第2話〜化け物と死の行軍〜
僕が感じていた違和感と疑問は集落について完全に、完膚無きまでに解消された。でも、すっきりした半面永久にわかりたくなかったな、と思う僕もいるわけで。
夕暮れぐらいに着いた集落は、不自然なまでに湖の近くにあった。
で、着いてからそう時間が経っていない現在、僕とサラは走っている。
夕焼けの空バックに……
狭い森の道を、全力で。
「こ、こら、ルウ! 何のんきにモノローグしてんのよ! あんた今状況わかってる!? つか、ちょ、ちょっとは、警戒しなさいよ!」
「ははは。さっきの仕返しかい?」
「っさい! しゃべってる暇があったら走るのに集中しなさいよ!」
「わかったよ。ていうか君が始めたんじゃないか……」
「黙って!」
「……」
……まあ、集落に着いたまではよかったんだけど……
そこにいた住人たちがやばかった。住人達は、僕たちを見るなり、叫んで襲いかかってきたんだ。
いやあ、恐かった恐かった。
だって、声をかけるまでは普通だったのに、「あの…」の一言で、野獣みたいに目をギラギラさせて「ギィアアアアアアアアアアアア!!」って襲いかかってきたからなあ……。
しかも、その一声が引き金になったのか、次から次からそんな『野獣住人』が出てきて、あまりの大群が出てきたところで回れ右、その結果が、これ。
ああ…なんの因果でこんなことに?
「だから、しみじみ回想にひたる暇があったら、あの化け物どもを斬りなさいよ!」
「……やだよ。」
「はあ!? なんでよ!」
「…だって、斬ったら緑の液体が出てきそうだから。」
あいつらはそんな、『ゾンビ』という単語の意味の全てを凝縮したような容貌で、しかもたいてい、そういうのを斬って出てきた液体は鉄を溶かしたりするのだ。僕の細剣は一点ものなんだ。愛着もあるし錆させたり溶かしたくない。
「ふざけんの!? ちょっとはまじめに……」
「いや、待ってよ」
サラはそうツッコむけどさ……
ちらりと、後ろを振り返る。
もう、ほとんどモンスターの軍隊。
これを見て、『戦え』と?
……もしかして、サラはこれを見ていないんじゃないか?
「サラ、あれを見た? この状況で一度でも止まってごらん? 次の瞬間にはきっとあいつらの晩御飯だよ?」
「はあ? そんなはず……きゃ、きゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!! な、なによあれええええええ!!」
まあ、サラはさっきから一心不乱に走っていたから見る暇なかったんだろうけど…
はじめの時より確実に数増えてるからなあ…
「そろそろ4ケタいくんじゃないかな? ほぼ10倍だね。」
「んな悠長なこと、言ってる場合じゃ、ないでしょうがあああああああああああああああああああ! とっとと逃げないと、く、食われるうう!」
お、すごい、加速した。
1時間ぐらいずっと走り続けているのに、人間、やればできるんだね。
「る、ルウ!? ど、どうすんのよ、この大群………。その、わ、私そろそろ、限界、なんだけど……」
「……だろうね。」
そもそも、人間は長い間走り続けれるような作りをしていない。今のサラでも、十分超人の域に入るだろう。
「…『魔法加速』は?」
「と、とっくに、やってるわよ……私、体力は普通の女の子なんだから……魔法が、使えなかったら、私、とっくの昔に、あいつらの餌……」
「……ほかになにか強化魔法ないの? たとえば、あいつらにかみつかれても傷一つつかないような防護魔法とか」
「あるわけないでしょ、そんな便利な魔法…」
「……じゃあ、回復魔法は?」
だんだん走るスペースが落ちてきたサラに、僕はそう訊いた。……まずいな。早くしないと、もうもたないよ。
「は?…まあ、あることにはあるけど…」
「ん。じゃあ、逃げようか。」
回復魔法があるなら安心。僕は腰の細剣を一振り、抜いた。
順手で握り、空いた方の腕に刃をあてる。……ううん、覚悟したこととは言え、ねえ。
「え、ちょっと、ルウ………まさか」
一気に刃を振り下ろし、自分の片腕を斬り落とした。
「ぐっ…」
片腕が道に取り残され、血液が流れ出る。あまりの痛みに、一瞬だけ細剣をとり落としそうになるけど、こらえる。
「な、なにしてんのよ!」
「い、いいから、大丈夫。早く、君は脇道にそれて。僕がおとりになる」
言いながら、並走するサラを蹴飛ばした。
「いたっ、ちょ、る、ルウ!」
なんの抵抗のなく、木々の間に隠れたサラ。
脇道に入れば、おそらくサラは追撃されない。残した片腕があるし、血の臭いは僕の方が濃い。
獣なら、間違いなく僕を選ぶ。
「来い、化け物たち! おいしいご飯はこっちだよ!」
叫びながら、僕は走る。苦痛はあるけれど、戦えないほどじゃない。
仲間を、相棒を守るためなら、多少の無茶はしてやるさ。
目指すはさっきの湖。
あそこが、決着の場だ。……サラなら、きっと大丈夫。