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閑話 僕のエリス⑩


 学園内で月に一度、放課後に行われることになった定例会議。その第二回目。

 真の発案者であるエリスは、放課後の時間を潰されることを多くの学生が厭うのではと心配していたが、そんな者はまずいない。

 僕をはじめ多くの者は、それが当たり前だと思っていたが、学生たちのための活動を看板に掲げながら、ごく少数の学生だけが力を持ち、また、荷を背負いすぎ、結果、多くの学生の意見を取りこぼしていたのだと、委員会という制度を提案されてはじめて気付いた。

 国だとて、王がいて、大臣がいて、その下に多くの役人がいてはじめて機能する。

 これまでも必要に応じて、一般生徒に活動を手伝わせていたが、その場限りということもあって、上からの命令に諾々と従うだけになるのは致し方のないこと。顔を売ろうと頑張る者も、結局、中身のない発言をするだけで終わることが多かった。

 しかし、専任となれば違う。責任が重くなる代わりに、裁量も与えられ、自分独自のやり方を試みることもできる。

 未来の王国の首脳陣に、自分の有能さをアピールする、またとない機会なのだ。

 それを証拠に、サンガが(エリスと話し合って)委員会に週に一度の活動と、月に一度の定例報告を義務付けたにもかかわらず、ほとんどの委員会が毎日、場合によっては休日も、積極的に活動している様子。

 エリス曰く「多くの学生に経験させるために」一年と期限を区切ったのもよかった。

 長いようで短いその間に、少なくとも一つ、いや二つ、成果を残そうと必死なのだ。

 もちろん、生徒会としては、それぞれの委員会がきちんと記録を残し、平時の活動のみならず、将来的な目標を後に引き継ぐことを求めている。

 生徒会に新しい風が吹いた日。それに立ち向かったのは一人の侯爵令嬢だけであったが、当のエリスはと言えば、「反対意見が出ない方が不健全です」とむしろ歓迎している様子だった。

 僕は自分に割り当てられた仕事に、大いに満足している。新しいことなど思い付きもしなかった自分に対しては、忸怩たる思いがないではないが、そもそもエリスに適うとは思っていないので、「ハイマン殿下ならば適任です」と任せられたことの方がうれしい。

 彼女のように、人をあっと驚かせることはできないが、コツコツと粘り強く物事に取り組むのは得意だ。彼女の期待に全力で応えてみせよう。

 サンガを見ると、同じようなことを決意していることがわかった。

 下級生から生徒会役員に選ばれた令息、令嬢も、早くからエリスを慕っている。

 彼らにしてみれば、上級生のうち女性陣の一人は、木で鼻を括ったような態度で、サンガの方は受け入れ態勢十分なのだが、他国人で聖女というフィルターに下級生の方が尻込みし、男性陣の二人は王子で、自ら話しかけるなど恐れ多く、もう一人は数字には明るいが平民だ。

 見守りつつ、適度に声を掛け、よく話を聞いてくれる、エリス一択になるのは当然だろう。

「生徒会の活動は毎日だと聞いていました」

「それもあって、部活動に誘われたのを断ってしまって…」

 各委員会から提出された資料を綴じながら、エリスに相談しているのが聞こえる。

「去年まではそうでしたからね。よく事情をお話しすれば、お友達もきっとわかってくれますよ。どうしてもこちらの活動を優先してもらうことになりますから、当然、毎日というわけにはいきませんけれど、部活動に参加するのはよいことだと思います。別のクラス、別の学年、これまで出会ったことのない方たちとお話をするだけでも、よい経験になりますもの」

 生徒会長である小兄様と、サンガが顔を見合わせ、小さく笑みを交わしている。一年生に話す体で、自分たちにも聞かせていると気付いたからだ。

 僕たちこそ、どうしても同じ顔ばかり見ることになるのを身分のせいにせず、積極的に外の世界を知るべきなのだろう。

 それができる環境が学園にはある。此処にしかないと言いかえてもよい。

 必要ないとばかりに、鼻を鳴らした令嬢もいるにはいるが。

 帰りの馬車の中で、エリスと相談をする。

 他者との交流を優先して彼女から離れるなど、考えもしない僕だ。

 一度は牽制と、彼女の新しいゴーレムを作るために訪れた「パペット同好会」の活動は、残念ながら僕には向いていなかった。そう。僕は、魔力量は多いが、繊細さが要求される魔法は苦手なのだ。

 土を圧縮して、岩より硬く丈夫にすることはできる。しかし、エリスが示した手本通りにはとても形にできず、長さを指定に合わせるのがやっと。それでもエリスは礼を言って、快く使ってくれたが。

