60、黒の焔③
このダンジョンは第一層だけでも、ちょっとした街くらいの広さがあるらしい。
セカンドエリアと呼ばれる、スプラッシュウルフが徘徊する場所が、学生である私の折り返し地点だ。
「はじめての攻略でこれだけできれば、十分でしょう」
「皆さんのおかげです」
「出来すぎっていうか、やりすぎっていうか、なぁ」
基本的に皮肉っぽい発言の多いケビンだが、ベルからこそっとフォローが入る。
「照れてるだけだから」
「そんなんじゃねー」
じゃれ合っている二人を尻目に、ダーは黙々と剥ぎ取りを行っている。
「すみません、任せっぱなしで」
傍に寄ると、首を横に振り、気づかわしげに私の顔と獲物を見比べる。
「あ、大丈夫です。というか、慣れようと思います。さすがに毛皮を剝いだことはないので、お任せしてしまいましたが、鶏は捌いたことがあるんですよ」
私の頭を撫でようとしたのか、上げた片手の惨状に自分で気付き、すっと下ろす。
これで最後という一頭を、三人で遠巻きに囲んで、私(正確にはソフィア二号)に狩らせてくれた。
スプラッシュウルフの素早さに付いていけない私は、動作一と名付けられた魔法陣に魔力を注入。横凪ぎ、離脱、踏み込んで突き、からの逆袈裟懸けで倒し、しかし、死体は消えなかった。
「あはっ、最後の最後に大当たり! バーランド嬢、これが魔獣よ」
「完全にオーバーキルだな。なんだったんだ、あの動きは」
そこはご説明できませんので、聞こえないふり~。
「刃が見事に骨と骨の間を通った。あの突きで完全に魔石が砕けたな。いや、しかし倒すことが第一の目的なのだ。よくやったぞ」
珍しくダーが言葉を尽くして褒めてくれた。
でも、ケビンにオーバーキルと言われて当然だ。
せっかくの魔獣の剥ぎ取り部位、牙も毛皮もズタボロ。それでも記念にはなるだろうと、ダーが丁寧に毛皮を剥いでくれている。
赤剥けの中身に顔を顰めそうになるが、魔獣とはいえ私が命を絶ったのだ。ぐっと苦い唾を飲んで向き合う。
せっかく用意してきた道具を使ってみたかったのもある。
「魔石、取る練習をしてみます」
ポケットから取り出した、お手製のガウン(前世で言う手術用)と、ゴム手袋を装着。フェイスシールドも忘れない。
驚いたように太い眉を持ち上げたダーだが、すでに別の生き物のように見える胴体を上向きにして、ここだと指で示してくれる。
私は剥ぎ取り用のナイフを握り、ぐいと突き立て、引く。うぉぅ、この感覚! そうそう慣れはしないけど。
「大丈夫? 肋骨だけでもダーに折ってもらったら?」
心配して覗き込むベルに、先程ポケットから取り出しておいた秘密兵器を掲げて見せる。
明らかに容量以上のものが次々出てくるので、三人とも驚いてはいたが、他人の能力や装備についてあからさまに探るのは、探索者の間ではタブーらしい。
「大丈夫です。これを使いますから」
「なにこれ?」
「知り合いに作ってもらいました。確か、こうやって」
いわゆる開胸器。こればかりは医療ドラマでも使用シーンは、はっきりとは映してくれなかったけど、その前段階で、意外に単純な作りなんだと思ったからか、なんとなく脳裏に残っていたのだ。
「あら、いいわね、それ。非力な女性でも剥ぎ取りがしやすくなるわ。作ってもらったって言ってたけど、どこかで販売してないの? その、手や服を汚さないための装備も、可能なら手に入れたいわ」
「ハザウェイ商会で今度売り出すと言っていましたよ」
「やった! ぜひ、買うわ」
おお、よかった。さすが大商会の御曹司、二コルが商品化を望んだだけのことはある。
「…非力? どこが?」
ケビンのつぶやきに、ヘッドロックで応えるベル。
あーあ、むちむちの胸に顔をうずめて、あれってご褒美ではないかしら。
はじめて手ずから剥ぎ取った魔石は、ダーの指摘通り、かなり細かく砕けていたけど、私は大いに満足した。




