54、炊き出し合戦②
我がバーランド伯爵邸には、週に一度、下層街の住人がゴミの収集にやっていくる。
田舎であれば、敷地の片隅に埋めてしまえばいいような物も、王都ではそういうわけにもいかないのだそうだ。
四人の男たちが代わる代わるやってくるのだが、しばらく物陰から様子を窺っていた私は、そのうちの一人に目をつけた。
「ご苦労様」
ずんぐりとした固太りのボーズ頭の中年男。
初めて彼の前に私が姿を現した時、伯爵家に長年勤める下男は、自分の娘として私を紹介した。
「これからは、この子がお前の相手をする」
「あたしは、ティナ。おいちゃんは?」
「…タコって、呼ばれておりやす」
相手も馬鹿じゃない。言葉遣いはあやしいながら、彼なりに敬語だもの。
「海がないのに、タコなの?」
「…あっしは、帝国の出ですんで」
「へぇ…」
はじめは互いに警戒心を解くことなく、それでも月に一度、冬は熱い茶を、夏は冷茶を一杯飲む間だけ、なんやかや話すようになった。
ワインのコルク栓集めも、変わらず続けてもらっている。
「これ、今月の分で」
「うん、ありがと。お嬢様がタコさんに、よろしく言ってたよ」
じゃらじゃらと嵩張る銅貨で支払いをしても、タコは嫌な顔をしない。
私が彼を選んだのも、四人の男たちの中で、唯一、コルク栓の値上げを要求してこなかったからだ。
拳にものを言わせて掻き集めている可能性もゼロではないけれど、彼の持ってくるコルク栓の量がじわじわ増え続けているということは、それを集める末端に対して、いちばん金払いがいいということではないかな?
「お嬢様が、他にできることはないかって、気にしてたよ」
「…これで十分ですんで。間違っても、下層なんぞに顔を出さないように、お嬢さんに伝えておくんなさい」
迷惑そうな顔を見せつつも、聞けば理由を話さないでもない。
「えー、なんでー?」
「炊き出しだなんだって、お嬢さん方は一度や二度はやりたがるもんだが、割りを食うのはこっちですんでね」
タコが言うのももっともなことで、良い所のお嬢様は護衛をぞろぞろ引き連れてくる。当の本人がおままごと程度の感覚で、周囲はそれに賛同しているわけでもなんでもないから、当然のように下層の住人とトラブルになる。
その場合、裁かれるのは立場の弱い方。しかも公にされることなく、その場の暴力で方を付けられて終いという世界だ。
「感謝しろったって、それは無理な話で。妬んで、恨んで、そういう奴ばっかりですんで」
なかには街をきれいにするのだと、強引に住人を立ち退かせた令息もいたらしい。
「こないだの話、お嬢様がわかったって言ってたよ。そのかわり、下層がどんなふうか聞きたいから、このティナに話してって」
いかにも渋々なタコの話を繋ぎ合わせると、同じ下層でも南側は比較的マシらしい。
正門に近く、表通りを通過するだけとはいえ人通りが多いから、その分兵士も巡回するし、普通の住人もそれなりにいて、露店の市では小銭が回る。
大して北側、特に北西にはスラムがあり、そこは行政の手がまったく入らない場所だという。
瓦礫と板切れ、ぼろで覆われたバラックがひしめき合うせいで、余計に日当たりが悪くじめっとしていて、それでも、横になれば手足も伸ばせないその空間の、空きが出るのをいまかいまかと待ちわびる者たちにとっては、十分贅沢なものらしい。
「お嬢あたりの歳じゃ知るわけもあるめぇが、数代前の王様が、いい顔しいで受け入れた移民の成れの果てってやつでさ」
だから、貴族なんかが足を踏み入れた日には、どんな目に合わされても文句は言えないらしい。
そう脅すように言いう一方で、タコなりのささやかな楽しみを自慢することもある。
「同郷のが中層で酒場をやっているんで、極々たまぁに、そこで一杯やるんでさぁ」
「帝国料理?」
「そんな御大層なもんじゃねぇですが」
「ソーセージをつまみにビール?」
「よくご存じで」
決して、それ以上踏み込んではいけない人間なのはわかっているが、下層をよく知る者で信用できるのは、私にはタコしかいない。
このタイミングでタコの番が回ってくるのも、彼が持っている運なのかなぁ。
「タコさん。お嬢様のお友達でサンガ様って方がいるんだけど」
「はぁ…」
下層では出世頭だと胸を張るタコだが、突然、令嬢の名前など出されても、当然、何がなんだかわからない。
「サンガ様の話によると、いちばん偉い王子様と二番目に偉い王子様のお妃様になる方々が、今度の休みに、下層街で炊き出しをやるんだって」
途端に顔をしかめるタコ。
「…下層のどことか、言ってやしたか?」
「うん、南だって。で、サンガ様は北を任されたらしいんだけど、それはタコさんたちの都合で待ってもいいって」
「…恩に着やす」
たぶん、彼女らと遭遇するとトラブルを起こすだろう連中、もしくは、それ以上に立場の弱い住民を一時的に北に移すのだと思う。
以前、彼が話していた、保護という名のもとに捕まえられ、無責任に第三者に預けられた子供たちの悲惨さ。「奴隷狩りよりひでぇ」という言葉が忘れられない。




