64、過酷な労働①
教会が迷走している。
「聖女の慈悲により」と大義名分を掲げて、死刑を廃止せよと各国に通達。
この場合の聖女は、当然アイリーンのことで、確かに彼女が言い出したことではあるらしい。
「聖女様はおっしゃった。人が人を殺すなどという残酷なことを、心優しき人々に強いてはならない。神様の御心に反すると」
教会関係者によって、大陸中に流布されているお言葉に、いまのところ反対を叫ぶ者はいないけれど、納得しているわけでもない。
教会と正面衝突すれば、結局のところ犠牲になるのは民衆なので、サンガは、もとより少しずつ距離を取る方針だ。
今回も大いに呆れつつ、対外的には「政治は私の領分ではありませんので」と発言を控えている。
教会は「やはり偽聖女だ」などと鬼の首を取ったように喚いているそうだけど、サンガは、これについては沈黙を守っている。もともと自分から聖女と名乗っているわけではないから、知らぬふりをするのがいちばんとのこと。
私も、サンガに賛成!
前世でも、宗教指導者が元首を兼ねる国もあるにはあったし、日本も昔は宗教を政治に利用していたようだけど、そういう体制をとらなくなったということは、利点を欠点が上回ったのだろう。
大陸全土に根を張る教会の力は伊達ではない。一国の王ですら、教会の許可がなくては結婚も離婚もできず、破門されて平民の如く遺骸を野に打ち捨てられることを何より恐れてきた。
でも、今回の通達はあきらかに行き過ぎで、政治にまで口を出されることを多くの王侯貴族が厭い、憤っている。
仮に、民を同じ人間だとは思っていない貴族であっても、好き好んで断罪しているわけではないのだ。
ここは、山賊や海賊が跋扈する世界。
はっきり言ってしまえば、多くの人々はまだ野蛮で、自分や家族の命や持ち物を奪われ傷付けられれば、当然やり返そうとする。
多くの国で私刑が禁じられているだけ、文明が進んでいると言えそうだ。
王侯貴族の場合は、反逆でもしない限り、蟄居→病死、追放→事故死のどちらかだから、この際あまり関係がないのだけれど。政治のまずさが犯罪件数を押し上げていることを否定できない私でも、罪を犯した者にはしっかり償わせるべきだと思っている。
でなければ、同じ境遇でも歯を食いしばって、まともに暮らしてる人たちが馬鹿みたいじゃないの。
いくら教会が、汝の敵を許せと説いても、有力者やその関係者だけが許されている現状に、気付かないほど民衆も馬鹿ではない。蹲って、嵐が過ぎ去るのを待つ忍耐力もある。
多くの民衆はサンガを支持しているし、大半の貴族たちもそういう態度をとっているのだけど、もし、同等の力を持った聖女が、同国人の中から生まれれば、感覚任せにそちらを選ぶのだろう。
歴史的に、聖魔法を極めた者はいないとされてきたくらいだから、まず、そんなことはないとは思うけど。
そんな理不尽なことが、第二王子妃になっても有り得ることを承知で、彼女はその日を楽しみにしている。
付随する面倒事も、第二王子殿下が隣にいればなんのその。人生のスパイスと言い切るほど、美しく、自信に満ち溢れていて、なんというか、頭脳的に強そうだ。
おかげで、私は安心して見ていられる。
歩き続けていれば、ライバルが勝手に転んでくれることもあるのだし。
先に盛大な結婚式を挙げて、晴れて王太子妃となった元祖縦ロールは、アイリーンを茶会に招き、例の調子で意見をしたそうだ。
彼女の意見は、常に正しい。
一方、学園内で散々説教されていた時と同様、アイリーン節も健在で、まして教皇の孫が呼ばれもしないのに付いてきたというから、いくら王太子妃が唾を飛ばしたところで、何の効果もない。
逆に「ディーバイ王国は教会と敵対するのですね」と決めつけられ、さしもの金髪縦ロールも「いえ、まさか、そんなことは…しませんわ」と言質を与えてしまったのだとか。
一方、彼女の一の子分であったはずの某侯爵令嬢、チョコ縦ロールが、アイリーンの意見に賛同する体で「咎人などすべて奴隷にして、労役によって償わせればよいのですわ」と、学園のいたるところで発言している。
巻き込まれては堪らないと、しらばっくれていた私は、王妃様の茶会に招かれ、意見を求められている真っ最中。
