68、結婚許可証③
王家のお声掛かりであるから、優秀な人材を使い放題なのがありがたい。
私はさっそく、研究所から帰ってこない兄を訪ねた。
私が今回注文したのは、手回し活動写真機、映写機、ドラム型の蓄音機だ。
相変わらず、詳しい構造などわからない。
「こんな感じ」とあやふやな記憶をもとに絵を描いて、望む機能を口頭で伝えるだけだ。
それでもこの研究所には、才能あふれる変わり者たちがたくさんいて、王家や聖女、教会などという単語にはまったく興味を示さず、ただ、自分たちのやりたいように手を出し、口を出してくる。
おかげで三週間ほどで形になったのだけど。彼らが面白くないと思う仕事に遅れが出たとか、出なかったとか。
私もフィルムを作りましたよ…素になるところだけ。同じ幅、均一な厚さに仕上げた透明な樹脂に、オレンジ色の顔料を塗布するのは兄の役目。
写真機を作った経験が生きているそうで、しかし、それは軍事機密に指定されてしまったので、どんな魔法かは教えられないが、光による退色を非常に速くするのだと言っていた。お兄様、ぎりぎりどころかアウトです。
さて、できたはいいけど、いきなり撮らせてくださいとお願いしても、相手は教皇。まず、お付きの方々が許すはずがない。
デモンストレーションが必要だけれど、はじめて映画に撮られたという事実は、大変価値が高く、今回の大事な取引材料だ。研究員たちに「待て」を教え込むのに、とても苦労したもの。
「教皇様がご自分より先に、フィルムに映ってもご機嫌を損ねない相手といえば、やはり…」
「まあ、そうだろうね」
兄も同意したので、バーランド伯爵邸にとんぼ返りし、我が家の愛猫ジュディを撮影・録音してもらう。
活動写真機も蓄音機も、初期段階から手回しではなくなっていたのが、さすがというか何というか。二つを連結させることもできるし、別々に使うこともできる。
どちらも、以前作ってもらった写真機より大きいけど。
私は、猫じゃらしでじゃらす係。カメラに写り込まないよう、うっかり声を出さないよう要注意。
ジュディと遊んでいると、ついジュディの分までしゃべってしまうのはなぜかしら。
正味、十五分ほどの映像と音声。ジュディは餌をねだる時しか鳴いてくれないので、途中で撮影と録音を止めて、お食事風景に唐突に切り替わるムービーが出来上がった。
大丈夫よ、きっと! 相変わらずオレンジの単色だけど、とても可愛く撮れているし。動き回ると、なお愛くるしい。カメラワークなんて、まだ気にする人はいないわ。
作るものは作ったし、扱いに長けているお兄様が同行するから(完成したフィルムが繊細過ぎて固定するまで気が抜けない)私はお役御免。
実際、目上の方にお願いに上がるのだから、当人たちが行くのが道理だし、身分的にも何の問題もない第二王子殿下。
本当はサンガも連れてきたいところだろうけど、偽聖女呼ばわりしている教会の総本山だから、却って心証を悪くしそうだ。
なんでも、一度目はディーバイ王国の王子だから、二度目は贈り物が合格ラインに達したから、三度めは教皇の娘(庶子)を伴ったから、会っていただけたとのこと。
三度も機会があって、何故、あの第二王子殿下が要求を通せないのかと言えば、挨拶はしてくださるし、ぬいぐるみの手触りがよいとお褒めの言葉があったし、娘のことも歓迎していたけれど、こちらがお願いを口にしはじめると、年寄の必殺技『聞こえないふり』をなさるらしい。
ああ、ねぇ。
ちなみに、すべての国のことに精通していなければ、教皇になどなれないそうで、公式には神聖語を使用されるものの、通訳は必要ない。
教皇に会いたがる人、贈り物をする人は半端な数ではないから、まず近習が受け取って別室に並べ、その間を通られる教皇の目に留まれば、その贈り主は応接間へと進めるらしい。
暇を持て余しているとはいえ、その時間をどう使うかは教皇の自由と言われてしまえば、ぐうの音もでない。
唯一、贈り物にカードを添えることは許されていて、つまり、それはキャッチコピー! めちゃくちゃ重要ではないですか!?
活動写真機も、映写機も、蓄音機も、珍しいことは保証する。ただ、見たことがないものだけに、見ただけではなんであるのかわからない。
わからないだけに興味を引く可能性もあるけど、わからないだけに見向きもされない可能性もある。
「え…本当に、私が書いてよろしいのですか?(というか、書かなくてはいけないのですか!?)」
「第二王子殿下も、ぜひ験を担ぎたいとおっしゃって。私も、エリス様のなさったことで、それで駄目なら諦めもつきますわ」
サンガにここまで言わせて、書からいでか。
『この世界の人として、初めて映画に撮られる栄誉をあなたに』
少々上から目線っぽくなってしまったが、気を引くならばこれくらいは…ああ、でも、書いて渡してしまってから、だんだん不安になってきた。
もう取り戻せないのだから、待つしかないのだけれど。