 その上、僕は、自分で形作ったものを操ることができない。

「ハイマン殿下は、他の方には想像もできない規模で、すごい魔法が使えるではありませんか」

 エリスに煽てられると、途端に上機嫌になる僕。

 そうだ。僕は、大規模に地形を操ることができる。まだ、たった一つだが、流星を降らせることもできる。

 地上に落とすのは危険なので、一度、夕暮れの空に流れ星として出現させたら、エリスが手を叩いて「すごい!すごい!」と喜んでくれた。

 いま、彼女は僕と一緒にできることを一生懸命考えてくれている。

 彼女のゴーレム作りに付き合ったお礼に、今度は自分が付き合うといって聞かない。正直に言って、とてもうれしい。

 しかし、エリスはエリスだった。

「ハイマン殿下。私、良いことを思いつきました!」

 彼女の計画はこうだ。

 僕の魔法を使って、地中に穴を掘る。王都の城壁の内側、正門付近から、学園のある砦の内部まで。

 彼女自身は、街道の両側に植えられた並木の根を動かして、トンネルを補強するつもりだそうだ。

 エリスはうきうきと、その利点を挙げていく。

 どう考えても時間がかかるというところに、僕は、いちばん深く頷いていた。ああ、エリスは欠点として挙げたのだった。でも、それだけエリスと一緒にいられるということだから、僕にとっては利点なのだ。

「まず、朝と夕方の街道の渋滞が緩和されますでしょう?」

 ちょっと斜め上を見て、指を折る彼女をいつまでも眺めていたい。

「ただ、空気と水の問題をどうするか、迷いますねぇ」

「学園の図書館に使われているシステムでは駄目なのか?」

「いえ。ただ、それですとランニングコスト…維持費がかかりますでしょう? 途中途中に縦穴を掘って、こう水の侵入を防ぐように細い塔を立てて、こんな感じはどうでしょう?」

 多少揺れる馬車の中でも、なかなか上手に絵を描くエリスの手元を覗き込む。ついでに席を移ることも忘れない。

「なかなか、可愛いね」

「そう、ですか…」

 顔を赤くして咳払いをするエリス。

「オホン! でも、長雨や大嵐の時は、どうしても水が大量に侵入してしまいますわね」

「エリスのことだから、それについても何か対策を考えているのではないか?」

「はい、一応。トンネルのさらに下に大きな空間を作って、そこに一時的に雨水を溜めるのです。その後、ポンプとモーターで近くの川に排水…」

 身振り手振りを交えて一生懸命話すのも、はっとしたように顔を上げるのも可愛い。

「これでは却ってお金がかかってしまいますね」

「いや、いまの案は、他所で使えそうだ。我が王国内でも、毎年水没してしまう所がある」

 それだけ聞けば、放棄してしまえばいいようなものだが、普段は、交通の要所であったり、すでに人が住み着いて、簡単に移住させられないような場所が少なからずあるのだ。

 これを報告するとしたら、小兄様か?

「それでしたら、ハイマン殿下から第二王子殿下に…」

「ああ。話しておこう」

 些細な意見が合っただけでもうれしい。

 いわゆる手柄の所在を積極的に分散させるのは、もともとの性格もあるが、立場的にあまり目立つのはよろしくないと互いに認識しているからだ。

「では、当初の予定通りでいくかい?」

「はい、そうですね。両方の出入り口に頑丈な門を設置すれば、もしもの時の移動にも使えますし、避難所にもなりますし。そのためには予備電…いえ、予備の魔力源の確保と、速やかに自動で切り替わるシステムを」

「待って、エリス。もしもとは、どういう状況を想定しているのだ?」

 思わず話を遮ってしまった。

 彼女の思考に付いていけない僕が悪いのだが、わからないなりに大事だと察しられたからだ。

「…大きな災害、竜巻や隕石。あとは、戦争ですね。学園の図書館も、そのような意図で地下にあるのではないのですか?」

「いや」

 あれは、我がご先祖様に酔狂な方がいらしたからだ。

 建造物の高さ競争に意を唱え、おかげで、燭台の火が消えたら即座に脱出することと、豪雨の兆しがあればバケツ持参で即時集合することを司書たちに厳命しなければならなかったと、当時の宰相が手記の中でぼやいている。現在のような魔道具が、まだ開発されていない時代の話だ。

 だから、子孫である僕も、そんなことは思いつきもしないわけだが。

 少々気まずい思いをしながら、エリスに説明を続けてくれるように頼む。

「はい。ええと?」

「万全を期すならば、予備の動力源が必要なのだな。あとは、戦争が起きた場合に、それがどのように役立つかという話しだったか」

「あ、はい。詳しい仕組みは私もわかりかねますが、研究員の方であれば、そのようなことも可能かと。…また、縁起でもないことですが、ここまで他国の軍に侵攻され、城壁内で籠城となった時、敵に遭遇することなく、悟られることなく、学園及び研究所の敷地内に移動することができれば、多くの者が助かるのではないかと。もちろん、その逆も可能ですし。学園は元々砦として造られたというお話でしたよね?」

