58、黒の焔①
「本日はお日柄も良く。バーランド嬢のせ…ご案内をさせていただきます、探索者パーティー『黒の焔』と申します」
ダンジョンの入口前で、初めての顔合わせ。
大剣を背負ったマッチョな美青年と、大盾を軽々持つ、さらにごつく渋いおじさんは、こくりと顎を引くだけで終始無言だ。
代わりに黒いローブ姿の美女が、たくさんたくさんしゃべってくれる。
「そ、そちらがバーランド嬢のゴーレムですか? さすが優美ですわね、可愛いですわね。き、きっとお強いんでしょうね」
間断なく紡がれる言葉だけを聞けば、いかにも太鼓持ちのようだが、見た目がクールビューティーな彼女は、間違いなく無理をしている。
私の大事な相棒、ソフィア二号。
普段はシンプルな出で立ちなのだけど、事前にドートン先生から「どうにもならなくなったら全力を出して構わないが、なるべくその素材を見られないように」と注意を受けた。
そこで、私の普段着(付与魔法もりもりドレス)を着せ、ボンネットを被せ、白い仮面を付けさせている。仮面は、切れ長の目に鼻筋の通ったシャープな印象のものを選んでみたけど、どうがんばったところで、ご令嬢のおままごとの相手をするお人形にしか見えない。
「ソフィア二号共々、よろしくお願いしますわ」
「え、ええ、ええ。どーんと泥…いえ、大船に乗ったつもりでいらしてください!」
「はい」
向こうも仕事だろうからと、私も望まれる貴族の令嬢らしく振舞っていたのだけど。
第一層のファーストエリアは罠もなく、スライムだけがうろついている。
前衛の男二人は剣を抜くこともなく、軽く踏みつけたスライムを、苦無のようなものでちまちまと床に磔にしだした。
「ささっ、バーランド嬢、よーく狙って核を破壊してください」
それ以降は三人共、寄ってくるスライムを蹴り転がす以外は、完全に待ちの態勢だ。
そう。いくら自由を奪われているとはいえ、スライムは体内で核を素早く動し続けるので、初心者は仕留めるまでに結構な時間がかかるのだ。
貴族御用達の学園の教科書では、まず雷魔法や毒で麻痺させることを推奨している。
しかし、戦う御夫人、テミス姉様の手にかかれば「そんなのは魔力や装備品の無駄遣い」でしかない。
私はソフィア二号を操って、スライムを殴る。
「きゃっ!」
思わず可愛らしい悲鳴を上げてしまった。スライム、爆散したからね。
「え!?」
「す、すこーし力が強すぎたようですわね、オホホホッ」
こんな時は笑って誤魔化すに限る。
「…少し?」
美青年の声をはじめて聞いた。美声だった。
私はそそくさと、次の磔スライムに向かい、今度は自力で殴る。
で、ちぇすとー。
スライムには酸性の体液を持っているものもいるらしいから、どうせ駄目になるならと捨ててもいい鈍らを使ったのだけど。
切れ味が悪い上に、私の腕も良くないので、押しつぶすかたちになってしまった。
樹脂製のゴーグル付けててよかった!
ダンジョン産の魔物は仕留めればすぐ、核やドロップ品(毛皮とか牙とか装備)を残して消えるけど、やっぱり気持ちのいいものではない。
次の磔スライムを蹴り、ショートソードで一突き。
うん。今度は上手にできた。
粉に近い核が一個分、まっぷたつになった核が一個分、切っ先型に窪みのできた核が一個。
スライムの体液をべっちょり浴びたソフィア二号も、すっかりきれいになっている。
「なっ! 服が溶けてない!?」
いままでのゴマ擦り猫なで声ではなく、素の彼女と思しき声が出たので、私もお嬢様モードを解いてみる。
「あの、丁寧に対応してもらえるのはありがたいですけど。こういった場所ですし、私は普通に…普段、皆さんがダンジョンに潜っている時のように、接してもらった方がいいです」
「はい…お気遣いありがとうございます。ぜひ、そうさせてもらいます」
がっくりと肩を落とした美女を、仲間たちが言葉少なに慰めている。
「その、良かったな」「痛々しかったもんな」
いろいろ思い出されたのか、顔を両手で覆い、身もだえる彼女。垣間見える肌は真っ赤だ。
「あ、あんたたちがちっとも話さないからじゃないよぅ。なによ、全部、私に押し付けてぇ」
くぐもった声に怨念がこもっていたからか、冷や汗で額を光らせながら、盾を担いだ男が私に話しかけてくる。
「スライムに衝撃を与えれば、一瞬硬直するって、よく知ってたな」
「おい、言葉っ!」
大剣使いの青年が慌てたように肘鉄をくらわす。
「あ、悪い」
「構いません。先ほど言ったように、普段通りにしていてください」
なるべくはっきり大きく笑うと、三人が三人共ほっとした表情を見せる。
そうか、言葉遣いを気にして話さなかったのか。
復活した黒ローブ美女の、端的な話によれば、ベテランの彼らには、ギルドから毎年この仕事が回されるらしい。
「貴族の子女相手ですから、一応、丁寧な言葉遣いをするよう心掛けてはいるんですよ」
しかし、ダンジョンの危険と効率のよい攻略法を教えるのが先決と、合理的に教導しながら案内(まだ、とても攻略といえるレベルではない)をしていたら、去年、担当した貴族の子息から、学園長を通してクレームが来た。
いくら実力のある探索者とはいえ、貴族と比べれば、その地位は低い。
もし、ギルドから追放などということにでもなれば、多くの特典が受けられず、活動に支障が出るし、他のギルドメンバーに迷惑をかけるのも本意ではない。
愛想を良くしろ。とにかく褒めたたえろ。教科書に書いてあること以外教えるな。
これまでの自分を全否定され、それでもめげずに努力した結果が、あのおかしな手もみ状態だったわけだ。
「スライムの特徴について、多少知っていたのは、義理の姉のおかげです。辺境から嫁いできた人なので、魔獣については詳しいのです」
「そういうことなら、魔獣と魔物の違いに絞って、ご説明しましょう」
「はい。よろしくお願いします!」




