第4話〜引き金〜
全ての終焉が訪れたのは、ほんの些細な出来事がきっかけだった。
親の名目を保つためとかいう理由で名門高校に入学させられ、半年が過ぎた。
ある日のことだ。私は、いつもと変わらない一日を送るつもりだった。
そんないつもと変わらない、まるでやる気が起きない授業中、事件は起きた。
「……ん?」
みんなが、私と同じ反応をした。
ドカドカと、何かゴツイ足音が複数したからだ。
誰だろう? と考える前に、 ガラリと教室の引き戸が開けられ、そいつらは入ってきた。
軍服を着て、武装した人たちが、何人も。
一息おいて、みんなが状況を理解する。それと同時に、教室は一気にパニックになった。
「きゃーーーー!」
「うわあああああああああ!」
といった叫びが教室中に満ち溢れる。
「お前ら、全員黙れ!」
耳をつんざく、轟音。
その音の発信者は今教室に侵入してきた人たちであり、その音源は彼らが持っていたショットガンであった。
彼らは持参していたショットガンを天井めがけて撃ったのだ。
その轟音に驚いて、クラスメイト全員が黙る。
その時を見計らって、彼らの内の一人、リーダー格らしき男が、教室の中に一歩入る。
「ここ学校に、東空沙羅という化け物はいるはずだ。……われわれに差し出してもらおうか」
その要求に、クラス中が湧いた。
全員が全員、喜んだのだ。生徒を守る立場にある、教師さえもが。
「早く差し出せ」
男の要求に、教師が、
「はいはい!このクラスの一番後ろの席にいる赤髪のやつがそうですよ。……で? 殺してくれるんですか?」
と、訊いた。それはそれは嬉しそうに、男たちが正義であるかのように。目の前が真っ暗になって、全身が引き裂かれたような気持ちになった。
「ああ……そのつもりだ」
男が、酷薄な笑みを浮かべて私に近づいてくる。誰もそれを止めようとはしない。恐怖で動けないのではなく、自分の意思で道を譲っている。
……はは、予想はしていたけど……やっぱりきついや。
「……東空沙羅だな?」
男は私の席の前に立つと、懐から取り出した拳銃を私に突きつけ、訊いた。
私は、男の顔をよく見る。
その顔にあるのは、見下すような、それでいて怯えた冷たい瞳。
この男のなかでは、いや、このクラスの中では、私は人間以下の、屑なのだろう。そして同時に、人間以上のバケモノでもある。
「……そうよ」
「なら、死んでもらう」
男が、嗤いながら、そう言った。
「……どうして」
「お前が化け物だからだ。人間様と同じ生活をしているなんて、虫唾が走る。化け物は退治しなければ。そうだろう?」
「……」
なぜ? なぜ私がこんなところで殺されなきゃいけないの?
なぜ、私は見下されなけらばならないの?
なぜ、私はこんなことされなきゃいけないの?
私が何かした? こんな目に遭わなきゃいけないほどの罪を犯した?
……いやだ。こんな人たちに、こんなところで、殺されたくない!
『……殺セ。モウ、何モ遠慮スルコトハナイ。汝ノ欲望ノママ、暴レルガイイ。……ソウスレバ、汝ハ自由ニナレル』
いつもなら、ここで否定した。
危うく、頷きかける。
だめ! 今まで耐えてきたのは何だったの!? 決意を揺るがしちゃだめ! 殺しちゃだめ!
『汝ハモウ、何モ耐エル必要ハナイ。……モウ、十分ダ。コレ以上耐エレバ、汝ノ命ニカカワル。……今コイツヲ殺シテモ、誰カラモ文句ハ出ナイ。安心シロ……』
……いや! 嫌なの! 人を殺したら、私本当に化け物になっちゃう! それだけは嫌!
『……大丈夫ダ。我ハ常ニ、汝ト共ニアル。……何ガ起コロウト、離レタリハ、シナイ』
……本当? 能力を使いこなしても、消えたりしない?
『本当ダ。汝ガ望ム限リ、我ノ存在ガ消エルコトハナイ』
……じゃあ……いや、やっぱりだめ!
「返事はなし、か。まあいい。……これで、俺は億万長者だ。国から依頼が来たのはびっくりだが、その内容がガキ一匹、両親ともども殺せばいいだけなんてよ!」
……え? 今、なんて言った?
国? ……両親、ともども、コロス?
その言葉で、私の最後の楔が、音を立てて引きちぎれた。
もう、嫌だ。もう、我慢するのは嫌だ。もう、疲れた。もう、自分に嘘をつきたくない。
私は、私の感情のまま、生きてやる。今、一番感じているのは、殺意。
……殺してやる。
殺してやる!
父さんと母さんを、今まで育ててくれた両親を殺そうとするやつは、殺してやる!
『……力ガ、欲シイカ? 殺スタメノ力ガ』
「殺してやる……!」
「あ?」
行くよ、フェニックス!
こいつらみんな、皆殺しだ!
『ソウダ……ソレデイイ……』
私は、久しぶりに火炎を使った。私の視界に赤が生まれると共に、絶叫が教室に響いた。
……思いのほか、気分がよかった。どこか遠くに、自分がいってしまうような感覚がした。