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46、お客様


 私が起き出した時には、すでにハイマン殿下からの返事はきていた。

 書く文字まで誠実なのね。

 先日、勝手なことを言ったという詫びからはじまって、自分のことは心配いらない、学園生活を楽しむようにと。

 なんだろう。このうれしいのに、悔しいような、ぐちゃぐちゃな気持ち。

 いくらきちんと話そうと決意したところで、相手がいなくてはどうにもならない。

 返事に返事を書くけど。手紙のお礼に続いて、先日は私も心にもないことを言ってしまったと、重ねてお詫びも書くけど。

 目の前にいて、顔が見えなければ、相手がそれを受け入れてくれているのか、それとも不快に思っているのか、ちっともわからない。

 そりゃ、一緒にいたって、誰でもある程度は自分を作るものだし、本当かどうか見抜く目なんて、私は持っていないけれど。

 丁寧に書かれた文字から、一生懸命なにかを読み取ろうとして…つまり、物足りない。とてつもなく不安だ。

 なんの義務感からか、毎日、学園には行っているけど、ふわふわ非現実的な水の中を歩いているようで、サンガやマノーン嬢を心配させているのがわかる。

 どうやら、食欲不振ですらりとしている自分に向けられる視線が、多くは好意で、何かにつけて、周りがちやほやしてくれているということに気付いても、まるでうれしくない。

 ぽっちゃりで、食べたいだけ食べられる幸せと引き換えに、重い体を懸命に動かして、乙女としては忸怩たる思いもあるけれど、殿下の温かい眼差を感じていること。思い出すだけで、なんて幸せなのだろう。

 殿下が休み始めてから、四日目だっけ? 五日目だっけ?

 その日は朝から、おなかがしくしく痛くて、私の気力はついに尽きた。

 学園なんて、行きたくない。

 侍女に腹痛を訴えると、家族一同大騒ぎをして、治癒師を呼び寄せてしまった。

 中でも比較的、冷静だったテミス姉様が、私がそれなりに落ち着いているのを見て取って、皆を一度、部屋の外に連れ出してくれたのが、本当にありがたかった。

「ご心配もわかりますが。ええ、私もエリスが心配ですから。ですが、腹が減っていては戦はできません! 看病する方もまた力をつけておかねば。さあ、治癒師殿が参られる前に、ここは侍女に任せて、私たちは、ささっと朝食をいただいてきてしまいましょう」

 ああ。やさしそうなおばあちゃま治癒師に、私は真っ赤になりながら、さっき手洗いに行って気付いたことを告げる。

 家族たちが戻ってくる前に、話し終えられてよかった。

 彼女は、励ますように私の手を握ってくださって、「おやさしい方ですね。私のことならば、お気に病む必要はありませんよ。おなかが痛いのでしたね? お嬢様のおっしゃる通り、それが原因だとは思いますが、私も医療に携わる者ですから、一通り、診させていただきますね」

「はい、お願いいたします」

 彼女は私の腹部を透視(トレース)し、今日、口にしたもの(まだ、食事はしていないので、水差しの水)を調べ、一つ二つ頷いた。

「はい、ご心配にはおよびませんよ。お嬢様のおっしゃる通りでした。聡明な方のようですから、本当のことを申しましょう。これは病気ではありませんから、治療(ヒール)を掛けても無意味です。ただ、気の持ちようということもあって、楽になったとおっしゃられる方も多ございます。気休めですが治療(ヒール)を掛けますか? それとも、とても苦いですが、効果のある薬茶をお飲みになりますか?」

「薬茶をお願いします」

 彼女が言うには、どこの家にも大抵常備さえているそうで、事実、話を聞いた侍女が準備に走る。

 その薬草の名前を聞いただけで、お母様とテミス姉様は事態を飲み込んで、男性陣(バーランド伯爵であるお父様と、テミス姉様の息子である、私からすれば甥)を部屋から追い出しにかかった。

「な!」

「ええ、なんでー? エリス姉さまは、だいじょぶなの?」

 ごめん、ごめんね。明日には普通にするから、今日だけは勘弁してください。

 テミス姉様は、いかにもできる格好いい女性らしく、二人の背をぐいぐい押しながら、もう一人の子供(私からすると姪)を引き連れて、最後にウインクを決めて、一緒に部屋を出ていく。姉様、ありがとう!

 お母様は、ほわりと微笑んで、私を抱きしめてくれた。

「おめでとう、エリス。今日から、大人の仲間入りね。これから、同じ女同士として、助け合っていきましょう」

 いつもは、ふわふわ少女みたいな言動の多い人だけど、やはり兄と私を生んでくれた母親なのだなぁ。

「はい、お母様。ありがとうございます」

 どうにも恥ずかしくて、俯く私を、お母様はすぐに寝かしつけてくれる。ぽんぽんとお腹のあたりをやさしく刺激されてるうちに、おなかが痛いことは痛いのだけど、とろとろ眠くなってきた。

 ああ。なんて私はうっかりなんだろう。前世でも経験していたことなのに、すっかり忘れていた。

 もっとも、覚えていても、こんなに早くくるなんて思わなかっただろうな。あの頃の日本人としては、早くも遅くもなく平均的なタイミングだったと思うけど。こっちでは西洋人っぽいから、体の成長が早いのかもしれない。

 あの時は、おばあちゃんが「お客さんがきたんだよ」と言って、お赤飯を炊いてくれたっけ。あの時も、私は恥ずかしくて、こんな大っぴらにお祝いなんてしなくていいのにって思ってた。

 一度、起こされて、選択したことを後悔する苦さの薬茶を飲んで、でも、おかげで痛みは引いてきた。まだ、なんか違和感はあるけど。

 やはりあるらしいお祝いのご馳走は、明日にしてもらって、今日はだらだら、ごろごろさせてもらおう。

 さあ、もう一寝入り。というところで、屋敷の玄関あたりが騒がしくなった。



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