「私の領分ではありませんし、私の頭ではとても…」
「やはり、真正聖女の言動にはあなたの意見が反映されているのね」
耳に心地よい軽やかな笑い声に、緊張を強いられるとはこれ如何に。
「とんでもございません。心やさしく、思慮深く、私などよりずっと多くの知識をお持ちの方です。民に、教会と無関係の墓を持たせようと考えられたのも彼女です」
「承知していますよ、私が許可したのですから。それでも、あなたが手助けしなければ、あのようにすんなりと物事が進まなかったのも事実です。大丈夫、ここであなたは私とお茶をいただいただけ。現段階では、どんな意見も私が取り上げなければ実行されませんし、あなたに責任を求めることもしません。実際、困っているのよ。教会の強欲な手は払い除けたいけれど、全面対決するには相手が大きすぎます。一方で、奴隷など言語道断! この制度を廃止するのに、歴代の国王陛下がどれほど腐心されたことか」
パシッと忌々しげに扇子で手を打つ王妃様。
「彼の侯爵に許可されたのは、すでに奴隷に落とされていた者のみ、引き続き所有し、運用することだけです。しかし、人というものは一度握った利権をそうそう手放そうとはしないもの。それにしても息女におかしな薫陶を与えたものです。王の学び舎で堂々そのようなことを口にするとは」
よほど腹に据えかねているのか、ただ私に聞かせるにしては力が入り過ぎているが、これだけヒントを与えられたら、王妃が望む答えの方向性が見えてくる。
「この度の通達で求められているのは、死刑を廃止する、その一事のみなのですね?」
「そうよ。さすがにそれ以上注文を付ければ、反発が大きいと見たのでしょう。それとも、あちらの聖女のおつむが足りなくて、他との兼ね合いなどは考えられなかったのかしら?」
否定できないなぁ。
「オホホホッ」
控えめな笑いの追従は、令嬢には必須。そうやって時間を稼ぎながら頭を巡らす。
私は法の専門家ではないし、何が正解かなんて、後になってみなければ誰にもわからない。
でも、前世では、すでに死刑制度を廃止していた国もあったはず。ちゃんとそれに準ずる刑罰も存在していたのだ。
「…例えば、四百二十七年の禁固刑などどうでしょう」
「あら、まあ」
目を見開き、次いで満面の笑みを浮かべる王妃様。
「それならば、教会と対立することなく、咎人を社会的に抹殺できますね。しかし、彼らの食が自分たちの納めた税で賄われることに、民たちは納得するかしら。見せしめのための刑執行が、娯楽と化しているのも否定はできませんよ?」
試すように言われても、大したことは答えられない。
「誰もやりたがらない労働をさせ、その様子を誰でも見学できるようにしてはどうでしょう」
本当は裁判の傍聴と言いたいところだけど、たんたんと事務処理を行う役人を眺めるだけになりそうだ。
「ふふ。それは懲役刑と言うのよ」
「そ、そうでしたか。不勉強でお恥ずかしいです」
「いままでは、人が立ち入れないような場所で行われてきましたから、知らないのも無理はないわ。鉱山なんて、当然僻地で、暗いし埃っぽいし、場合によってはじめじめしているし、わざわざ時間とお金をかけて見に行きたいという者がいるかしら?…案外いるかもしれないわね」
話しぶりからすると、実際に足を運んだことがあるのだろう、彼女の反応は悪くない。
でも、はっきり言って、これは私の手に負えない。なにしろ、禁固刑と懲役刑の区別もついていなかったくらいだもの。追々、時代の流れに合わせて変わっていくのを待つだけだ。
せめて、なるべく身内に有利なように立ち回ろう。
「…聖女の慰問を受け、罪を自覚させるのも有効だと思われます」
「咎人に魔法を掛けさせるのですか?」
「はい、王妃様。魔獣ですら大人しく、ただの動物になるのですから。どれほど重い罰を与えようとも、本人が悔いる様を見せなければ、見る者は納得しないと思います」
「なるほどねぇ」
パラリと扇子を開いた王妃様は、憂えるように顔を半分隠して「なぜ、これで第三王子妃なのかしら。惜しいこと」とおっしゃるけれど、今更どうしようもないことだし、本当は第三王子妃だって荷が重いのだから、そもそも、どうする気もないのです。




