49、バカンス
夏の間は、大人たちもお休みである。いわゆる夏休み。バカンスのシーズン。
避暑に行った先でも社交をして、それも仕事と言えば仕事なのだろうけど。
我がバーランド伯爵家も、毎年、避暑地の別荘に行くか、テミス姉様のご実家にお邪魔するかしていた。
しかぁし、今年はハイマン殿下との約束を優先させてもらいましょう!
お母様は、我がことのようにはしゃいでいたけど、許可してくださったお父様の笑顔が、少々硬かったような。
ハイマン殿下は、私が趣味と実益を兼ねて、どんぐりをはじめとした色々な木の実を集めているのを覚えていて、この辺とは少し植生の違う山へ誘ってくださった。
うれしい! 楽しみ!
夏休みの課題を早めに片付けて、何度も荷物を点検したり、それこそ指折り数えて、その日がくるのを待っていたのだけど。
おおぅ…。
周辺各国の王家に慶事と弔事が立て続けにあり、王族の方々が手分けして訪問しなければならなくなった。
お祝い事は、遅くとも三週間前には予定が組めるのだけど、長らく臥せっていたにしても急にしても、こればかりはわからないし、予測してはいけないとされていて、人が亡くなったのに(それがまったく面識のない相手でも)恨めしく思うなんてことはさすがにしたくない。
ええ。大人しく一人過ごしておりますから、気を付けていってらっしゃいませ。
まだ、王族の末席にもついていない私は、控えめな笑顔でハイマン殿下を送り出す。
一気に、暇になっちゃったなぁ。
王都は暑いから、昼間、外で活動するにのは向いてない。いえ、屋内でもだわ。
成人前の女子は髪を結い上げられないのが、地味にきつい。もっとも、まとめたらまとめたで、地肌が蒸れるのだけど。
さすがにプールはないし、ご令嬢が川で泳ぐなんてとんでもない話だろうし。ちぇー。
屋敷の中でいちばん涼しい北側の部屋でごろごろしていたら、王城に呼び出された。
ハイマン殿下もいらっしゃらないのに、なんじゃらほい?
実質、宮廷は避暑地に移っているわけで、宰相もそちらに行っていたはずなのだが。
苦虫を潰したような表情をしていても、美中年であることには変わりない。なにせ、いずれは王太子殿下の外戚になる方(金髪縦ロールの父親)だから。
心中複雑、いや、はっきり言って面白くないのだろうけれど、仮にも宰相、その説明は無駄がなくてわかりやすかった。
必要最低限のことしか言っていないとも言う。
以前、ハイマン殿下が共和国語に続いて、帝国語を習いはじめ、いまではすっかりマスターしてらっしゃるのだけど、その帝国の皇子様がご来訪。避暑地の離宮にお寄りになられて、宰相のご息女(つまり金髪縦ロール)がもてなしたところ、彼の皇子様は大変ご立腹なされて、避暑地を飛び出し、自国に帰るというのを、宰相が慌てて追いかけ、せめてもと王城でご休憩いただき、その間に機嫌を直してほしいので、私に接待をしろと。
思わず、高速で瞬きしてしまいましたよ。
「…ご指名いただきありがたく、しかし、残念ながら私、帝国語に不案内でありまして」
「あちらの近習が通訳をする。第十一皇子殿下は、幼くていらっしゃって、堅苦しいのはお嫌いのようだ。そなたでよい。いや、そなたがよい」
ますます顔の皺を深くして、自分で自分に言い聞かせるように頷いている。
あー。金髪縦ロールのことだから、礼儀正しくきっちりと最高級のおもてなしをしたのだろうな。相手の都合も、好みも関係なく。
「彼の方はどのような方でいらっしゃいますか?」
「…物静かな方と聞いていたが。旅の疲れなどもあって、礼儀作法など気にされる余裕がなかったようだ」
あー。鬼ロールのことだから、相手の身分に関係なく、ビシバシ指摘したんだろうなぁ。
まあ、間違ってはいない、間違ってはいないのだけどね。
「どのような御用でいらっしゃったのでしょうか」
「…我が国に用があったのではなく、隣国への使いの帰り道であるとお見受けした」
へぇ。ぼんやり思いを巡らす私を、宰相が急かす。いや、もともとめぐりがよくないのに、暑くて余計ぼーっとするのよ。
「無理を言ってお引止めしているのだ、さぁ早く!」
もう、説明終わりですか。もしや、自分の娘の失敗を、私の大失敗で塗り替えるつもりなのでしょうか。
アイリーンの預言によれば、三年後に戦争を起こすのがこの帝国。さすがに宰相だから、知っていてもおかしくない。
でも、だからって、なぜ私に投げるの?
