第7話〜次の世界へ〜
世界の外。
扉だらけの世界を、ルウはティアーを引きずりながら歩いていた。
火は、サラから離れたせいかもう消えていた。
しかし、両手はもうすでに炭になっていた。
サラの火炎の強さがうかがえる。
「……ここでいいか」
先ほどまでサラに見せていた表情はかけらもなく、無表情に、つぶやいた。
「へっ、俺様をどうするつもりだ?『優しいルウ』さん?」
皮肉るように、ティアーは言った。
「うん? もちろん殺す」
ルウは制服の後ろに隠していた細剣を、抜く。
「おいおいおいおい! なんだよ! てめえ散々殺すなって言ってただろ!」
戸惑い、焦り、ティアーは言った。
「……サラには、させられないよ。でも、僕は別。君を殺したぐらいじゃ、後悔しない。ちゃんと、サラの前では笑える。……今までも、そうだった」
切っ先をティアーの首筋にあてがい、呟くように言った。
「ち、ちょっと待てよ! てめえ、あのサラとかいう小娘になんていうつもりだ!?」
「……どこかの世界に置いてきた」
「う、嘘つくのか?」
「……いつものこと。嘘も方便、ってね」
細剣に力を込めるルウ。ティアーの首の皮膚を、数ミリ破る。
血液が一筋、切っ先を汚した。
「待てよ! て、てめえ俺様にこんなことしてただですむとでも……」
「……興味ないよ。……死ね」
一度、細剣をティアーの首から離して、振りかぶる。
「待っ……」
制止の声を完全に無視し、ルウはティアーの喉笛を掻き切った。
血が、噴水のように出てくる。ルウは返り血を浴びないように、後ろに跳んで、血をよける。血の噴水がおさまると、ティアーの死体から肺の空気が押し出され、口の中にたまった血がぷくぷくと小さなあぶくを作る。
もう、ティアーは助からない。それを確認すると、ルウは近くにあった扉を開け、ティアーの死体をその世界に放りこんだ。
そしてその扉を閉じると、この空間にはルウ以外いなくなった。
「……うん、帰ろう」
細剣の汚れをふき取り、もう一度隠すと、ルウはサラのいる世界の扉を目指して、歩き始めた。
ルウは宣言通り、すぐに帰ってきた。
「待ったかい?サラ」
いつもの微笑みをたたえて、ルウは言った。
「待ってないけど……あいつは?」
「大丈夫、危険そうな世界に置いてきたよ」
なんでもないように、ルウは言って、急に真剣な顔になった。
「な、なに……?」
それに、私は戸惑う。なにかあったのだろうか……
「ねえ、どうする? この世界から出る?」
「……どうして、そんなこと訊くの?」
私は、訊き返した。
「いろいろあったから……。僕は、この世界から出たいよ。サラはどう?」
私は……
「私も……出たいわ」
この世界には、美加との思い出がありすぎるから……
きっと、なにかある度に美加を思い出す。美加はもう気にしないでと言っていたけれど、私は弱いから。美加との過去に縛られっぱなしになってしまう。
もう、この世界から出られなくなる。
……そんなことにはなりたくない。
もう、この世界にはいたくない。
「ルウはいいの? 友達とか……」
ルウにはルウの生活があるのだ。友達の一人か二人ぐらいは……
「いないよ。僕に友達なんて、いやしない。だから、サラは心配しなくていいよ」
ルウはさも当然のように、『友達がいない』と言った。
いずれ別れるとわかっているのだ、積極的に人づきあいをしようとは思わないだろう。
私だって、美加以外の友達なんて、いない。作らないようにしている。
1つの世界に1人の友達。これが私たちの付き合い。
別れて、出会って、を繰り返すのが常。
それが、私が選んだ道。旅人という生き方。
「そう……わかったわ。じゃあ、行きましょうか」
「……そうだね」
私は陰鬱な気分が抜けきらないまま、世界の扉を開けた。もうこの世界に来ることもない。
学校は退学届を出さなくても半年もしたら勝手に除籍するだろう。
ほかにも、いろいろしなければいけないのだが……
今は、すぐにでも世界を出たかった。
……次の世界はどんなところだろう、と、嫌な気持ちを振り払うように希望を胸に抱いて、私は世界を出た。
――――――――私たちの旅は、まだまだ、続く―――――――
この世界はこれでおしまいです。
次回は、会話の端に出ていた異界士の二人の仕事風景を少し。
では、次回、楽しみにしていてください!