70、押し切られました
ハイマン殿下は、これまでにない手を使ってきた。
貴族の社交場として名高い公園や、劇場、高級レストランや宝石店を貸し切りにして、熱心に私を口説きに掛かったのだ。
え? え?
そういうタイプの方ではないはずなのに、それはそれで様になっていて、ドキドキが止まらないー!
私も乙女の端くれ。このようなシチュエーションに憧れがなかったわけではない。
周囲の人たちには迷惑だろうなぁとは思うけど。
気障な振る舞いをされる殿下もカッコイイ。
内心かなり無理をされているのでは?と思うと、母性本能も刺激されるし。
つまり、何度も、ぽーっとさせられた。
一方で、あまりにも思い詰めた心情を、彼の瞳に垣間見て、危機感を覚える私。
若い男の子に特有なあれこれを、相当に我慢させている自覚はある。
だからといって浮気などされる方ではないから、そう遠くないうちに爆発、暴走するのでは!?
うっかりしていたけど、王族にしか知らされていない事情もあるのかもしれない。
私が早すぎると気にしているのも、未知の状況に怖気づく自分の気持ちもあるけれど、大衆にどう言われるだろうかとか、家族がこれ以上妬まれ嫌味を言われたら困るとか。でも、そんなの、ハイマン殿下のこの切実な想いを疎かにするほどのこと!?
ようするに、絆されたのだ。
殿下の想いに、胡坐をかいていたことを反省したのもある。
去年、学園の卒業パーティーで、赤毛少年が起こした婚約破棄騒動。ハイマン殿下と私の間で、そんなことが全くないとも限らないのだし。
あれは双方の話し合いで、なかったことにされたけれど、赤毛君は一生、婚約者の実家に頭が上がらないだろうし、出世の目はもうないと思われる。
色々な意味で私をハラハラさせる一方で、ハイマン殿下は、周囲への根回しも忘れていなかった。
以前お近付きになったフカラス帝国第十一皇子、カイラス殿下は、祖国の食料自給率を上げ、帝位継承順位を駆け上っていらっしゃるようだけど、魔力なしとされているせいで、頭打ちになるのは目に見えている。
有力なライバル第四皇子殿下が主戦論を唱えるのに、(カイラス殿下の側近、マクエス侯爵が)対抗してはいるが、このまま手をこまねいていれば、アイリーンの預言が現実のものとなる可能性が高い。
私の所見を聞いた兄の推測では、カイラス殿下の場合、体内で複数の属性が拮抗し、打ち消し合っているせいで、魔力が感じられないのだろうとのこと。
そのバランスを崩すには、私が兄にしてもらったように「魔力合わせ」をするのがいちばんで、しかし、少々強引に魔力を動かすには、五歳という年齢は早すぎるか、ぎりぎり大丈夫だろうという境目あたり。
結局、彼の体の事よりもこちらの都合を押し付けることになるのは申し訳ないのだけど、帝位を狙うのならば、ここが彼にとっても正念場。
彼と面識があって、信用してもらえそうで、魔力の操作もそれなりにできるということで、私に白羽の矢が立ったのだけど、未婚の状態で王国から出すわけにはいかないというハイマン殿下の発言に、多くの王侯貴族が当たり前のように頷いた…らしい。
「エリス。君が、他国の王侯貴族たちからも、相当に注目されていることを自覚しておくれ」
さらに、教皇様直筆の結婚許可証が彼の後押しをした。
教会をどれだけ疎ましく思っていようと、教皇の権威は、どこぞのご老公の印籠に負けず劣らず、貴族たちを平伏させる。
私は、学園長に呼ばれ、「これまでの成果をレポートにして提出しなさい。それで、あなたは卒業できます」と言われた。
「は、え?」
令嬢らしからぬ間抜けな声を上げた私に、学園長は言葉が足りなかったと謝罪しながら、まとめるべき題材をメモして渡してくれた。
・同好会で制作したゴーレム、ソフィア二号の設計図
・樹脂の製作手順と、利用方法
・樹木を生かしたままの住居と、現段階における住人の状態
「採点する教師は、研究員でもあります。皆、機密保持の誓いを立てているので、機密に触れても問題ありません。バーランド嬢、あなたは木魔法の新しい領域を開拓した。その功績を見ればわかる通り、すでに学園で教えられることはありません。安心して、卒業してください。時間が許すようであれば、研究所の方へお出でなさい。歓迎します」
