43、初めての喧嘩
その日、私は少しイライラしていた。
ソフィア二号の改造は順調。なのに、それを手伝っていくれていた二コルが、訳のわからないことを言い出したのだ。
「エリス、いや、エリス様。この同好会以外の場所では、オレに話しかけないでください。できれば、会を退会…いや、やっぱ、オレがやめるわ」
「なにそれ…」
学園内で二コルを見掛けることはあったけど、初日同様、たいていお取込み中なので、私は近寄ることすらしていない。
結果的に出歯亀をしてしまったことを、謝りたい気持ちもあったけど、二コルが何も言ってこないから、話題にするのも遠慮してたのに。
知らぬふりをするのもやさしさだと、私は、よく知っているつもりだ。
幼馴染としては、ああいったタイプはお勧できないと意見したいところだけど、かつて村の年寄が「恋なんてものは、何をやっても治らない。それがどういう形のものであれ、いらぬ口をきくと馬に蹴られて死ぬんだ」と言っていたし。
その時は、村に馬なんていないのに変なのって思ったけど、いまは、そこら中にいるからね、馬。くわばら、くわばら。
とにかく、そこに触れなければいいわけでしょ?
「せっかくまた仲良くなれたのに、なぜ、やめろとか、やめるとか言うの?」
私が、不満もあらわににらむと、二コルはいかにも渋々譲歩して、「よそでは話しかけないってことでいいですよ。じゃあ、そういうことで」と話を終わらせてしまった。
はじめに無理そうな要求をして、相手に譲るふりして本命を通す、商人のテクニックってものかしら?
そんなことをしなくても、普通に頼めばちゃんと考えるのに。
なかば呆れ、感心していると、二コルがぶつぶつ言ってるのが聞こえる。
「オレが危険なんだって、わかんねぇかなぁ」
わざと聞かせてるの? 私が何をわかってないというのか、ちっともわからない!
生徒会の活動が終わる時間になったから、私はそのままお暇したけど、釈然としない気分はまだ残っていて、つい、ハイマン殿下にこぼしてしまった。
二コルが私に何か相談しに来ることはないだろうとか、偉そうに推測してみせた手前、きまりが悪かったけれど、二コルと再会したことは、別に隠していない。
殿下はいつも、穏やかな笑みを浮かべて、話を聞いてくださる。
今日も、はじめのうちはそうだったのだけど、気付くととても怖い顔をなさっていて「二コル・ハザウェイと会うのはやめるように」とおっしゃった。
「え、でも…」
今日はちょっとおかしな雰囲気だったけど、ゴーレムの骨格を作ってもらって、いまちょうど面白いところなのだ。「パペット同好会」に行かないなんて考えられない。
「ハイマン殿下も、楽しそうだとおっしゃっていたではないですか」
イライラしている殿下なんて、はじめて見る。私は慌ててしまって、気付けば、いつも以上に考えなしに話していた。
「がんばるようにと」
「それはっ…アイリーンに関わることだから、探ってくれているのだと思ったからだ。でなければ、他の男と親しくすることなど許すものか。君はすぐ、本当に、誰とでも仲良くなってしまうんだな」
ハイマン殿下にしては、荒っぽく言い捨てる様子に驚きながらも、私の中にくすぶっていたイライラも少しずつ大きくなる。
なにそれ。そんな言い方されたら、まるで私がふらふら男を渡り歩いている浮かれ女みたいじゃないの。
あとは正に、売り言葉に買い言葉というやつだ。
「知らない人と知り合って、お付き合いするのは、楽しいからそうしているんです。友人を使って情報を得るとか、そんなことばかりのために、私、生きてるわけじゃありません!」
「そんなこと…大事なことではないのか」
声を押し殺されるハイマン殿下。
「わかってます。ハイマン殿下がそうやって生きてこられたことは。それが王族だということは。でも、ならば、私には無理で…」
殿下が飛び掛かってきて、私の口を手で塞いだ。
怖い!
その勢いが、その力強さが。そのギラギラした目が。
こんな人、私は、知らない。
「エリス…エリス! そんなことを言うな。言っては駄目だ。…言わないでくれ!」
最後は血を吐くように言葉をしぼり出して、きつく私を抱きしめてくる。
私は、小刻みに震えながら、身をぎゅっと固くする。
「エリス」
ハイマン殿下は、私の名前を切迫感を感じさせる声で呼びながら、それでも、私を宥めるつもりなのか、髪を撫で、頬を寄せてくる。
一方で、腰に回った腕は緩むことがなく、結局のところ、ハイマン殿下に深く抱え込まれたままだ。
いつも穏やかなハイマン殿下。一緒にいる時は微笑んでいることが多い。私も、そう。
そんな時、同じことをされたなら、私はドキドキして「恥ずかしい」と内心悶えながらも、ほんわりあたたかな、けして嫌ではない切なさを味わっていたに違いない。
しかし、この時、私の体の強張りは、一向に解けなかった。
後から、めちゃくちゃ後悔した。なぜ、あんなことを言ってしまったのだろう。
私がもう、情報を集めたり、駆け引きみたいなことをしたくないって思っているのは本当だけど。
ハイマン殿下だって、別にやりたくてなさっているわけじゃない。好きで王族に生まれたわけじゃない。
どうにもならない環境の中で、己を律し、最上を目指される。そんな彼を誇らしく思っていたのに。
口から出たのは、それらを完全に否定するような言葉。
先へ先へ、上へ上へと目標を掲げる人に、自分がついていけるか不安で、できない、やりたくないって思いばかりになって、理屈の通らない攻撃をしてしまった。
結局、いつまでも緊張が解けない私に、殿下が折れてくださった。
「ごめん、エリス…」
なぜ、「私こそ」と、すぐに言わなかったのだろう。
「僕を嫌いにならないで」
あんなことを言わせて。いまにも泣き出しそうな顔をさせて。
嘘でもなんでも笑って見せて、拗ねたように「もう、今回だけですよ」とかなんとか。
ううん。黙って抱きしめてあげるだけでよかった。
なぜ俯いて、何も言わずに馬車を降りてしまったのだろう。




