第3話〜逃亡の少女〜
私が目を覚ますと、全然知らないところに、寝かされていた。
「……誰?」
人影が、二つ。片方は赤く、片方は白い。まだ完全に目覚めていないのか、よく見えない。全体がぼやけていて、頭の色ぐらいしか見えない。
……男?女の人?
「……あなた、大丈夫?」
赤いほうが言った。……よかった、女の人だ。
「君の名前は?」
……男!
私は跳び起きて、拳銃を……
あれ?
ない! 私の武器が、ない!
「あ……や、やめて……な、なにもしないで……」
私は何を言っているのだろう? こんな風に頼んだところで、私がいじめられるのは、変わらないのに。
「ね、寝てて! あなたまだ動けるような状態じゃないのよ!?」
女の人が、私を押さえつけ、寝かそうとする。
「いや!」
傷が疼いて、私は反射的に叫んでしまう。
「あ、ごめん……」
女の人は、すぐに離してくれた。そして、男の方を向くと、言った。
「……ルウ、悪いけど、出ていって。この子、あなたが恐いみたい」
「そう。じゃ、あとよろしくね。頼んだよ、サラ」
そう言うと男……ルウはこの部屋から出ていった。
二人きりになったこの部屋で、先に口を開いたのは、女の人だった。
「……私になら、話してくれる?」
「……うん」
私は頷く。今は、この人だけが味方だ。できるだけ、従順にしないと。そうしなきゃ、私は……。
「じゃあ、あなたの名前は? ちなみに私はサラよ」
「……クレーシア。でも、クレアって呼んで」
「うん。じゃあ、クレア。あなたは、なんで襲われていたの?」
……私は、言葉に詰まる。言っていいものだろうかと、悩んでしまう。
「大丈夫。私は絶対に口外しないわ」
「……あの、ルウって男にも?」
「もちろんよ」
笑顔で、サラは言った。
「……じゃあ、話すね。でも、途中、どうしても話したくないところあるけど……」
恐る恐る、私は訊く。もし、怒らせてしまったらどうしよう。
「大丈夫。話せるところだけ、話して」
でも、私の懸念は杞憂だった。
サラの言葉で、私は安心する。
ゆっくり、一言一言探るようにしながら、私は話す。
「……あのね、私ね、孤児、っていうのかな、捨て子、っていうのかな、とにかく、親がね、いなかったの。……でも、大人はすぐそばにいたの。……私を、引き取った人」
私は捨て子。そのことを私に話すときのあの男の嬉しそうな顔が、今でも忘れられない。
「そいつはね、私を、いじめるの。人をちゃんと殺せなかったときとか、効率よく戦えなかった時とか……」
罰は、いろいろあった。殴られたり、蹴られたり。……殺されかけたことも、いっぱいあった。
「……私がちゃんと能力を使えなかったときもね、いじめるの」
「……能力? どんな能力なの?」
「どんな武器でも触れるだけでその全てを理解して、使いこなす能力だって。『ユージュアクション』……だったような気がする」
拳銃だろうが、ミサイルだろうが、複雑なパスワードが必要な兵器だって、私が武器の一部……たとえそれがただのコントロールパネルだったとしても、武器につながっていれば、私の能力は発動する。
そのせいで、私はいろんなことをさせられた。
……だから、この能力は嫌いだ。できれば、訊かれたくない。
「……そう。……経緯はわかったわ。虐待されてて、逃げてきたのね?」
私は頷く。
能力のことを詳しく訊かれなくて、ほっとする。
「……どうして欲しい?」
「え?」
「あなたは、どうして欲しい? 助かりたい? それとも、戻る?」
「いやっ!」
私は、叫ぶ。
嫌。たとえ何があったとしても、もう一度あの屋敷に戻るぐらいだったら、死んだ方がマシだ。
私は、あの屋敷で逃げるために拳銃を奪って、あの人を含め何人も殺した。もしのこのこ帰っていったら、なんて想像するだけで全身が震える。
「……助かりたいのね?」
「……うん」
助かりたい。なにがなんでも、あの地獄の日々から抜け出したい。
そのためなら、何人でも、殺せる。
「……わかったわ。じゃあ、ちょっとルウに話聞きましょう。……大丈夫、ルウは優しいから」
「……う、うん……」
本当は、嫌だ、と言いたかった。男なんて怖くて、すぐに暴力をふるってくるような人間だから。
でも、もし、ここで拒否して、二度と手を差し伸べてもらえなかったら、もうおしまいだ。地獄の日々へ、逆戻り。今は多少なりとも我慢して、味方になってもらわないと。
「……ねえ、クレア?」
「な、なに、サラ?」
「あなた、いくつ?」
「え? 私、7歳」
なんでそんなこと訊くんだろう?
「あなた、7歳にしては語彙能力高くない? 冷静だし、ちゃんと物事見てるし……」
「……それはね」
私は、哀しみを悟られないように表情を殺しながら、言う。
「あの男はね、私にわざと難しい言葉を使うの。あの男の言ってることが理解できないと、もし、意味も分からず返事をしてしまったら、大変なことになったから。
あの男の言葉が理解できないのが、恐くて、怖くて……。
だから、私は必死で勉強したの。国語辞典開いて、本を読んで。……分かってくれた?」
サラは、悲しそうな表情になった。……なにがサラを悲しませたのだろう。
「……ええ。よくわかったわ。ありがとう。じゃ、行きましょうか」
サラは私を連れて、部屋を出た。
緊張する。もし、襲いかかってきたら、どうしよう? そいうでなくとも、もし私を助ける気がなかったら……。
今私は武器をもっていない。抵抗する、すべがない。
……怖い……
サラの後ろに隠れながら、私も部屋を出た。