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67、結婚許可証②


「エリス様、元気をお出しになって」

 励ますつもりが、逆に励まされていた。聖女がここにいる! サンガの方がよほど落ち込んでいるだろうに。

 冷静に、自分のできることに専念するサンガをできるだけ手助けしながら、内心じりじりしていると。

 やっと、詳しい話を聞くことができた。

 王城では敵も多いので、ハイマン殿下が資料一式を持って、バーランド伯爵邸にいらっしゃる。

 第二王子とサンガの結婚許可証を得るのに、綿密な根回しをしても駄目ならばと、王家は的を絞っていた。

 教会のトップは言わずと知れた教皇だが、じつは現在、実務には携わっていない。

 しかし、たとえ隠居していようとも、死ぬまで教皇であることに変わりはないので、間違いなく、この世界でいちばん権力と金を持っている御仁だ。

 だからこそ、教会全体の意見を一気に引っくり返せる可能性があり、唯一の突破口なのだけど、それだけに口説き落とすのが難しいというパラドックス。

「できないことはない、手に入れられないものはないと言われている」

 ハイマン殿下が苦笑いされるものわかるけど。

「それは、どうでしょう?」

 古今東西、あらゆる権力者が追い求めたものは、魔法のあるこの世界でも手に入らないようで、むしろ平均寿命は(前世の記憶がある私の感覚からすれば)驚くほど短い。

 ハイマン殿下の瞳がきらりと光る。

「小兄様も期待していた。君ならば、教皇様の欲するものがわかるかもしれないと」

「…当たっているとよいのですけど。すでに試されているか、先に確認させていただきますね」

 まず、ハイマン殿下の差し出す資料に目を通す。これまで、教皇に贈ったもの、逢わせた人のリストだ。

 時代や世界が変わっても、人の歓心を買う方法はさして変わらない。

 人より良いものを持ちたいとか、うまい酒を飲みたいとか、好みの異性を侍らせたいとか、普遍的な人の欲を利用するわけだから、当り前と言えば当たり前。

 別にそれが悪いわけではないし、手に入れられないものはないとまで言われる人物に何を贈ったのか、純粋に興味がある。

「教皇様は、猫がお好きなのですか?」

「ああ。しかし、お気の毒なことだが、昔から猫に近付くと、くしゃみや涙、その…鼻水が止まらず、目の痒みもひどく、場合によっては呼吸困難になることもあったようだ。いま高齢となられて、病がちだとお聞きする。その上、あれほどの地位にいらっしゃる方だ、たとえ遠目であろうとも、実物を近付けるリスクは冒せない」

 どうやら近視同様、免疫機能の暴走は、魔法でも治療できないらしい。

 さすがは王家(暗部)教皇の手に入らないものをあっさり調べ上げたようだが、こちらがそれを与えられなければ意味がない。

 前世でも、完全な治療法はないと言われてたくらいだからなぁ。ハイマン殿下がおっしゃるように、アレルギーの元に近寄らせない、それに尽きる。

「それで、ですか」

 国宝級の宝石や装飾品、家具や芸術品は網羅している。

 以下、猫グッズ。

 まず、絵画。世界的、有名画家の手によるもの。

 次に陶器。これもまた、世界的に有名な陶芸家の手によるもの。

 その他、木彫りの連作や、カトラリーレスト、ロッテが作ったぬいぐるみやクッションもある。

 代用品で歓心を買おうとする作戦自体は悪くない。猫好きならば、アレルギーでなくとも喜ぶだろうし。でも、それは誰もがそれなりに用意できてしまうわけで。

 だからこその、彼の隠し子を伴っての面会か。

 所見を見るに、教皇は暇を持て余す老人として、それなりに楽しんだようだ。

 手順を踏めば、会うこともそう難しいことではないようで、贈り物もすべて快く納めている。

 それでも、鶴の一声を上げるほどには、心を動かされてはいないらしい。

「さすがの小兄様も、万策尽きたとおっしゃっていた」

「サンガ様に関わることでもありますし、私でお役に立てるものならばと思うのですけど」

「なんでもいい、言ってみておくれ」

 そうだ。駄目なら駄目で、次を考えよう。

 私は一度大きく息を吐いて、居住まいを正す。

「教皇様は、おいくつになられましたか」

「百十八歳だとお聞きしている」

「…驚異的ですね」

「…ああ」

 前世ではありえない数字でもなかったけど、こちらの平均寿命は四十歳前後。

 いま試験的に導入されている農法や保険制度がうまく嚙み合って、戦争や大災害が起こらなければ、もう少し伸びるはずだけれど。

「では、すでに死を意識しておられますね」

「エリス!?」

 ぎょっとするハイマン殿下に、なるべく静かに自分の考えを話す。

 思い出すのは、前世で私を可愛がってくれた年寄りたち。

 日々、自分に課した義務を果たすと、茶を飲みながら、あちらが痛い、こちらが痛いと、自慢し合うように愚痴をこぼす。

 早く死にたいと言ったり、百まで生きたいと言ったり、表現のし方は違えど、一様に死を身近なものと感じ、それを遠ざけようとしているように見えた。

 あの時代、人の細胞は百二十年、生きられるようにできていると言われていた。こちらでもそうとは限らないけれど。

「どれほど高名な方であろうと、不老不死にはなれません」

「教皇様がそれを望んでいると?」

「あくまで想像です。でも、仮に、望まれたところで叶える術はありませんよね?」

「ああ。無理だな」

 王族ならば、私が知らない魔法や秘薬を知っている可能性もゼロではないと思ったのだけど、ハイマン殿下は断言された。

 いつとはわからないけれど、それは必ず教皇の元にもやって来る。

 では、彼に、私が前世の記憶持ちであることを話す?

 来世の可能性を示せば、幾分、死に直面した人間の気持ちを和らげることができるかもしれない。

 でも、実はこれ、証明のしようがないことなのだ。

 私自身、時々、妄想か繰り返し見た夢をそう思い込んでいるだけなのではないかと思ったりする。

 見たことのないもの、経験したことがないこと、想像すらしたことのないものを人は信じることができないと思う。

 良いように解釈されても、老い先短い老人を慰める心優しい少女といったところか。

「では、教皇様のお姿と、お声を残せたならば、どうでしょう」

 これもまた、代用品でしかないのだけど。いつの世も、人は自分の生きた証を残そうとしてきた。権力者ほど、そういった欲求が強いのではないかと思う。

 ハイマン殿下がわずかに眉を寄せ、首を傾げる。

「…肖像画も彫像も、すでに多く残されているし、自伝や発言集なども出版されていたはずだ」

「でしたら、試してみる価値はありそうですね」

 それが、いままでにない方法であれば、確率はさらに上がるだろう。

 私は、我が意を得たりと頷いた。



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