第9話〜眠り〜
お姉ちゃんがベッドに入ってきて、優しく私に訊いてくる。
「……ねえ、どうして一人でいて寂しいと泣くのがいけないの? あなたはまだ子供よ? いくら大人ぶっていても、子供よ?」
ミリアお姉ちゃんが、優しく語りかけてくる。
私はベッドに横になっていて、ミリアお姉ちゃんも同じように寝転がっている。
「……私は、大人よ。大人じゃないと、いけないの」
子供は弱い。常に誰かに守られないといけない。……弱いと、いじめられる。弱いから、いじめられたんだ。その証拠が、全身の傷痕。
ズキズキと、昨日までの傷が疼く。この痛みこそが、弱さの証拠。弱ければ、傷つけられる。
「……大丈夫よ。弱くても、ここでは誰もいじめないわ。あなたのことを傷つける人間なんて、この部屋にはいないわよ? 弱くても、子供でいても、いいのよ」
優しげに、お姉ちゃんは言った。でも、不思議なことに気付く。
……あれ? なんで、なんで私の考えてることが分かったんだろう?
「……それは、私の能力のおかげよ。『未来視』……つまり、あなたが発言した未来を、先読みしただけ。……ただ、それだけよ」
……それだけって言うけど、十分すごくない?
私は、口にだすつもりで、でも実際には口に出さずに思う。
「すごいかしら? あなたの『ユージュアクション』のほうがすごいわよ?」
そんなことない。私の能力は、人殺しにしか使えない、くだらない能力だ。
「……ねえ、私の『未来視』に頼って会話しようとしてるでしょ? 結構疲れるのよ、これ」
……ごめん。でも、私なんだか疲れちゃって。……今朝、ミリアお姉ちゃんの言った通りになった。これも、『未来視』の力?
「……違うわ。いつでも、どんな些細なことにも『未来視』を使っていたら、疲れちゃうでしょ? だから、重要な時だけ、使うようにしてるの。たとえば、疲れ切った妹と会話する時……とかね」
……ありがとう……ごめんなさい……
「……ごめんなさいはいらないわ。ありがとうだけ、受け取っておくわ」
……そう……
「……眠いのね? 大丈夫、お姉ちゃんがついていてあげるから。ゆっくり休んで」
……あ……りが……と……う……
「…………お休み、クレア」
………………くう……くう……くう……
「ただいま……」
僕は我が家の玄関を開けた。
ぐでぐでに酔っぱらってサラを背負いながら。
「お父さん、どうしたの?」
ミリアがクレアの部屋から出てきて訊いた。
「アルコールに弱いなんて、知らなかったよ。まさか一杯で倒れるとは……」
僕は後ろのサラを見やりながら、答えた。
「どうせお父さんのことですし、ウォッカでも飲ませたんじゃないですか?」
「僕はそこまで鬼じゃないよ」
お酒も知らないような女の子に、アルコール度数60なんてお酒、飲ませるわけないじゃないか。……僕は好きだけど。
「じゃあ、なにを?」
その問いに、僕は答えようかどうか迷った。
「……『未来視』は?」
説明するのも手間なので、僕は望みをかける気分で訊いた。
「愛する妹に使って、今日の分は終了です。ごあいにく様」
……むう。それなら仕方ない。
「……たぶんバーボンぐらいだと思う」
「それ、どう考えてもアルコール度数40%超えてるじゃないですか。女の子に飲ませるお酒じゃないですよ」
正直に答えたら怒られた。まあ、僕もちょっと配慮が足らなかったと思ってたけどさ。
「……そうかな?」
「そうです! ああ、かわいそうなんでしょう。お父さんにお酒を勧められたばっかりに、前後不覚な状態になって、あまつさえお父さんに介抱されるなんて……………羨ましい妬ましい」
「何か言った?」
どうも最後の方が聞き取れなかった。なんて言ったのだろう?
「こほん、なんでもありませんよ。……あ、そうだ。クレアは今寝ていますので静かにしてあげてくださいね」
「うん、わかった。……そうだ、ミリア」
僕は、サラの寝室、つまりクレアの寝ている部屋に入った。
「……なんですか?」
ミリアは、僕に付いてくる。
「……明日、行くよ」
サラをベッドに寝かせながら、言った。
クレアとサラを起こさないように注意しながら、慎重にベッドに寝かせる。こうしてみると、二人は本当に親子のようだ。髪の色も瞳の色も顔も性格も何もかも違うけど、それでも僕にはこの二人が生来の親子のように感じられた。
「そうですか。では、占って差し上げましょう」
そう言って、ミリアは水晶を取り出した。僕はベッドで眠るサラから、ミリアに視線を移す。
「今日はもう使わないんじゃ、なかったっけ?」
意地悪っぽく、僕は言う。
「……これは特別です。では」
そう言って、ミリアは目を閉じ、水晶に手をかざす。
ミリアの能力、『未来視』。10年先の未来までを完全に見通す能力。
彼女が今使っている水晶などは完全に飾りだが、占いの効果は絶大だ。
何しろ未来を見て、それを伝えるだけなのだから。
「『あなたの未来、語りましょう。あなたの未来を、教えましょう』」
彼女の本業は『占い師』。だから、つい婉曲に言ってしまうらしい。
「『あなたは近い未来、選択を迫られます。その選択、あなたは自分の後悔のないように選びなさい。そうすれば、おのずと道は開けるでしょう……』」
そう言うと、占い師としてのミリアは、もういなくなった。そこにいるのは、僕の娘。
「……疲れました。能力を制御できるようになってから駄目になりましたね、どうも」
疲労感をにじませて、彼女は言った。
「どうして?」
「それ以前はオートでしたから、未来を見ることに慣れていましたが……。今は未来を見ないことに慣れてしまって」
本人の中では結構重要っぽいんだけど、僕にしてみれば喜ばしいことこの上ない。前は未来を見るたび、辛そうにしてたからね。
「疲れたみたいだし、休みなよ。僕のベッド貸してあげるから」
「なら、お父さんはどこで寝るんですか?」
僕? ……そうだな、どこがいいだろう?
「床で寝るよ」
「そんな!」
「だめ。君は僕の部屋で寝るんだ。……分かった?」
「うう……」
しぶしぶ、彼女は頷いた。
……やっぱり、女の子を床に寝かせるわけにはいかないからね。