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第8話〜ルウとの話〜

 ……私はルウについていったことを軽く後悔していた。

 たとえば、の話である。

 恋人、つまり好きな人のイメージ、というものがあるとする。

 その人は優しく、微笑みをいつも絶やさない人間で、常に周りに気を配り、孤児院みたいなことを慈善でやるような仁徳に溢れた人間だとする。そして、それから導き出されるイメージとは、どんなものだろう。

 たとえば、性の知識をまったく知らなかったり、お酒、タバコは絶対にしない、とか、そういったあからさまな、実在したらどう考えてもおかしいだろってぐらい善人なイメージが定着してしまうのではないだろうか。

 ……あくまで、例えの話。そう、例え……


 「……どうしたの? 座りなよ」


 ……例えだったら、どれほどよかっただろう。私はそんなイメージを知らずのうちに抱いていたようだ。……こんなに落胆した気持ちになるなんて、信じられない。

 マンションから出てすぐ前にあるバーに、私は連れてこられた。

 プロペラの換気扇が天井にいくつもある部屋。

 全体的な色調は暗く、そして照明もそれに合わせて暗くなっている。

 ルウが座っているのは、いわゆるバーカウンターと呼ばれる、板状の素材をそのまま使ったような、そんなテーブル。向かい側には、バーテンダーというか、マスターというか、とにかくそれっぽい人がいた。

 テーブルに座るお客も、雰囲気に合わせて大人っぽい、ダンディな人がほとんどだ。私たちみたいな子供っぽいヤツなんていない。

 ……ここはもうイメージ通りの酒場バーなのだ。お酒を飲む、ちょっぴり、いやかなり大人なお店。


 「……こんな店、知ってたんだ。……よく来るの?」

 「まさか。初めてだよ。……秘密の話をするのにはうってつけかな、って思って」


 シチュエーション重視とは、また意外な。


 「……お金は大丈夫なの?」

 「大丈夫だよ。……さあ、座って」


 ルウに言われるがまま、ルウの隣に座る。ここは大人用の施設なので、高校生の私では、少し足が届かない。それはルウも同じなのだが、ルウは異常にこの空間が似合っていた。まるで、しつらえたようなまでの、違和感のなさ。白い髪が薄暗闇に映えて、普段よりさらに綺麗に見える。


 「……話って、何?」


 なんだか無駄話をしていたら呑まれそうだったので、さっさと本題に入ろうとする。


 「……せっかちだね。まあいいよ。こういうところから出たいのは僕も同じだし」


 なんだか、いつもならすんなり信じるはずのセリフが、嘘くさく聞こえる。


 「さて、何の話か、だったね。……それはね、簡単なことさ。クレアのことだよ」


 でも、クレア、という名前に、私は心を切り替える。


 「……クレアが、どうかしたの?」

 「彼女のことは、基本的に君に任せたいんだ」


 その言葉に、私は胸が疼くような熱さを感じた。

 今まで、旅の仲間としてしか見てくれなかった。相手の私生活と、いうか、ルウの過去に関わったことが、今までなかった。

 だから、頼られて嬉しかったのだ。ルウの過去に触れて、旅仲間以上に信頼されて嬉しいのだ。


 「もちろんよ。あなたは男なんだから。クレアは怖がるわ」

 「わかってるよ。……じゃあ、今後の教育方針だけど、どうする?」


 ああ、こんな話をルウとできる日が来るなんて!!

 いつか、結婚したら(まだ告白すらしていない)するだろうとは思っていたが、まさかそれがこんなにも早く来るなんて!


 「……そうね。まず、私は叱って、ルウはあるていど甘やかす、ってのはどう?」

 「ふうん。どうしてそう思うの?」

 「あなたが叱ったら、男に対する恐怖が増すだけだけど、甘やかしたら、少しは考え……つまり、『男は怖い生き物』って価値観を変えられるかも知れない」


 これ、結構いい案ではないだろうか。こうすれば、少しづつではあるが、男に対する恐怖も薄れるのでは……


 「ううん。そこは変えるべきじゃないよ」


 でも、だめ出しされた。


 「なんでよ!」

 「……クレアの男性恐怖症は、しばらく治すべきじゃない」

 「だからなんで!」

 「男が危険なのは、何も間違いじゃないからさ。……実際、クレアは男に酷い目に遭わされている。……それがどれほどの恐怖で、どれほどの苦痛かは、君も僕も分からない。専門家じゃないし、変えたほうがいいのか、変えないほうがいいのか分からない。……でも、男が危険である以上、その恐怖は残しておくべきだと、僕は思う。変に油断させて、もしものときに危機感が働かなくなったら、大変だよ」


 ……確かに、それは事実を含んでいる。……でも。


 「でも、あの怖がり方はおかしいわ。あのままじゃ、学校にも通えないよ? それでもいいの?」


 そう、私は訊いた。


 「……構わないさ。別に四六時中一緒にいなきゃいけないわけじゃないんだから。あの子だって、男と付き合って、結婚するなんて考え、かけらだって抱いてはいないんだ。逆に、僕らがそんな方針で育てているともしばれたら、クレアは壊れるよ?」


 ……確かに、私たち親の望みは応えてあげたいと思うのが小学生低学年の思考だろう。

 それが男性恐怖症を治すこと、だとわかったら、クレアは悩むだろう。悩んで、悩んで、悩んで、あっさり壊れてしまうかもしれない。

 あの子は脆い。会ってまだすぐだけど、分かる。まだ、心の傷はかさぶたすらできていない状態なのだ。傷を治すのにいっぱいいっぱいなのに、変化を求めたら、きっと……


 「……確かに、そうかも。……わかった。クレアの恐怖症については、このままで、というこね。……でも、ルウはあんまり怒ったらだめ。クレアが怯えるから」


 でも、ここだけは曲げられない。ルウは怒ってはいけない。怒るのはあくまで、私の役目。


 「うん、わかってる。……さて、話は終わったし、何か飲んでいく? ここのお酒、美味しそうだよ?」


 ……ルウって、お酒飲むっけ?


 「いや、私は……」


 否定しようとして、ふとそこで、部屋の状況を思い出す。

 たくさんのクレアの姉の、私に対する態度を。

 きっと今帰っても、無視されるだけだろう。空気同然の扱いなんて、嫌な思い出しかない。

 ……なら。


 「……飲むことにするわ。ルウのおすすめで」

 「うん。分かったよ。マスター、これ……」


 それなら少しの間だけ、お酒を飲むのも悪くはない。


 


 ……そういえば私、お酒なんて飲めたかなあ……?

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