「あ、ああ」

 軍事に関して造詣が深い、大兄様であれば、もっとまともな反応をするだろうに、僕はただ圧倒されるばかり。それでも、まだまだ序の口だったようだ。

「それから、まだ時間はかかるでしょうが、いずれ人類…人は空を飛びます。そのことに魔力を使用するかどうかはわかりませんが、戦いは空中でも行われるようになるでしょう。空から攻撃された時、地下に逃げるのはとても有効だと思います。もちろん、そうならないに越したことはありませんが…」

 呆気にとられている僕に気付き、エリスは恥じ入るような素振りを見せる。

「あら、私ったら、何を言っているのでしょうね。ずいぶん大袈裟になってしまいました。なんでしょう、興が乗って、つい」

 いや、君は何も悪くない。僕の呑み込みが悪いだけだ。

 それでも、彼女が口にすれば、必ずそうなると僕は何の疑いもなく信じることができた。他の誰でもない、彼女こそが預言者の如き力を持っていると思わせられることが、度々あるからだ。

 また、エリスは、僕がこの魔法を極めたところで、無敵にはなれないということを教えてくれた。

 現在、公には禁じられていることだが、かつて流星嵐(メテオストーム)一つで国を滅ぼした魔法使いがいた。

 人のみならず生き物は激減し、地は荒れ果て、太陽さえも照らなくなったと言われている。

 ああ。この優しき少女は、時に僕を戒め、時に駆り立てる鞭になる。

 彼女がいれば、僕は挫けることなく、また奢ることもなく、ただひたすらに道を歩んで往ける。

 僕はあえて、明るく言った。

「まず、渋滞の緩和が見込める。一大事ともなれば、避難道にも避難所にもなる。すばらしい考えだ。それが、僕の為に考えてくれたことだなんてうれしい。ありがとう、エリス!」

 見る見る頬を染める彼女。

「ハイマン殿下のお役に立てたなら、私もうれしいです」

 見る者の心まで温かくするエリスの笑みを見て、僕はほっとした。

 そう。彼女との穏やかな時間はじつに貴重だ。大切に味わっておかなければ。

 実際、これは大事になった。

 当初エリスが言っていたような、僕と、同じ学園の土魔法や木魔法の使い手たちでどうこうするレベルではない。

 国家事業だ。王家のみならず、貴族たちとも共有するべき事案だ。

 僕の説明をエリスは、ぽかんとして聞いていたが。

 事実、予算は国庫から捻出され、現場では王太子の指揮の元、軍属の工兵たちが動いた。

 良くも悪くも、いま軍部は暇で、大兄様曰く「兵を鍛えること。無駄飯を食わせないようにすること」も目的に含まれるが、その工程や動員数、所要時間は事細かに記録され、後の行軍や、新たな街道の施設に役立てられていく。

 すでにこの時、大兄様の頭の中では、大陸の背骨とも呼ばれる山脈を貫く、交通の大動脈が完成していたのだ。

 しかし、元はと言えば、エリスが僕の為に考えてくれたことだ。可能な限り、僕も参加させてもらおう。

「エリス」

「なんでしょう?…殿下」

 人と一緒にいる時は普通にしているエリスだが、二人きりでいると突然、口数が少なくなってしまう時がある。

 どういう時かはわかっている。僕が、彼女が愛しくて愛しくて仕方ない気分になっている時だ。

 以前の僕だったら、ひどくショックを受けて、なんとかしなくてはと焦り、彼女との間に余計な溝をつくってしまったに違いない。

 いまだ怖さは感じる。それはずっと昔から変わらない。愛しい人に嫌われたい者などいない。

 しかし、僕は自分の中の怯えを抑え、じっと彼女を見つめることができるようになった。

 頬を赤らめ、目を逸らした彼女の、呼吸がだんだん早く浅くなっていく。

 僕が近付き、手を触れると、それは顕著になる。

 可愛い。

 困り切って、どうしようという風に、ちらっと僕を上目遣いに見るのがまた、堪らなく可愛くて、抱きしめずにはいられない。

 小さな震えも、甘い香りも、このやわらかな温かさも。

 全部、僕のものだ。

 いつから僕は、こんな自信家になったのだろう。

 いつとはわからないけれど、理由はわかる。

 彼女が、逃げないからだ。

 無理に視線の先に回り込み、その美しい瞳を覗き込んでも。

 なお俯く顔に手を添えて仰のかせても。

 やわらかな唇を、自身の唇で味わっても。

 …さすがに気絶された時は、焦ったけれど。

 やめるつもりはない。やめられるはずがない。

 全身を煽る、急くような衝動を腹の底に押し止めて、彼女をなるべくやさしく抱く。

 愛を囁く。

 消え入るような声で、懸命に返してくれる言葉に耳を澄ます。



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