閑話 僕のエリス①
僕は、ハイマン・トロス・ディーバイ。
ディーバイ王国の第三王子。
ある日、僕は気付いてしまった。王太子で剣術が得意な大兄様や、学者肌の小兄様より、僕は大事にされてない。
責任を伴わない分、自由っていえば聞こえはいいけど。
使用人たちがフランクに接してくるのは、別にかまわない。むしろ、気軽に冗談を言って笑わせてくれたり、時々お姉さんぶって、ちくりと叱ってくれるのもじつはうれしかったりする。
お忙しい父様や母様、兄様たちとはなかなか会うことができないからね。
王太子である大兄様は特に大変なお立場で、皆で大事にしなければならないのは僕も承知している。
別に家族仲が悪いわけじゃないから、恨みに思うことはないし、でも、そう、僕は寂しいんだ。
それを自覚した時、わがままな子供みたいだって、恥ずかしくなった。
誰にも知られたらいけない感情なんだって思った。
そんな僕でも、主役になれる日がある。
六歳年のお披露目の日。
兄様たちの時ほど盛大ではないけれど、貴族たちに比べればすごいんだって侍女が教えてくれた。まあ、公爵とかになるとまた別らしいけど。
失敗できないって緊張と、でも、わくわくする気持ちがたくさん!
そう、僕は勘違いしていた。
大兄様には、側近候補の学友がいっぱいいる。小兄様には、共に大兄様を支えていく同士たる友人たちが。
僕にも乳兄妹はいるけど、彼女は女だ。もちろん、彼女のことは好きだけど、毎度お人形遊びというのはさすがに飽きる。
僕は何を勘違いしてしまったのか、お披露目のパーティーで、新しい友達がたくさんできると思っていたのだ。
当日、天気は快晴。外を駆け回るには良い陽気。パーティーは屋内で行うから、関係ないんだけどね。
お披露目の場では、六歳~十歳前後の年少者が主体だから、ダンスはない。
準備の段階で、僕も把握していた通り、盛大ながら数時間で終わる立食パーティーで、皆、自分の分を守って行動している。
僕は、保護者付きで次々にあいさつにくる子供たちに、決められた通りのあいさつを返す。
こんなの、友達になりようがないよ!
キンキンと甲高い声で、親に教え込まれた通りのことを棒読みにする子供たち。
僕は顔を顰めないようにするのが、やっとだった。
そんな苦行を三分の一ほど、こなした時。
「本日は、お招きありがとうございます。第三王子殿下におかれましては」
子供の声であることに変わりはないのに、どこか落ち着いた、緊張の中にも温かみのある声を聞いた。
「六歳という節目を迎えられましたこと、心よりお祝い申し上げます」
なんて、温かそうな子だろう。
真っ黒でふわふわの髪も、新緑が生き生きと色を濃くしていく過程を映したような瞳も。白い肌の中でピンク色に輝く頬も。慎ましやかな紅い唇も。
その子は、縁だけ花色に染められた白いレースを幾重にも重ねたドレスを着ていて、それがよく似合っている。
ふんわり、綿毛のような、親鳥の羽毛のような、口にしたら溶けてしまうマシュマロのような。
この子はきっとやさしいに違いない!
それは単なる思い込み。でも、間違いのない確信。
僕は、僕は、この子を抱きしめたい!
ふらりと前に出そうになって、慌てた理性がストップをかける。僕は王子。僕は第三王子。
「どうもありがとう」
辛うじてつっかえずに言葉を返す(子供っぽい言い回しになってしまったのを後から反省する)と、その子の両親が言葉を継いで、そして、すぐに次の人に順番を譲ってしまう。
待ってくれ!
言いたいのに言えない。自分の身分をはじめて嫌だと思った。
でも、待てよ。
延々と続くあいさつの合間に、ちらちらと視線であの子を探す。
それはそれはおいしそうに、ご馳走を頬張っている。
いいなぁ。僕もあの子の隣で、いっしょに食事をしたい。そしたら、いつもの何倍も美味しく感じるに違いない。
ついさっき邪魔だと思った、この身を縛る身分というもの。
僕は、第三王子。それは王家の中では、王太子のスペアにもなれない軽いものだけれど、貴族相手には有用なはずだ。
僕は彼女と、彼女の家の名前をしっかり覚えて、忘れないように何度も頭の中で繰り返す。
エリス・ティナ・バーランド。
エリス。エリス。
その夜、僕はひどく恥ずかしい夢を見て、翌朝、一人で赤面してしまった。
でも、なんともいえず幸せだった。