52、ピンクの不幸
久しぶりに見たアイリーンは、私以上にぽっちゃりしていた。
十分の一くらい心配していたのだけど、ハイマン殿下は一切、彼女に興味を示さなかった。ほっ!
私はいいけど、アイリーンが納得するはずもなく、私が一人の時を狙って突撃してくる。
「ちょっと! どういうことよ!? 私、めちゃくちゃがんばったのよ!? なのに、ハイマン、全然振り向いてくれないじゃない!?」
「…本当に、ご縁がなかったということですわ」
「なによ! そのお祈りメールみたいな慰めはっ!?」
彼女が何を言っているのかわからないけど。
「アイリーン様は、ハイマン殿下に拘らなくても、殿方におもてになるではありませんか」
それを証拠に、ぽちゃでもアイリーンは可愛い。外見は。
「カーッ! 男なんて見た目が十割なの! こんな体型じゃ、誰もちやほやなんてしてくれないのよぅ! もう、もうっ! あんたの口車になんか乗るんじゃなかった!」
掴みかかってくるのをサッと避ける。「衛兵ー!」と片手を上げつつ、彼女に向き直る。
「大丈夫です。あなたは努力家ですもの。食べた時と同じように努力して、今度は痩せたらよいのですわ」
「キーッ! ぜんっぜん説得力ないのよぅ! 食べられないのに無理して食べて、もう、胃が大きくなっちゃったんだから! そうそう我慢なんてできるかぁ、バカァ~!」
叫びながら衛兵に引き摺られて行ってしまった。
友人たちにそれとなく尋ねてみると、赤髪の剣一筋少年も、紺髪の眼鏡少年も、近頃、自分からはアイリーンに近付かないらしい。
これは、紫髪の錬金少年にとってチャンスか?
うん。私、いい仕事をしたようだ。
学生の本分そっちのけで、好き勝手してきたアイリーンは、じつは崖っぷち。
「聖女」でないなら、下駄を履かせる必要はないから、このまま赤点を取り続ければ、卒業以前に進級も危うい。
私のところに文句を言いにくる暇があるなら、勉強しなさいという状況。
一方、飛び級を仄めかされているサンガは、いつも以上に必死に知識を詰め込んでいる。
ディーバイ王国の王侯貴族の常識としては、学園を卒業してはじめて一人前。婚姻を結ぶための前提条件でもある。
第二王子殿下にしても、サンガにしても、急ぐだけの価値があるわけだ。
年度末に行われる進級試験の準備に加えて、サンガはディーバイ王国の歴史と法律、宗教について、これまで以上に深く学ぼうとしている。
大陸全土に根を張り、すべての王侯貴族の頭を押さえつけている教会。
その軛から逃れることは無理でも、締め付けをいくぶん緩ませ、必要に応じて交渉できるくらいの関係になること。
これがディーバイ王家の一員となる自分の使命であると、自ら定めたからだ。
そう。サンガは、金髪縦ロールや私以上に、自分の価値を示さなければならない。
教会をどうこうするなど、どれほど難しいかは百も承知。
どれだけ意志を強く持とうが、挫けそうになることもあるだろう。
「サンガ様は、どんな手を考えていらっしゃるの?」
「そうですわねぇ。最終的には、宗教を王国法の下に置くことが目標ですけど、手始めに、教会とは無縁の者も埋葬できる墓地が造れないかと」
大陸全土で、同じ一つの神を信仰していると良い面もあって、他国人のサンガも王城内の礼拝所で一緒に祈ることができるし、第二王子の威光があってこそとはいえ、王家の墓に入ることもできるだろう。
あくまで表向きだけど、教会は「神の前には皆等しい」と言っているから。
実際は、そこから外れる者たちは少なくない。
昔、読んだある貴族の旅行記には、立ち寄った村や町で行われていた葬儀の様子が、憤りと共に描かれている。
「海や川、森や谷に遺体を捨てるなど許しがたい」と彼は民の風習を非難しているが、それはこの貴族のぼんぼんが無知だからで、実際のところは、教会が特権階級をコントロールするための差別化と思われる。
かつては日本もそうだったらしいね(もっとも、日本の場合は国土の狭さが原因とも言われていたけど)と軽く流してしまった私とは違って、サンガは、その時に受けた衝撃を忘れていなかったようだ。
「この案、エリス様はどう思われます?」
本当だったら、そんな難しいことを私に聞かれても困るのだが。
雑談でもなんでもいい。お疲れ気味の友達の気持ちを、一時的に解すくらいのことはしてあげたいものだ。
ハイマン殿下と同じで、私を買い被っているのには、戸惑うしかないのだけど。
「町営? 村営? 管理はそこに住む人たちで行って、葬儀の時だけ、司祭なりなんなり呼ぶ形になるかしら? 教会内の権力争いに全く興味がなくて、真に民の側に立ってくださる方も、まったくいないということはないでしょうし」
「そう、そうですわよね! いずれは民衆を教会から引き離すにしても、いきなりすべての関係を断ってしまっては、双方、反発が大きいでしょうし、現実的ではありませんわ。私も民たちから信仰まで奪うつもりはありませんし…エリス様のそのお考え、参考にさせていただいてよろしいかしら?」
「もちろん、こんなことでよろしければ。サンガ様のお役に立てるのならうれしいわ」
私にすれば、前世の実情を引っ張ってきただけだし、サンガとは昔から、互いに教えたり教わったり、どちらが先に言い出したなんて、まるで気にしない間柄だと私は思っている。
近頃、なかなか一緒に遊べないのはつまらないけれど、彼女にとって、いまは本当に大事な時期だ。
それくらい我慢する。
なのに金髪縦ロールがお門違いも私に対抗心を燃やし、また、その一の子分で第二王子のもう一人の婚約者である侯爵令嬢がサンガに負けじと、サンガの勉強の邪魔としか思えない提案をしてくるから、思わず、忙しいサンガの分も私が引き受けてしまった。




