51、サンガの決意
ハイマン殿下に続いて、サンガも王城に帰ってきた。
彼女の大人びた表情を見て、あまり愉快な話ばかりではないのだろうと予測はついたが、実情はもっとひどかった。
彼女の母国に招かれた第二王子殿下は、サンガを伴った。
多くの貴族の反対を押し切った形で、まだ正式な婚約はしていないが、彼女がそれに準じる立場であると国の内外に示したに等しい。
サンガにすれば、祖母の葬儀に参列できたことは、喜ばしいと言っては語弊があるが、それを機会としたはじめての帰国である。
しかし、彼女の話によれば、両親はサンガを疑心の目で見、弟にいたっては「裏切者」呼ばわりをする始末。妹もサンガを庇うことはせず、近寄りもしなかったらしい。
氷が解けてお茶が薄まるのも構わず、彼女の話に聞き入っていたら、はじめて出会った時のサンガの姿が思い出されて涙が出た。
他国の属国と化した国で、王族を名乗る者の悲哀を私は知らない。
けれど、言葉もわからず、頼れる者もおらず、属国の賤民よと日々、虐げられていた幼い少女を、その家族がなぜ責めるのか。
検閲を経て母国に送られるサンガの手紙を、王家に生まれながら、額面通りに受け取る馬鹿がいるのか。
ああ、そうだ。だからこそ、サンガが言う通り、家臣にいいようにされ、しかし、そのおかげで生き永らえてもいる。
共和国で、辛うじて存続し続ける王家。
その行く先は、本来ならば、一貴族に引き摺り下ろされるか、断頭台しかないのだが。
有力貴族の幾人かは、サンガに擦り寄てきたというから、彼女がこれから得るだろう地位を考えて、形ばかり王家は残されるのだろう。
本人を差し置いて泣き、憤る私をサンガが抱きしめてくれる。
「ありがとう、ありがとうございます、エリス様。私のために泣いてくださって、怒ってくださって。私も、本当に腹が立ったのですよ。私は何のために頑張ってきたのかと、情けなくて仕方がありませんでした」
浮かべた涙を、しかし、彼女は溢さない。
「ああ、なんて愚かな家族なのでしょう。…でも、おかげで吹っ切れました」
美しい少女が浮かべる、力強い笑み。たとえ無理をしていても、微笑むことに意味がある。
「私、サンガ・シビユレ・モートレールは、ディーバイ王国第二王子殿下と、エリス様、あなたがいるこの国ために生きることを決めました」
私はハッとする。
そうだ、そうなのだ!
悲しいけれど、虚しいけれど、どうやっても変えられないことがある。
だったら、考え方を変えてみよう。彼女のように。
サンガの為を思えば、これはこれでよかったのだと。
彼女がどれだけ第二王子殿下を慕い、尽くそうとも、母国との板挟みになって、苦しむ未来しか見えなかったところ、向こうからサンガを切ってくれた。サンガが、愛する家族を切り捨てるより先に、心の中から追い出す手伝いを彼ら自身がしてくれたのだと思えばいい。
そう思わなければ、やりきれない。
「どうか、あなた自身の幸せを目標に入れることを忘れないで」
「ありがとう…ありがとう、エリス様」
いま一度、抱き着いてきたサンガは、今度こそ堪え切れずに泣き出した。
私はこうして、ただ話を聞き、一緒に泣くことしかできないけれど。
この、彼女の覚悟を受け止め、対処できる人がいることに安堵する。
いまは思い切り悲しんで。でも、大丈夫よ、サンガ。
我がディーバイ王国の第二王子殿下は、遠くない未来、サンガ・シビユレ・モートレールを正式な婚約者として発表すると決めているのだから。
今回のモートレール共和国の対応、そこから導き出されるものをしかと見極めて、その動きは加速するだろう。いまは、貴族たちとの調整に手間取っているけれど、彼の決意は固い。
いや、思う以上に固かった。
しばらく経って、ハイマン殿下から、内々に話を聞いた時、私はぽかんと口を開けたものだ。
「…正室とは、また、思い切りましたね」
「そこまで考えて、小兄様に勧めたのだと思っていたが?」
驚く私に、ハイマン殿下も驚ている。
「いえ。そうなればいいなというくらいで、すべて思い通りになる方がおかしいのです」
「まあ、普通はそうなのだが」
苦笑するハイマン殿下が、私の手を取る。
「小兄様の弟として、サンガの友人として喜ばしいことではあるが、これで、小兄様が王位に就かれる目はなくなった。後継者が生まれぬうちに、大兄様にもしものことがあれば、第三王子である僕に王位が回ってくることになるから、覚悟だけはしておいてくれ」
「へ?」
呆気にとられる私の表情が、よほどおかしかったのか、こんな愛しいものはないとでもいうような、やわらかな笑みを浮かべるハイマン殿下。でも、その目からは、隠しきれない緊張が見て取れる。
「…と、小兄様に僕も脅かされた。ないならいい、ない方がいい。だが、何があるかわからないから」
それでも絶対にこの手は離さないと、ハイマン殿下の手に力がこもる。少し、痛いくらい。
「あの、そんなことは、私も望みませんけれど。…私、エリス・ティナ・バーランドは、ハイマン殿下にどこまでも付いてゆきますから」
あの日、凛とした友の覚悟を目にし、耳で聞いた。私もしっかりしなくては!
胸を張って宣言すると、美しい紫の瞳を溢さんばかりに目を見開いたハイマン殿下は、直後、くしゃりと泣き笑いのような表情をされた。
そして、そのお顔が急接近。
え?
この、唇に触れるあたたかな、でも、ちょっとかさついた、やわらかいものは何かしら。
理解が及ぶ前に、呼吸が止まる。心臓も一瞬、動きを止めたようで、直後、ものすごい勢いで血液を送り出しはじめる。
は、はぁ、はぁ…なんか、くらくらしてきた。
ハイマン殿下の美しい長い睫毛を見たのを最後、私の視界は暗転。
「エリス!?」
慌てたような殿下の声が聞こえた気がした。
そういえば、完全に声変わりされたのですね…ハイマン殿下。




