45、ただ過ぎる日々②
ハイマン殿下が学園を休まれるようになってから、もう三日になる。
サンガが第二王子殿下から聞かされた話によると、実際、公務も、日課の鍛錬も休まれているし、仮病というわけではないらしい。
全く自室から出てこないし、見舞いも一切断っているので、ご家族も顔を見てはいないのだとか。
「さほど深刻な症状ではないそうなのだけど、治療師を呼んで魔法をかけても、あまり効果がないようなのが少し心配ね」
サンガは、殿下と同じ城内に暮らしているとはいっても、王城は広いし、生活するエリアがまるで違う。
彼女なりに、そういった事例がないか図書館で調べてみたそうだが「専門の治療師がどうにもできないのだもの。気休めにもならないわね」と苦笑いしていた。
私はといえば、初日は、殿下の言伝を預かってきた護衛騎士に、お見舞いの言葉を伝えただけだった。
不安と緊張を抑え、前日の態度や失言を謝ろうとしていたのに、その気組みを不意にされたと、身勝手にも怒っていたからだ。
でも、アイリーンに勝ち誇って見せた直後から、気分が急降下。どんどん不安になっていった。
なんて馬鹿なんだろう、私。あのハイマン殿下が、仮病なんて使われるわけがないではないか。
授業で得る新しい知識を面白がり、クラスメイトと楽しくおしゃべりしていても、心の下半分は重苦しく、冷たい。
あんなに夢中になっていた同好会にも顔を出さず、急いで家に帰る。そう、生徒会に参加されるハイマン殿下を待つ必要もないのだ。
遅ればせながら、お見舞いの手紙を書いて、庭園で摘んだ花と共に、急ぎ王城に届けさせる。
せっかく作ってくれた料理人に悪いから、なんとかスープだけは胃に押し込んで、その日はお風呂にも入らず寝てしまう。
天蓋付きの、いかにもお姫様が横になっていそうなベッドの中で、ずっとごろごろ寝返りを打っていた。
考えるのは、ハイマン殿下のことばかり。
これがベストだと重々承知の上で、私が生徒会役員の人選から漏れたことを、残念がってくださったのがうれしかった。
自分で望んで行動した結果だけど、じつは、殿下と一緒に働きたい気持ちもあったのだ。
生徒会の活動をデート代わりにするのは、不謹慎だとは思うけど。これでも前世では、児童会長・生徒会長を歴任し(注、一人社長のようなもの)、けっこう世話好きなところもある。
でも、人を、ましてサンガを押し退けてまで、やりたいことではない。
今回はとにかく、彼女の地位を確かなものにして、さらに、それを周囲にそれとなく認識させるのが最優先だった。
だから、これでよかったのよ、うん。
そう頭では考えて、納得もしているのに、おなかの中にはさらに底があって、そこに相当のストレスを溜め込んでいたみたい。
私は、ぐちゃぐちゃな自分の中を整理する。
まず、きちんと謝ろう。
それから、自分の考えていることを話そう。まだ、自分でもよく把握できていないのだけど。
格好ばっかりつけてないで、ちゃんと思ったこと、感じたこと、どんなくだらないことでも、殿下には話さなくては駄目だ。
殿下は、絶対に面倒くさがったり、嫌に思ったりしない。きちんと聞いてくださる。…はずだ。
だから、早く良くなって、また、一緒に学園に行きましょう?
せめて、明日には、手紙の返事をくださいますように。
何が解決したわけでもないのだが、延々悩み続けることもできない。
明け方近くになって、やっとうつらうつら。
こんな時は、たいてい夢を見る。
現実にありそうで、絶対にあり得ない内容。
起きれば完全に忘れてしまうのに、夢を見る時は「あ、これ前も見た」ってわかるのよ。変なの。
まあ、それが夢ってものよね。
私は誰かに一生懸命あいさつしている。
王様よりも、ずっとずーっと偉い人。
でも、顔を上げてみると、そこにいるのは私。
なんだ、これ。もしかして、深層心理とかいうやつかな?
私が私に言う。
「ずいぶん迷っているようだから来てみた。前世の記憶があるなんて、誰にも言わない方がいいよ」
「やっぱり、そうですか?」
「別に話したからって、何かペナルティーがあるわけじゃない。その知識を使って、何かする分にはかまわない。前にも言ったけど」
なるほど。
殿下に話そう、今度こそ話そうと思うのに、ストッパーでも掛かっているかのように、心がブレーキを踏むのはこのせいだったと、妙に納得をする。
「なぜ?」
「先があると思えば怠けるからね。ヒト種なんてそんなものだろう?」
それが真実、もしくは私の妄想。どんな判断をするにせよ、ハイマン殿下は必ず受け入れてくださる、そう、わかっているのに。
「…そうですね」
「まあ、がんばりすぎて死なれても寝覚めが悪い。ほどほどにな」
私が生真面目に頷くと、私はおかしなものを見たとでもいうように、クスクス笑う。
「どうせ忘れてしまうのだ。あまり気にしないことだよ」
ふっと、目が覚めた。
夢を見ていた記憶はあるのに、どんな夢かは覚えていない。
よくあることだけど、なんかもやもや、気持ち悪いなぁ。




