声にすぐさま答える。


 「はい、なんでしょう」


 言葉づかいは夫婦のものではなく、完全に主従のそれだった。


 「……エリア、もう仕事は終わったんだ。もとに戻ろう」


 そう言うと、エリアはすぐに口調を変えた。


 「わかったわ。……で? どうしたの?」


 さきほどまで敬語を使っていた相手とは思えないほど、なれなれしく、そして自然な口調だった。

 リンクはその変化に馴れているようで、気にせずに続けた。


 「なあ、エリア。俺たちはこの世界の空にほれ込んで、居着いたんだよな?」


 なつかしむように言うリンク。


 「……ええ、そうだったわね」


 エリアもどうやら同じ心境なようで、悲しげだった。


 「……あれって、何年前だったっけ?」


 狭く、小さく低く見える空。彼の中ではこの世界の空は、広く、美しく、雄大で、どこまでも高かった。


 「……まだ、ほんの700年前よ」


 700年前……それはこの世界にリンク達二人が入った時である。


 「……変わっちまったな」

 「そうね……」


 ちょっとした依頼で、この世界に二人は入った。

 依頼の内容は二人とも忘れたが、その時に印象に残っているのは。

 いつもの倍の報酬ではなく、普段よりもはるかに楽な依頼内容でもなく。

 緑あふれる小高い丘で見た、どこまでも続く、青空。

 ひとたび見下ろせば緑の森や茶色が目立つ村々が一望でき、ひとたび見上げればうっとりするようなほど青く、そしてところどころ白い大海原のような空が望めた。

 この美しい空を、もっと見ていたい――

 二人がこの世界に定住を決意するのは、こんな単純な理由だった。

 いつもなら、10年で飽きがきた。それなのに、この空を見ているとなぜか飽きが来ない。だから二人はさらにこの空に耽溺するようになる。

 ……しかし。


 「……10年で、ここまで変わるとはな」


 たった10年。二人が眺めてきた年数の数分の一。

 それだけの時間で、人はこの美しい空を覆ってしまった。

 どこの世界にでもあるようなコンクリートの塊で、蓋をしてしまった。


 「……これだから、人は嫌いなのよ。本当に大事なものが何かを気付かずに、自分たちのしたいことだけをしたいだけする。なのに飽きるのはほとんど一瞬。そしてようやく気付くの。自分たちが何を破壊してきたか、何を蹂躙してきたかを。……ほんとう、いやになるくらいの愚かさだわ。……くだらない、人間の暇つぶし。建築物なんて、そんなのどこの世界でもあるじゃない。それなのに、なんでここの住人はこの空の美しさに気付かないのかしら?」


 エリアは心底分からない。なぜ、人間はこうも自然を壊したがるのか。なぜ、自然のもので満足できないのか。


 「……本当、エリアの言うとおりだ。俺も、ここの人間は好きじゃない」


 リンクも、悲しそうに同意する。リンクはもうほとんどこの世界に飽きていた。美しい空がなければこんな世界、それこそ億とある。


 「……つまらないな。……本当に、つまらない。あの空がなければ、こんな世界……」


 悲しそうに言う。

 自然の失われた世界ほど、味気ないものはない。リンクは長すぎる人生の中でそう悟っていた。


 「……もう、出よう。こんな世界、見てても気がめいるだけだ。全て壊してからでもいいけど、力がもったいない」


 気が抜けたように言うリンクの顔に、もはや期待はなかった。

 ここまできたら、もうお決まりの転落パターン。二人はそれを悟っていた。

 このまま科学が発達、そして、その結果の異常気象。最終的には天変地異が起きて、滅びる。

 この美しい空が、あと数千年後には跡形もなくなるのだ。リンク達が悲しむのも、無理はない。


 「……リンク。次は、どの依頼にする?」


 エリアが、感情を殺した声で訊いた。

 エリアは、仕事の話をする時、仕事中、普通の時で性格がそれぞれ違う。

 普段は理性的な才色兼備な器量よしの妻だが、仕事の話をする時は機械のように感情がなく、口調もそれに応じて抑揚がなくなる。

 仕事中は打って変わって、猟奇的な人間に変わる。

 エリアのそんな変化にリンクは特に戸惑う様子もなく、


 「……普通の依頼がいい」


 と普通に答えた。


 「そう。じゃあ、行きましょう」


 世界の扉を近くの壁に出現させ、扉を開けた。 


 「じゃあ、行こうか」


 もはや何の感慨もなく、二人は、この世界から消えた。

 そして、彼と彼女が愛した空もまた……消えた。















 この時から、ほんの千年後。

 この世界は、度重なる天変地異によって、滅びた。

 地震が起き、津波が押し寄せ、死が目前に迫って、人々は空を見上げる余裕がなかった。

 だから、その空は、誰にも看取られることなく、世界と命運を共にした。

 誰よりもその空を愛した彼と彼女にすら、看取られることなく。

 どの世界よりも美しかった空は滅びた。

 




 












さて、今回でこの『異世界を渡る旅人達』は終了と相成ります。

 まあ、ルウとサラ、クレアの物語は終わらないのですが、ひと段落ついたので、区切りとして終わらせました。

 ……あと、そろそろジャンルとかいろいろ変えたいな……とおもっていたので。

 今まで見てくださった方、ありがとうございました。これからもこんな拙い文章でよければ見てやってください。

 次回は、『異世界を渡る旅人達〜クレア編〜』となります。クレアが小学校に入ります。

 ……では、またお会いできることを祈って。

 ご愛読、ありがとうございました!

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