いや、いや、いや。忖度しすぎでしょう。
しかし、学園長も貴族とはいえ、前世でいえば国家公務員のようなものだし。わからないことがあったら、研究所においでと言ってくれたのが、彼なりの温情だ。
ちなみにハイマン殿下は、土魔法の到達点、流星嵐を実演しての御卒業です。フカラス帝国との国境付近で…ええ、私も見学に行きました。周囲は軍が固めていて、はっきり言って示威行為。
やるとなったら、やる方なのです。
これまでに築いたコネをフルに活用して、国内外の貴族の子弟を招待。
ハイマン殿下の魔法は、まだ半径五百メートルの領域内で、任意の広さに十分間、計千個の隕石を降らせるというもの。
砂埃が収まった後、にっこり笑って、招待客と握手をされていた。
これからの彼の外交活動に、大いに役立つことでしょう。
そのようなわけで、三週間ほどの準備期間を経て彼と結婚。マリッジブルーになる暇もなかった私。
成人前であること、次兄を差し置いての結婚であること。その第二王子と聖女の結婚を大々的に行い、目立たせるためにも、私たちはいわゆる地味婚で済ませようと話し合っていた。ハイマン殿下は終始、私を気遣ってくださったけれど。
私の思い描いていた結婚は、嫁ぎ先の家の、決して広くもない二間続きの和室で、綿帽子を被って金屏風の前に正座するものだったから、まったく問題ないのだ。
むしろ、国王陛下と王妃殿下、王太子殿下、第二王子殿下に聖女の臨席を賜って、一体どこが地味なの!?
私の側は、両親、兄夫婦、甥、姪。
嫌味の一つも言いそうな金髪縦ロールは、つわりがひどくて欠席。
完璧だ!
王城の礼拝堂は派手さはないけど、荘厳な雰囲気で、緊張に震えていた私は、家族やサンガの心からの祝福を受けて、感極まって泣いてしまった。
ハイマン殿下はやさしく涙を拭ってくださり、あやすように私の背を擦るのだけど。その目や口元に喜色をあらわにし、私が泣こうが喚こうが絶対に止めないと言わんばかりに物事を進めていかれるので、そんなに結婚したかったのかと(わかってはいたけれど)あらためて考えたらおかしくなり、笑いを堪えるはめになった。
気分が高揚していたせいか、我ながら、泣いたり笑ったり忙しかったなぁ。
あ、こちらの結婚式は、バージンロードを歩いたりはしません。指輪の交換も、人前でのキスもありません。
普通、王族の場合は枢機卿、貴族の場合は司教を呼んで、神前という形をとるのだけれど。
はっきり言ってしまえば、それはあくまで飾りで、重要なのは契約、つまり、結婚許可証に当人たちがサインをすること。
今回、その結婚許可証が教皇の直筆なので、もうこれ以上の権威付けは必要ないわけ。
誰もいない祭壇に向かって、まずハイマン殿下が宣誓。
「私、ハイマン・トロス・ディーバイは、エリス・ティナ・バーランドを妻とする」
続いて私。
「私、エリス・ティナ・バーランドは、ハイマン・トロス・ディーバイを夫とする」
それから、二枚一組の結婚許可証にサイン。そう、サインは二回することになる。それぞれが一枚ずつ保管して結婚の証明とし、何か申し立てる際にもこれが必要となる。使うことがないことを祈ろう。
その後、軽く会食。新郎新婦は早めに退席して、昼間なのに初夜なのですよ。
見届け役は、ずっと私たちの茶会にもお付き合いくださった、ハイマン殿下の大叔母様で、必要な事とわかってはいるけど、カーテン越しとはいえ、王侯貴族の神経ってすごいなぁと…私も貴族の令嬢でした。
なんというか、ハイマン殿下の勢いに圧倒され、気付いたら朝で、夜で、また、朝、昼、夜、そして朝?
え…え?
満腹になった猫みたいな風情のハイマン殿下は、輝く銀髪が、きらめく紫の瞳が、神々しい!
私は、ただそれに見惚れて、無意識に掠れた声でその名を呼び、とろりと幸せな眠りに落ちてゆく。
おなかも空いているけれど、眠くて、眠くて、もう限界です。




