第5話〜変化と出会い〜
ん……
朝、だ。
……!
ガバッ!
私は跳び起きる。
……訓練の時間だ! まずい、寝過した! ま、また、いじめられる……!
「……あ、あれ?」
起きてみて、周りがおかしいことに気付いた。
いつもの牢屋じゃ、ない。
どころか、白い、全体的小奇麗な部屋で、本の中でしか知らなかったベッドに寝かされていた。周りを見渡しても、本棚以外は家具はないように見える。ベッドのそばの窓からは、都会の風景が見える。
……ど、どういうこと?
理解が及ばず、私は戸惑う。
すると、部屋の扉が開いて、女の人が入ってきた。女の人はベッドのそばまで来ると、笑顔で言った。
「寝心地はどうだった? けっこういいベッドなのよ、それ」
「あ、おかあ……さん……」
思い出した。私はサラの娘になったんだ。サラ……いや、お母さんが私を、助けてくれたんだ。あのあとすぐに私は眠っちゃって……そして、私は起きた。私は、もう屋敷に戻る必要はないんだ。
もう、苦痛に怯える必要は、ないんだ。
「どう? 普通の寝起きは」
「……気持ちがいい、かな。朝目覚めるのがこんなにすがすがしいとは、思わなかった……」
私は目を閉じて、このすがすがしい朝を感じてみる。
ぽかぽかと暖かい日差し。目を閉じていてもわかる日の光。窓から吹いてくる微かな風。
朝起きてすぐに日光を浴びれるなんて、初めてだ。
朝から血を見なくていいなんて、初めて。
人を殺さなくていい日なんて、今までなかった。
でも、それが今、私は感じている。
陳腐だけど、今私は、幸せだ。今までにない幸福が、私の中にある。
コン、コン。
ノックの音。誰だろう?
「入るよ、いい?」
あ、お父さんだ。
今までの男とはなにかが違う、不思議な人。
「いいよ」
私は、自分でもびっくりするぐらい自然に、そう言った。
お父さんは私の部屋に入ってくる。でも、お母さんとは違って、奥まで入ってこない。私は男が怖いから、その配慮だろう。
「おはよう、クレア。今日は家族の顔合わせをするから、英気を養っておいて。すぐみんな来るから」
……?
どういうこと?
疑問は、お母さんも同じのようだ。
「どういうこと? 顔合わせって」
「サラ。僕が子供服を持っていたとき、なんて言ったか覚えてる?」
「えっと……『馴れてるから』、かな……」
「そうだよ。僕はこういうことに馴れているんだ。なぜなら……」
ピンポーン。
その時、来客を告げるチャイムが鳴った。
「……来たみたい」
お父さんは微笑むと、扉を閉め、部屋を出ていった。どうやら来客を迎えに行ったらしい。
「……家族って、お父さんのお父さん?」
「う〜ん。聞いたことないな……誰だろ?」
来客が誰か分からないのは、お母さんも同じのようだ。
「……でさ、君みたいな子がまた増えたんだよ」
「そうなんですか! それはよかった! また、あなたに救われた人が増えたんですね!」
「……君たちみたいな子がたくさんいるのは、あんまりいいことではないけどね」
部屋の向こうで、楽しげに話す声が聞こえた。お父さんと、もう一人。……誰?
「えっと、ここ?」
「うん。じゃ、僕は玄関で他の子の迎えやっとくから、あとはよろしく」
お父さんの声が遠ざかる。
「……あの……入ってもいいかな?」
女の人の声が聞こえた、高い、綺麗な声だ。
「いいわよ」
お母さんが言うと、扉が開いて、女の人が入ってきた。
漆黒の髪に、綺麗な茶色の瞳。
とっても美人な女の人だ。
「私はミリア。ミリア・ペンタグラム。……あなたは?」
彼女は、私にそう言った。
「……クレア」
声は震えていたかも知れない。だって、あんまりにもきれいで、緊張する。
訊いてきた割に、、ミリアはなんだかもう名前など知っているような感じだ。いや、もっと深い何かまで知っている……そんな感じ。
「……ミリアって……あ! あの時ルウと一緒にいた女の人!」
お母さんが、思い出したかのように叫ぶ。
「……ようやく思い出していただけましたか? サラさん」
「あれ、なんで私の名前……」
疑問を挟もうとしたお母さんだけど、ミリアは無視して、私のそばに来た。どうやらお母さんはミリアの中では完全に部外者のようだ。それ以上のコンタクトを取るつもりがないらしい。
「もう一度、ちゃんと自己紹介をしましょう。私はミリア・ペンタグラム。『未来視』の能力者で、ペンタグラム家……つまり、あなたのお父さんの娘よ。よろしく、クレア」
ドキッとするほど綺麗な笑みで、ミリアは手を差し伸べてきた。
「……あ、よ、よろしく……お、おねえ……ちゃん……?」
手を握ってから、気付く。
……お、お姉ちゃん? 私にそんなのが……?
と、いうか……
「あの、あなたは……」
いろいろ訊こうとした時だ。お姉ちゃんは人差し指を私の唇にあてた。
「クレア。質問する体力は残しておいて。きっと、疲れるから。私は明日と明後日はいるから、急くことはないわ」
「え、えと、お姉ちゃん?」
さっきからなにを言ってるのだろう? 私、質問するぐらいで疲れるほどヤワじゃないよ? 何人も、何人も殺しても疲れないんだよ? それなのに……。
「……そんな悲しいこと思わないで。……ほら、来た」
お姉ちゃんの言葉を皮切りに。
声が聞こえた。
「ねえねえ! お父さん、また増えたって、ホント!? 嬉しいな〜!」
「…………………うれしい」
「お姉ちゃんたち、クレアはまだ小さいんだから、自分色に染めようとしてはいけませんよ?」
女の人の声が、3つ。
開きっぱなしの扉から、三人並んでその人たちが入ってくる。
彼女たちは私を見ると、先ほどの会話では想像できないぐらいゆっくりと、私のそばまでやってきた。
もっと、抱きつかれるとか、もみくちゃにされるとか思ったのだが……
「私、リリー・ペンタグラム。瞬間移動ができる元気ハツラツあんたの姉ちゃんだ!」
向かって右の、私とおんなじぐらいの背の短髪の黄色い髪、黄色の瞳の女の人は、そう言った。
……って、またお姉ちゃん!?
「………………………あなたの姉。ララ・ペンタグラム」
真ん中にいる、長めの白い髪、白い瞳の女の人は、それだけ言った。他の紹介は何にもなし。無表情だけど、声には喜びがありありと分かるぐらい感情豊富だ。
……不思議な、お姉ちゃんだなあ……
「私はコトリ・ペンタグラムよ。あなたのお姉ちゃんで、なんでも相談できる相手よ。わかった?」
「あ、はい……」
コトリお姉ちゃんは、ショートの金髪、金色の瞳の、背の高い人。
でも、気になることがひとつ。
リリーお姉ちゃんも、ララお姉ちゃんも、コトリお姉ちゃんも、みんなお母さんガン無視。
……どうして?
「あ、あの……お、お姉ちゃん達……なんでお母さん、無視するの?」
すると、リリーお姉ちゃんが、笑顔になって、言った。
「ん? そりゃな、あんたの歓迎会なんだ、部外者のこと気にかけてる場合じゃないんだよ」
「え?」
「ま、ほらほら。一人ずつ、訊きたいこと訊いていこうな。今日は私たちとクレアの親睦会だー!」
「え? え?」
疑問をよそに、どんどん人が集まってくる。
みんな女の人。
……いったい、お父さんって何者?
そう思わずには、いられなくなった。