第3話〜沙羅の不死鳥〜
私はいつものように、両親を怯えさせないようにそっと家に入る。私の全てが恐いのか、視界に入れることすらしてくれない。
両親はずっと共働きだが、家に帰ってくるのは早い。
……幼い私が、できるだけ両親のそばにいたいと、『お願い』したのだ。それが、今にも反映されている。……ただ、それだけ。私の一言のせいで、両親が怯える時間を増やしてしまった。
「……お父さん、お母さん」
私は自室に入る前、二人に聞こえないように、そっと呼びかけた。
反応が返ってこないのは、分かりきっていたけれど。
自室に入ると、いよいよ私はすることがなくなる。
勉強なんかする気が起きないし、能力の開発なんてもっての他だ。これ以上強くなってどうするというのだろう。
『……何カスルコトハナイノカ?最近呆ケテバカリダゾ?』
(いいのよ、私はこれで。私が何かしようとしたら、それだけで周りがうるさくなるわ)
『焼イテミタラ、スッキリスルカモシレナイゾ?全テヲ焼キ尽クシ、一面ヲ荒野ニスレバ分カルコトモアルカモシレナイゾ?』
時々、フェニックスは私にこういう言葉をささやいてくる。
(……そんなことしても、虚しさが募るだけだし、とてもバカな行為よ)
そのたびに、私はこう言う。こうでも言わなければ、乗ってしまいそうだった。
……私の願いは、たった一つ。
普通の女の子になりたい。能力も、フェニックスもいない普通の女の子に。
なのに、私はフェニックスを捨てきれない。捨てれば一人になるから、それが怖くて怖くてたまらないのだ。
(ねえ……フェニックス……私が死ねば、どれだけの人が喜ぶかな……?)
最近、私は思う。
私という存在がこの世から消えてしまえば、もう両親は怯えることがなくなるのだろうか?私という人間が骨も残さず消え去ったら、クラスのみんなはもっと笑顔になるのだろうか?
『……モシ汝ガ死ンダトシテ、ソレデ彼ラノ畏怖ガ消エルカト言エバ、答エハ否、ダ。イクラ現在ノ汝ヲ消シタトシテモ、過去ノ汝ガ消エルコトハナイ。……ダカラ、死ニ逃ゲテモ、何モ変ワリハシナイ。苦シクテモ生キルベキダト、我ハ思ウ。……汝ハドウダ?』
……私は……
「……生きていたいよ、まだ……。だって、恋すらしたことないのよ? 死んでたまるかってのよ」
私はまだ、死にたくない。死んだほうがマシな存在だとしても、生き続けてやる。
それがどれほど苦しくても、私は生きる。
『決意スルノハ結構ダガ……発声シテシマッテイルゾ、大丈夫カ?』
「あっ……」
すぐさま周りを見て、今のセリフを聞かれていないか確かめる。
……大丈夫、両親には聞かれていないようだ。
もし私が心にフェニックスを飼っていると知れたら、今度こそ国の研究所か、精神病院行きだ。そんなことにはなりたくない。
……国の研究所は、怖いから。
子供の時、そこでトラウマになるような嫌な思いをして、もう二度と行くもんかと思って、今でもその思いは変わらない。
『……大丈夫ダ。モシ聞カレテイタトシテモ、焼キ殺セバイイダケダ。』
(……なんであなたはそんなに攻撃的なの?)
フェニックスは、私の分身であるはずなのに、私が見たことない情景や、聞いたこともない言葉を知っているし、私では思いつかないような能力の使い方を示す。異常とまではいかないが、かなりの攻撃性、残虐性ももっている。
私の分身なのに、私が知らない部分がある。
……なんだか、それだけで突き放されたような気分になった。
……私は、あっけにとられていた。
なぜなら、私の過去のことが、あまりにも正確に書かれていたからだ。それも、細かい情景から、私の心の動きまで、はっきりと。
どこで調べたのだろうか。ここまで詳しいと、驚く前に生理的嫌悪感が先駆ける。
まさか、『イノベート』?
私の脳裏に、最近知ったある組織の名前がよぎった。
唯一絶対の世界を作るというわけのわからない理由で、様々な世界を壊して回っている集団、その名も『イノベート』。
行動理念のみがわかっているだけで、規模、人員、組織体系、その他全てが不明な、謎の組織。
まさか、あいつらが私の過去を調べつくした?
恐ろしい予想が私の脳内を一瞬、埋め尽くす。
……いや、私の視点だし、私が心に秘めていたことまで調べられるとは思えない。それに、私の過去なんか調べてなんの得になるというのだろう。
けれどすぐに、否定の言葉は見つかった。
あの世界のどんな資料をひも解いても、『東空沙羅』の中にいる『フェニックス』という単語は出てこないはずだ。
あの世界に、心の中まで相談できる人なんて、いなかったから。記録のしようがない。
なら、どうやってこのことを知れたの? 書き記せたの?
……怖い。
……でも、まだこの本の全てを知ったわけではない。最後まで読めば、トリックが分かるかも知れない。
これを読んだら、ルウに相談しよう。ルウならきっと、私を導いてくれる。
そう思うと、私は再び不思議な本の文字を追い始めた。