第4話〜救いの手〜
私は、ルウに事情を説明する。
と、言っても、約束なので話せることなんて名前ぐらいだから、
「この子の名前はクレーシア。でも、クレアって呼んであげて」
ぐらいしか、言えないのだが。
「……それだけ?」
「それだけよ。約束だから」
私がそう言うと、ルウは納得したような顔になって、
「……そうか、約束、ね。分かったよ」
そう言った。
もう、何も疑問は持っていない、という顔だった。私の説明だけで、全ての謎が解けたような、そんな表情。
「……とにかく、ルウはこの子どうするつもり?」
たしか、ルウはもう対応を決めてあるらしい。
「ああ……クレアは、引き取ろう。僕の娘として」
「……は?」
い、今なんかとんでもないようなセリフが聞こえたような…………
「もう一度言って?」
「クレアを僕の娘にする、って言ったんだ」
繰り返しそう言うと、ルウは私の影に隠れているクレアのそばに行き、目線を合わせるようにしゃがんだ。
「ねえ、クレア」
「……は、はい……」
クレアは、怯えながら、それでも必死に助かろうと、返事をする。
「君は、どうする? 僕の娘になって、一緒に助かる? それとも、ここに残って怯えてる?」
微笑みながら、ルウは言う。でも、内容はまるで脅しているようにも聞こえる。
「……わ、私は……た、助かり……たい……」
クレアは、かすれかすれの声でそう言った。ルウは一層明るく笑った。
「よし、決まり! 君は今からクレア・ペンタグラムだ。僕のことはお父さんと呼べばいい」
「ち、ちょちょ、ちょっと待ちなさい!」
私は丸く収まりかけてた場の雰囲気をぶち壊し、言った。
意地悪で言うのではない。これは切実な問題なのだ。
「ねえ、ルウ。私たち、今の生活を維持するだけでも大変なのよ!? 子供なんて養えるわけがないでしょ」
私たちには、お金がない。アルバイトとかたくさん掛け持ちして、ようやく今のマンション暮らしが確立しているのだ。その上子供なんて。
「お、お母さん!」
お、お母さん!?
私の驚きを無視して、クレアは涙交じりに訴える。
「わ、私、ご飯いらないから! ご飯抜きなんて慣れっこだし、辛くない! 服もいらない! じ、自分のことはなんでもするから! 働くし、どんなこともする! だから、だからお願いします、住むところだけ、貸してください! お、お願い……わ、私……あなた達しか、頼れないの……!」
その切実な訴えと、涙を見て、私は思う。
……ああ、勘違いさせちゃったな、と。
私はクレアと同じ目線になるようにしゃがんで、はにかむ。
「……クレア、私はなにも、反対じゃないの。ルウは優しいから、考えなしに言ってるんじゃないか、訊いただけなの。……勘違いさせて、ごめんね」
私はクレアを抱きしめる。
この子は人を殺していて、『ユージュアクション』なんて言う不思議な力を持っていて、歳の割には大人びているけど。
……ああ、こうしてみると、本当にただの女の子だ。
いつもなにかに怯えていて、それでも前に進もうとする、強い女の子。
「ルウ」
私は、クレアを抱きしめたまま、言う。ルウは立ち上がり、私の声を聞く。
「あなたは、本気で、言ってるのね? その場しのぎで言ってるんじゃ、ないわよね? もちろん、ちゃんと養える見込みも、あるのよね?」
「もちろん。僕は、本気だよ」
ルウは即答した。一瞬たりとも、迷わなかった。
それを聞きたかった。
「……そう。なら、私は、あなたの親になってあげる。……ね、クレア?」
……これで、迷いは、懸念はなくなった。
ルウが本気だったのなら、なにも心配はいらない。私を救ったみたいに、クレアだって救ってくれる。
だから私は私にできることをしよう。なにをすればいいかは分かってる。
私の両親がしてくれなかったことを、してあげればいいだけだ。
愛をこめて、育てればいいだけだ。なにも、特別なことはいらない。
「……ようこそ我が家へ、クレア」
だから今は、歓迎の言葉を言えばいい。これで、クレアは、私の娘。お腹を痛めて産んだわけではないけれど、正真正銘の、私の娘だ。
「うん……うん、おかあ……さん」
クレアはもう、救われた。もう、虐待に怯える必要も、人殺しもする必要もなくなった。
……ああ、いいことあったな。女の子を一人、救えたんだ。
喜びの涙を流すクレアを抱きしめながら、そう心から思った。
……ん? でも、私がお母さん、ルウはお父さん。……あれ? ちょっと一行程飛ばしてない? おもに、婚姻的な意味で。