いや。宰相に全権渡されたって解釈で、言い抜ければいいのか。もしもの時はハイマン殿下に泣きつこう!
えーと?
うちの王国は、帝国に戦を仕掛けられるのは困るのよ、たぶん。勝てるだろうけど、資源(人込み)と金が失われるから。
それは向こうも同じで、よほど追い詰められなければ、そんなことしないと思うのは私だけかしら?
私は、おなかがいっぱいなら、基本的に喧嘩はしないからなぁ。
うん。って!
国民をおなかいっぱいにさせるなんて、私の仕事ではなくないですか? しかも、他国!
…どの道、やるしかないわけだけども。暑い。
この暑さの前には、何事も大したことではないわ。
「承りました」
ふー。ふー。
とりあえず、接待ぃ~。
くるりと周囲を見渡すと、よかった!いた、いた。
私がハイマン殿下の元を訪れる時に、必ず案内してくれるメイド。
目で示しただけで、すすっと近付いてきて一礼。
「彼の方たちはどちらに?」
「こちらです…」
宰相を気にしたのが目の動きでわかった。
「それでは失礼いたします」
執務室を出て、いい加減進んでから、彼女は体を斜交いにする。
「歩きながらで失礼いたします」
「構いません。だいぶお待たせしているようですから、急がなくてはね」
「はい。先程、お客様の所在をお尋ねでしたが、王の客間に」
「うわっ、暑そうね」
思わず、令嬢らしからぬ声を上げてしまったが、メイドは我が意を得たりと頷いている。
「宰相様のご指示で。確かにいちばん格式の高いお部屋ではありますが、大変日当たりがよく、風が抜けません」
「お城の中でいちばん涼しいお部屋はどこかしら? この際、格式は気にしなくていいわ」
とにかく、暑いのよ! ぽちゃな私は汗が止まらない!
「…薄墨の間がよろしかと。北西の角と方角はよくありませんが、先の大公様がよくお使いになられておりましたので、調度類も品良く整っておりますし」
「確か、ピアノがお好きだったとか?」
「はい。楽器を傷めたくないとおっしゃられていたとか。いまも、定期的に掃除はしてますので、取り急ぎリネンとお花をご用意いたします」
「お願いね」
ああ、王城の廊下って長い! 同僚とバトンタッチしたメイドが、副メイド長に話を通して戻ってきても、まだ王の客間に着かない。
でも、大腿四頭筋を使っているおかげか、やっと頭が回ってきた。
えーと、確か、帝国は海洋国。我が王国を通り抜けて、もう一つの王国に何かをしに行って、不首尾で返ってきたと。
大抵の王族が出払っているのは、帝国も同じはずで、そんな状況下でうろうろできるのは、兄妹が多いからだ。
宰相も、第十一皇子と言っていたものね。
ああ! まさか縦ロールったら、「第十一皇子殿下」とかお呼びしてないわよね?
私も本を読んだり、話に聞いただけだけど、帝国は実力主義で、何番目に生まれたかは関係ない。
皇帝は自分の子等を競わせて、いちばん相応しいと思った者を皇太子にするのだそうだ。
だから、彼らは生まれた順序を気にしないし、それを引き合いに出すことを殊更嫌う。自分に実力がないことの言い訳みたいに聞こえるものね。
自己紹介を受ける前から、ファーストネームに敬称を付けて呼んでいいはずで、むしろ、そうしないと不興を買う。
逆に、我が王国では、よほど親しくならない限り、名前呼びは忌むのが習わしなのだけど。
いや、私たち王子の婚約者たちより、ずっと厳しい王妃教育を受けている上に、完璧主義の彼女だ。そんなへまはしないはず…。
でも、縦ロールだからなぁ。
私だって、こんな暑い最中に彼女とお茶したら、イライラが募って、ちゃぶ台返しする自信があるわ。




