第6話〜力〜
許すものか。絶対に許すものか!
殺してやる……
美加を、殺したこいつを、殺してやる!
殺したい、いや、殺す!
美加とおんなじ目に、いや、それ以上の苦痛を、こいつに!
『我ヲ……求メヨ……』
その時、声が頭の中で響いた。 夢で聞こえる声だと、すぐに分かった。懐かしいこの声。
「よこせ!あんたの力、全部よこしなさい!」
一瞬たりとも迷うことなく、私は叫んだ。
「何言ってやがる、こいつ!」
私を掴む手に、力がこもる。
痛い。……けど、大したことじゃない!
『了解シタ……我ガ主……我ガ力の全テヲ、譲渡スル……』
そう、声が言った瞬間、私の中に力があふれた。全身が熱くなって、今までにないくらいの力がわき上がる。
「死になさい!『イノベート』!」
叫んで、力を使う。
私が旅をすることになった原因にして、一番嫌いのもので、でも強い私の能力……
――――――――――火炎を。
「ぎぃああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」
まずは、首にかかった腕から焼いた。
『イノベート』は焼かれた手をかばい、転げまわる。でも、その火が消えることはない。
まだまだ……もっと、もっと苦しめ……!
「……まだよ」
今度は、私の両手を掴んでいた手のひらを発火させた。
「うがあああああああああああああああああああああああああああああああ!!」
これで、こいつの両手は使い物にならない。
……まだだ。こいつはじっくり、たっぷり、焼いてやる。
今度は……喉を焼こうか。そうすれば鬱陶しい叫び声は聞かなくて済む。
……そうだな、手をかざしてから焼こう。そうすれば、タイミングが分かって、恐怖が増すだろう。
そう思い、手をかざした時だ。
「……サラ、やめるんだ。……もう、そいつにもう殺人はできないよ」
ルウが、私の手と『イノベート』の間に割って入ってきた。
「……なんで止めるの? こいつは美加を殺したのよ? 許せるはずないじゃない! 止めないで、ルウ!」
「……止めるよ。人を殺していやな思いをするのは目に見えてるから。……大丈夫、もうこいつは世界を滅ぼせないから」
「なに言ってるの? 私は世界を守るためにこいつを殺すんじゃないの、憎いから、殺すの! 美加を殺したこいつが、憎いのよ!」
「憎いだけで殺したら、後悔するのは分かってるだろう? ……いや、君が分からないはずがない。……そうだろう?」
優しく、ルウは私に語りかける。そんなことはわかってる。でも、こいつだけは……!
「……それでも、こいつだけは許せない……!」
涙が、あふれる。
なんで、ルウはこいつをかばうの? 生かそうとするの? 美加を殺した、こいつを……!
「……異世界に捨てよう。危険そうな世界に放りこんだらいい。死ぬか生きるかは、こいつ次第だよ」
「いやよ!なんで猶予を与えないといけないの? 美加は、猶予なんてなかったのに!」
なんで、こいつを殺してはいけないの? なんで、美加と同じ目にあわせちゃだめなの?
「……サラ。殺さないで。後悔するだけだよ。……僕を信じて」
そうルウに真剣な目で見つめられて、私は戸惑う。なんでそこまでこいつをかばうの?
「……だめよ。どうせ優しいルウのことだから、『もうこいつは十分苦しんだ、だからもう許してやろう』とか言うんでしょ?」
ルウは優しいから。今まで、敵を前にしても殺そうとはしなかったほどだ。こんな状態の敵を、助けようとしないはずがない。
「……言わないよ。提案があるだけ」
「……提案?」
どんな提案だというのだろう。
「こいつの処理は、僕がやるよ。……それじゃ、嫌かい?」
ルウが、処理する? 聞きなれない言葉に、少しだけ疑問を持つ。……でも、処理するっていっても、きっと甘いんだろうな。
「……嫌じゃ、ないわ。でも、こいつは、美加を殺した、殺したのよ」
「殺されたら殺すの? ……たしかに、君の友達を殺したのは、許せない。でも、こんなやつのために君が汚れることはないんだよ。……美加だって、自分のために君が手を汚すなんて知ったら、悲しむと思う」
「……」
ルウはずるい。こんなところで美加の名前を出されたら……。
……でも、でも、たしかにルウの言うとおり、きっと私は後悔する。昔、私はそれで痛い思いをしている。
それに、今ルウに、『じゃあ、殺しなよ』とか言われて殺せるかどうか……。美加は、復讐をよしとする子じゃ、なかったし。
……それなら、ルウに任せても、いいんじゃないだろうか? ……本当に?
「……し、仕方ないわね。……ルウ。絶対に酷い目に遭わせなさいよね。それが条件よ」
そう言うと、ルウは笑顔になった。
いつもの微笑よりも、はっきりとした笑顔。
……この笑顔は……ひ、卑怯よ……
こんな顔を四六時中されたら、大変なことになる。
「よかった。君が思いとどまってくれて。……じゃあ、僕はちょっと行って来るから、少しだけ待っててよ」
そう言って、ルウは男を担いで、世界から出てしまった。
すぐに帰ってくるだろう。ルウが『少しだけ』と言ったのだから。
「……ルウ……」
火照った顔を両手で包み、私はつぶやいた。
この時の私の顔はどんな表情だっただろうか。
不謹慎だけど、私はルウに笑顔を向けられて嬉しかった。その反面、美加の恨みを晴らせなくて、申し訳ない気持ちもある。
……ごめん、美加。復讐、できなかった。本当にごめん。
私は謝り続ける。
「……大丈夫だよ、サラ」
「……え?」
一瞬、聞き間違いかと思った。
でも、たしかに、声が聞こえた。
「私、もう気にしてないから。あの人は、……うん、大丈夫。私は、もう大丈夫。だから、もう自分を責めないでね、サラ」
「み、美加……?」
それきり、声は聞こえなくなった。
……でも、たしかにあの声は、美加?
ゆう、れい?
「……美加」
私は空を見上げる。
この空のどこかに、美加は昇っていったのだろうか?
……美加。ありがとう。