5、兄
私こと、エリス・ティナ・バーランドには年の離れた兄がいる。
まごうことなきバーランド伯爵家の跡取り息子だが、自他ともに認める魔法バカ。
家族を愛してはいるのだけれど、魔法のこととなると寝食すら忘れるくらいだから、魔法省管轄の研究所から極まれにしか帰ってこない。
私は三歳の頃に抱き上げてもらったきりなんだとか。つまり、私は、お兄様の顔すら知らないのよね。
侍女たちの話では「身なりさえ気をつけていただけたら」お母様似の美男子らしい。
毎年、数カ月遅れて、お詫びの手紙と共に誕生日プレゼントを送ってくる憎めない人だ。
そんな兄なので、私がぽちゃだろうがギスだろうが気に留めるはずもない。
「やあ、エリス! なんて大きく可愛くなって!」
抱き上げて頬ずりしてくる、髭がチクチクして笑ってしまう。
「おひさし、クスクス、お兄様! くすぐったいです」
いままで兄から贈られたものは、水もあげないのに芽吹いて花が咲き、枯れると縮んで元に戻る不思議な種。魔石をセットするとぎくしゃく動く人形。開くと雨音がして、水が垂れてくる不思議な傘。一時間ごとに色の変わる帽子。歌う楽譜。みんな私の宝物だ。
ただ、普段の彼は、半端なく危険をともなう実験をくり返しているらしく、先日とうとう謹慎処分と相成った。
ちょっとやりすぎちゃった、てへ。的な手紙が送られてきた時は、誰も驚かず、とうとうやったか、まあ、無事でよかったくらいの反応。
「メテウス、よくぞ戻った。元気そうでなによりだ」
「ああ、愛しい我が子。おかえりなさい! さぁ、母によく顔を見せてちょうだい」
「ただいま帰りました。父上、母上。そして、可愛い我が妹よ!」
そう、彼を責める者は、我が家には一人もいない。
いわゆる天才。夢中になると周りが見えなくなる、ちょっと困ったところもあるけど、バーランド家の誉なのだ。
自室に手荷物を片付け、身支度をした兄と、さっそくの家族団欒。
「今回は、どれほど家にいられるのだ?」
「研究室の復旧に半年ほどかかるとか。私も手伝いたいのですが、建造物の方はどうにも畑違いでして」
「まぁ、ゆっくりできるのね。うれしいわ」
ゆっくり骨休めをしたらよいと言いつつ、父が一つ提案をしたのは、さすがにこれ以上問題を起こされたら困るからだろう。
「エリスも六歳。そろそろ簡単な読み書きと計算、魔法の基礎を教えたいのだが。専門家たるお前がいるのに、よそから人を呼ぶこともあるまい。メテウス、頼めるか?」
「お任せください!」
兄は、自分が賢いからといって、できない者をバカにするタイプではなく、なかなか面倒見の良い人らしい。
その上、彼は、いまの私の年齢の頃には、伯爵家所有の書物をすべて読破していたという本物だから、私が、読み書き計算ができる(具体的には、前世の義務教育相当の知識を有している)ことを告白しても、特に驚くでも騒ぐでもないのは助かった。
そう。この世界ではなんと、話し言葉も書き言葉も日本語なのだ。
度量の単位も、時間、暦も変わらない。祝日は多少、謂れや呼び方が違ったりするけど。
さすがに貨幣は違って、単位はエンド。使われるのは銅貨、鉄貨、銀貨、金貨、白金貨。十進法なのがありがたい。
兄は簡単なテストをして私の能力を把握すると、「エリスはすごいねぇ」と頭を撫でて、あっさりカリュキュラムを組み直した。