番外編1〜吸血鬼の二人〜
吸血鬼の夫婦のお話です。いくら夫婦といっても、外見高校生ですから、お間違えのないようお願いします。
二人は、ある仕事の依頼に基づき、行動を開始しました。その仕事の一分風景を、皆様にお届けします。
少年が走っていた。
彼は見ず知らずの少女を殺し、それが露見したために、警察から逃げているのだった。
動機もなければ、計画性もない、ただ殺したいから殺した、そんな快楽殺人鬼の少年。
彼は、山の中を逃げれば見つからないだろうと考え、山道を走っていた。
そして、彼の読み通り、警察は追ってこなかった。
しかし。
「やあやあ。どこへ行くんだい? 少年よ」
少年と少女が、彼の前に立ちはだかった。昼なのになぜか薄暗いけもの道に、彼らは急に現れたようにも見えた。
「……てめえら、誰だ?」
少年の歳は16歳ほどに見える。黒髪に、黒目、典型的な日本人体型。
しかし、服装は全く異なっていた。
黒い、全身を包むマント。
それが、少年のいでたちだった。
「俺? 俺はリンク・ソル・ジェイド。……少年の名前は?」
笑顔を共に答えた少年……リンク。
「俺の名前なんかどうでもいいだろ。なんの用だ」
そっ気なく答えた彼。
「……リンク、私の紹介は?」
少女が、寂しそうに言った。
少女は16歳ぐらいで、青色の腰まで届く長髪に、海のようなブルーの瞳。冷たい印象を受ける顔立ち。
リンクと同じように、黒いマントを羽織っている。
「ああ、そうだったな。悪い悪い。……こいつはエリア・ルナ・ジェイド。俺の妻だ。よろしくやってくれ、少年」
リンクがそう紹介すると、少女……エリアは軽やかに微笑んだ。リンクに妻と紹介されたのが嬉しくてたまらない、といった表情だ。
「だから! てめえらはなんの用で俺の前に現れたんだっ!」
怒りを露わにして叫ぶ彼に、リンクは冷静に言った。
「仕事だよ、少年。」
「……仕事、だあ!?」
「そうだ。なんの恨みのないのに、ただ快楽だけのためにいたいけな少女を殺した人でなしを、殺すという実に簡単な仕事だ。……これで一億稼げるのだから、世間とは実に容易いものだね。なあ。エリア?」
「……まあ、そうね」
コクコクと頷くエリア。
「……な、なんだと……俺を、殺す?」
「おや? 俺は少年を殺すとは一言も言っていないのだが……。そうか、少年が殺したのか」
先ほどまでの親しげな表情は完全に消え失せ、リンクは冷酷に笑う。
「ククク……さあ、エリア。仕事だ。この少年を確実に殺そう。殺して、依頼を達成させよう」
その笑みの口元には、キラリと光る八重歯が二本。そんなもの、ふつうの人間についていない。
「ば、化け物!」
彼は叫んで、今来た道えを引き返す。
「化け物とは心外な。俺たちは由緒正しき吸血鬼だ。……もっとも、弱点などはとうの昔に克服しきったがな!」
リンクがマントを広げると、蝙蝠が幾百と彼に向かって飛んだ。
「ひいっ!」
彼の視界は蝙蝠に囲まれ、何も見えなくなる。
「……エリア。出来るか?」
「リンク、私はあなたがやれと言えばやるわ」
自信たっぷりに、エリアは言う。
「そうか。なら、あいつを、殺せ」
「ええ!」
嬉々として、エリアはマントをはためかせた。
すると、何も持っていなかった両手には、大鎌が握られていた。
「きゃはははは! ……殺してあげる!」
「うわああああああ! く、来るなああああああああああ!」
周りの蝙蝠を必死で振りはらいながら、彼は走る。
しかし。
「きゃはは……吸血鬼の身体能力に人間が、勝てると思った?」
エリアがたった一歩、跳んだだけで今まで彼が稼いだ距離が、なくなった。
彼の目の前には、大鎌を持った青い髪の吸血鬼が現れた。
「あ……」
彼の目が見開かれ、次の瞬間には絶望に染まる。
「……ばいば~い!」
背丈ほどもある巨大な鎌を軽々と振りかぶり。
「待ってくれ! あれはほんのでき心で……!」
それより先の言い訳はできなかった。
エリアの鎌が、彼の命を刈り取っていたから。
「……『ありがとうございます』か……」
世界の外。
リンクは呟くように言った。
「どうしたの?」
「いや、依頼者に報告したらな、報酬ちょっと上乗せされてて、なんでかって訊いたら、『ありがとう』って……」
依頼者は、かなりのお金もちで、娘を殺された恨みをどうしても晴らしたかったようだ。
そうでもなければ一億の大金など、払うわけがない。
「……そうなの。よかったわね、リンク。感謝されて」
「……そうなんだけどなあ……」
リンクは、どこか釈然としない。
それは彼が復讐心という心を理解できないからで、なぜただの人間を殺した程度で金をもらえたか、しっくりこなかったのだ。しかし彼がそれを理解することはない。
……ま、いいか……金は手に入ったし……
リンクはそう思い、気分を変えた。
「エリア、次の仕事は?」
「……えっと、近くの世界にで、戦争の依頼。……殲滅戦だってさ」
「ふうん……よし、その世界へ行こうか」
「わかったわ」
二人は次の依頼者の元へ向かった。
彼らの異世界の渡り方は特殊だ。
『誰かに招かれないと世界に入れない』ため、依頼がないと彼らは異世界移動ができない。
吸血鬼は本来、『招かれないと別の土地にいけない』という弱点があるのだが、それを克服できなかったため、二人は『依頼』という形で『招いて』もらわないと異世界に入れないのだ。
しかし、特定の世界しか入れないので、間違って依頼とは別の世界に入ってしまう、ということもない。異界士とは吸血鬼である二人にしかできないことなのだ。
そして、吸血鬼の夫婦の命は、終わらない。終われない。
だから二人は気ままにお金を稼ぎながら、旅をする。
それが楽しいものになるか、つまらないものになるかは……
二人次第だ。
――――――――二人の仕事は、まだまだ続く―――――――――――
はい、お楽しみいただけましたか?こんな短い話で楽しめるわけないですよね。ですから次は少し長め(当社比1,5倍ぐらい)のお話を。
次回はサラの思い出話などかも知れません……
では、またお会いしましょう。